「Sex Allocation」 第1章 性配分

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


ソーバーの「Did Darwin Write The Origin Backwards?」においては性比の議論が取り上げられていた.性比と言えばこのWestの本は外せない.少し前にざーっと読んではいたのだが,もう一度きちんと読んでおこうと思った次第だ.


第1章 性配分


冒頭でウエストは本章では本書執筆の理由を説明するとコメントしている.そしてその本題に入る前にこの問題についての簡潔な学説史にも触れるとしている.


1.1 性配分とは何か

本書は「性比」ではなく「性配分」と題されている.これは有性生殖種においてオスとメスへどうリソース配分するかという問題だ.これは繁殖システム(breeding system:雌雄異体,(同時)雌雄同体,性転換(逐時雌雄同体)などをいう),そしてその中でどう繁殖が行われるかに依存して決まる.

この分野の総説の先駆者であるシャノフの整理によると性配分については6つの基本的問題があるということになる.ウエストはそれは以下の通りだと紹介している.

  1. 雌雄異体,雌雄同体,性転換はどのような条件で進化的に安定するのか.どのようなときに混合的になるのか
  2. 雌雄異体生物で,性は母親が決めるのか,環境依存か,あるいはランダム(染色体により決まるなど)かはどう決まるか.
  3. 雌雄異体生物での進化的な安定な性比はどう決まるか
  4. 性転換生物での進化的に安定な性の順序はどう決まるのか
  5. 雌雄同体生物では進化的なリソース配分の平衡はどう決まるのか
  6. すべての繁殖システムにおいて,個体が環境条件に応じてその性配分を変える能力が進化するのはどういう場合か


1.2 簡潔な学説史

エストは学説史を書くに当たってシャノフ以前とシャノフ後を分けて記述している.それほどシャノフの総説としてまとめた仕事の意義は大きいと言うことだろう.


1.2.1 シャノフ以前

エストの学説史は当然ながらダーウィンから始まる.

  • ダーウィンは性比のゆがみが多く観察されることは自説にとっての問題になると見抜いていた.そしていくつか可能な説明を考察したが,結局それには満足できずに,解決を将来の世代にゆだねた.
  • フィッシャーは,すべての個体に対して父と母が同じ遺伝的貢献をすることから,性比が1になることを導き,この問題を解決した.重要なことは,フィッシャーはこの過程が頻度依存的淘汰であることを明確にしたことだ.
  • 現代的な性配分のリサーチはハミルトンに始まる.彼はより一般的にこの問題を解決した.まず血縁者の間で競争があるときには性比が歪むことを示した(LMC).次に性比の問題はゲーム理論を用いて解決できることを示した(ハミルトンはunbeatable strategyとして表現した.これは後にメイナード=スミスたちにより提示された,より技術的に洗練されたESSの方法論に極めて似ている).3番目に単純に記述された数理モデルが,テスト可能な性比の予測を行うことを示した.これは後に重要なリサーチプログラムをもたらした.4番目にゲノム間コンフリクトの存在を示した.5番目にオスの生産にかかるコストを強調し,後の有性生殖の適応性の議論を始めた.
  • 次の重要なステップはトリヴァースとウィラードの仮説だ(TW仮説).シャノフはこれをより一般的な理論に仕上げた.これも数理モデルからテスト可能な性比を予測する形で重要なリサーチプログラムとなった.
  • さらにもうひとつの重要なリサーチはトリヴァースとヘアのものだ.彼等は性比を巡るコンフリクトが生じることを示した.これについても包括適応度理論と組み合わせてテスト可能な性比を予測することが可能になった.
  • シャノフはモノグラフThe Theory of Sex Allocation 1982を著し.ここまでの理論的業績をすべて取り入れてまとめ上げた.

1.2.2 シャノフ以後

  • 1980年代,LMCの理論はさらに深く理解されるようになった.まずオス間競争,オスにとっての配偶機会,近親交配の要素を分離して分析可能になった(これによりこの問題にかかる淘汰の単位の問題は解決された).また特定の生物学的システムにおけるLMCの詳細なモデルも多く構築された.
  • またシャノフのモノグラフに刺激されて様々なTW仮説の検証リサーチ,環境による性決定(ESD)のリサーチがなされた.
  • 利己的な性比歪曲体の理解は1980年代,1990年代に進んだ.
  • もうひとつ同時期に理解が進んだエリアは,個体レベルにおける性比にかかる適応が繁殖集団全体に及ぼす効果だ.例えばTW効果が集団全体の性比を歪ませることが可能であることなどが明らかにされた(これはテストについて集団全体の性比を使うことに問題が生じる場合があることを意味している).
  • 個体間の性比コンフリクトについては1990年代に理解が進んだ.例えばその効果により社会性昆虫のコロニー間で性比が異なりうるという予測,それに対する検証などがなされている.
  • また1990年代には性染色体による性決定(CSD)を行う脊椎動物についても,性比コントロールが可能であることが明らかになった.
  • フランクはモノグラフFoundations of Social Evolution 1998において性配分理論を再統一した.
  • 2000年代には性比決定に関する生物の系統間での違いの理解が進んだ.CSD脊椎動物でも鳥は広範に性比コントロールを行っているが,哺乳類ではまちまちで霊長類ではほとんど観察できないことなどが知られるようになった.


1.3 本書の意義

エストはシャノフの仕事から30年近く経過しており,理論と実証について統一したいのだと説明している.また本書を通じて性配分は,生物学の一般的な問題を覗く窓になっていることも示したいとしている.

続いて1.4で本書の概要,1.5で本書では扱わない部分(それぞれの性決定システムがどのような条件で好まれるかという問題,同じく性決定システムの至近的メカニズム)を説明し,1.6でどの章から読んでもかまわないと断って,1.7でキーになる用語解説(性比と性配分,第1次,第2次,第3次性比とは何かなど)を行って第1章を終えている.


エストの紹介を読むと,ここ30年の重要な進展は,LMC理論の精密化,TW仮説の実証,ウォルバキアなどの利己的性比歪曲体の理解などの部分にあることがわかる.また性比という形で量的なテスト可能な予測が生じるので,とりわけ豊穣なリサーチエリアになっていて実証研究の部分が充実していることもわかる.
というわけで本書は単に理論の解説書ではなく,理論と実証リサーチを合わせた総説書ということになる.第2章でフィッシャーの性比理論,第3章以降からハミルトンの理論とそれにかかる実証が紹介されていくことになる.


関連書籍


本書で紹介されているシャノフの総説本.

The Theory of Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

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これは包括適応度理論の洗練された形式の素晴らしい解説本.

Foundations of Social Evolution (Monographs in Behavior & Ecology)

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