「Sex Allocation」 第2章 等投資についてのデュージング-フィッシャー理論 その1

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


第2章はフィッシャーの等投資理論についてになる.ウエストはフィッシャーの理論はその後のすべての性淘汰理論の基礎であり,基本的な帰無仮説を与えてくれているとしている.なおこの理論の前提がすべて満たされることはまれなので等投資現象自体を実証しようというのは難しい試みになるが,その頻度依存性をテストすることはリサーチにおいて生産的だとコメントしている.


2.1 導入

エストは学説史をちょっと振っている.これまでフィッシャーはなぜ性比がイーブンになるのかの説明を最初に与えた(「自然淘汰の遺伝的理論」1930)とされてきた.しかしエドワーズはアメリカンナチュラリストなどへの投稿(1998,2000)で,ダーウィンとデュージングの議論を紹介し,当時それは既に既知の理論だったことを明らかにした*1.ウエストは,フィッシャーは最初の提唱者ではないかもしれないが,特に繁殖価の重要性を指摘する点においてその取り扱いは著しく簡潔で非常に明晰であり,本書の記述はそれに従うとしている.


2.2 フィッシャーの等投資理論

フィッシャーの議論の要点は,繁殖価にある.有性生殖を行う生物種の個体にはすべて1個体の母親と1個体の父親がいて同じだけの遺伝的貢献をしている.だから集団全体の中で,オス個体の繁殖価の合計とメス個体の繁殖価の合計は一致するはずだ.
ここでオス個体を作るコストとメス個体を作るコストが同じだという前提を置く.そしてもし集団の中でオス個体が多く,オス個体の平均繁殖価が低いのならば,親はメス個体を作る方が有利になる.逆もまた成り立ち,平均的なオスとメスの繁殖価は同じになるように進化する.
エストは,これは頻度依存淘汰の状況を記述しており,後のESSに該当する考え方だとコメントしている.

なおフィッシャー平衡の実現は,集団内の個体がすべてフィッシャー性比投資を行う形を取ってもいいし,様々な個体が様々な性比投資を行って全体で1:1になっていてもいい.
エストはここでちょっと深い議論を紹介している.もし集団全体の性比が何らかの要因で平衡の周りを変動しているのであれば,性比が平衡から偏っている個体は,有利な場合の有利性と不利な場合の不利性が釣り合わないので,全体として不利になり淘汰され,全個体がフィッシャー性比で投資するようになるというもの(Verner 1965)だ.ちょっと面白い.

エストは最後のフィッシャーモデルの意義をまとめている.

  • それは集団全体の性比と性投資について特定の予測を与える.これは様々な性比理論において帰無仮説として機能する.
  • それは頻度依存淘汰性を明らかにした.そして後の理論はすべてその上に立っている.


2.3 ダーウィンから今日まで

ダーウィンはDescentの初版で性比について説明を行い,第二版でそれを撤回している.撤回の理由についてフランクは,それがモノガミーの前提に基づいていたこと,モノガミーのペア数を最大化するというのはナイーブグループ淘汰的誤謬であることに気づいたことによるのではないかと示唆しているそうだ.ウエストはそれ以上は深入りせずにダーウィンの初版と第二版の原文を引用するにとどめている.
ここはソーバーの解釈とちょっと違っていて面白い.私の印象ではフランクの後段の解釈にはやや無理があるように思う.(詳しくはhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20140202参照)

性比について最初に一般的な数理モデルを提出したのはデュージング(1883,1884)になる.このモデルはほぼフィッシャーと同一のもので,ドイツ語で出版されていた.ウエストはおそらくフィッシャーも知っていたのだろうとしている(だからフィッシャーの本では素っ気なく書かれていたのだと推測している).これは最初の性比の数理モデルというだけでなく,進化生物学における数理モデルの嚆矢でもある.

このデュージング=フィッシャーのモデルをフォーマライズしようとした理論的な論文は数多く出されている.これらは集団遺伝学的モデルであったり,表現型ESSアプローチであったりするがどれも「両方の性に対する等投資」という同じ結論を得ている.
結論は片方の性の親が子の性決定できるとしても*2,繁殖価の分散に性比があるとしても*3基本的に維持される.
なかなか細かいところだがいろいろと面白い.


2.4 死亡率の差

死亡率に性差があるときにフィッシャーの結論がどうなるかという問題についてはよく誤解されているとウエストは書いている.ポイントはその死亡率の差が親の投資時期の前か後かというところだ.投資時期後の死亡率の差はフィッシャー性比に影響を与えない.逆に投資時期終了前であれば影響する.オスの方が幼児死亡率が高ければ出生時性比はオスに傾き,独立時性比はメスに傾く.
特に誤解されやすいところだとも思えないところだが,実際にはよく見られるのだろう.


この後ウエストは実証リサーチを紹介する.



 

*1:なおソーバーがダーウィンとデュージングを紹介している部分でもエドワーズを引用している.

*2:メステロン=ギボンズとハーディ(2001)はそうではないと主張したが,計算が間違っていることが後に明らかになった

*3:非常に小さな集団では分散の低い性の方がベットヘッジングとしてわずかに有利になるが,通常の集団では無視できるほどの効果しかない