「Sex Allocation」 第2章 等投資についてのデュージング-フィッシャー理論 その3

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


エストはここまでフィッシャー性比のオーソドックスなテストのリサーチを紹介してきたが,次にちょっと面白いテスト方法を紹介している.


2.5.3 異常な生活史とフィッシャー理論

フィッシャー理論は,特に繁殖成功に効いているリソースが,オスメスの等投資の対象になることを予想する.そして非常に面白い生活史を持つ動物でこれを確かめることができる.ウエストはゴドフレイ(Godfray 1994)のリサーチを紹介している.

aphelinidae(ツヤコバチ科)の寄生コバチの多くは,カイガラムシなどの1次ホストに寄生したときにはメスが,その1次ホストに寄生する同種を含む別の寄生バチを2次ホストとして利用するときにはオスが発生する.そして1体のホストからは1体のコバチのみが成長できる.(このようなハチはheteronomous hyperparasitoids,また2次ホストに自種が含まれる場合にはautoparasitoidsとよばれるそうだ.何故このような生活史が進化したのかについても興味が持たれるが,ウエストはその理由は知られていないとしている.)

すると,1次ホストと2次ホストの獲得率に差がある(探索時間に差がある)として,ホストが潤沢で卵数が繁殖成功に効いている場合(卵制限状態)には卵の性比をフィッシャー性比にするために探索時間を非対称にしてもそれぞれのホストを狩ることが予想され,卵数ではなくホストが繁殖成功に効いているリソースの場合(ホスト制限状態)にはフィッシャー性比の時間をかけてホストを探索し,得られたホストに卵を産みつける(結果的な性比はホストの獲得率に応じて歪む)ことが予想される.
ゴドフレイたちはホスト獲得率(ホスト密度)と制限状態を可変にして数理モデルを立て,実際に実験を行った.その結果は量的に理論を支持するものとなった.またフィールドでの観察(制限状態を正確に知ることは難しいが)もこのモデルが成立していることを支持している.これは異常な生活史の元では,キーになるリソースの等投資は成り立っても,結果的に性比が歪む可能性があることを示している

エストは,この複雑性についてはなお探索されてつくしていないとし,興味深い追加的な複雑性が生じるケースをいくつか示している.

  • 1次ホストを単に産卵のためだけに使用せずに,自分で食べる場合.
  • 2次ホストのメスが血縁である可能性がある場合
  • 2次ホストへの寄生が1次ホストへの寄生前に(いわば見込みで)生じるような生活史を持つ場合

なかなか面白い生活史を持つ生物だ.いろいろなテストの可能性があるので興味深いところになるのだろう.


2.5.4 半倍数性と処女性,性比の制限

半倍数体の生物で,一部のメスが,交尾できなかったり,精子が少なすぎるなどの制限により,オスしか産めない(あるいはオスに傾いた性比の子しか産めない)状態になった場合に,フィッシャー理論は,交尾済みかつ制限を受けないメスは繁殖集団全体の性比がフィッシャー性比なるまで,よりメスに傾いた投資をすることを予想する.
これはゴドフレイによりモデル化されており,未交尾メスの頻度をpとすると交尾メスのESS性比r*は以下の形になる

では実際に半倍数体生物はどのような戦略をとっているだろうか?ウエストは2つの方法が考えられるとしている

  1. 固定方式:進化的時間の平均未交尾メス比に合わせた固定性比を取る
  2. 調整方式:何らかの方法で集団の未交尾メス比を推定して,それに性比を調整する.

実際の未交尾メス比については多くの膜翅目昆虫やアザミウマのリサーチがあるが,ほとんどの5%未満となっていて,フィールドでは実際の性比に重要性を与えないようだ.
またこれらの膜翅目昆虫はしばしば強いLMC条件の下にあり,その場合にはこのような調整は起こらないと予想できる.

固定方式の有無の実証リサーチはいくつかあるが,結果は一定しない.ウエストはうまくいかなかったリサーチの一部は,精子枯渇の条件を入れ込んでいないし,コロニータイプの生産力の差,オスメスの生産コストの差などの問題の調整も難しいだろうとコメントしている.そしてこれはフィッシャー性比の検証を1種の生物だけで行うことが難しいことの1つの例だとしている.

調整方式については,成熟から交尾までの期間を変えて(より長期間かかれば未交尾率が上昇したと推定できるという想定(Godfray 1990)),性比を調べたものがある.2種の寄生バチでこの効果が見られている.


2.6 結論

フィッシャー理論の前提が完全に満たされることはまれだ.だから一種の生物で性比を量的に調べるよりも,種間比較法の方が有望だ.また頻度依存のテスト,異常な生活史を持つ生物でのみ可能になるテストなども有望だ.異常な生活史を持つ動物でなお調べられていないものには,胎生でオス,卵生でメスを発生させるアザミウマがある.

なおこの理論をフィッシャー理論と呼ぶかデュージング=フィッシャー理論と呼ぶかについて,ウエストは,それぞれに理由があるが,継続性と簡潔性の点から『フィッシャー理論』と呼びたいとしている.


フィッシャーの性比理論は教科書などで良く取り上げられていて有名だが,その実証リサーチはあまり紹介されていない.本書を読むと,いざ実証しようとすると前提条件の詳細のきちんと確認が必要で,量的なテストは特に難しいことがわかる.

次章からフィッシャーの前提条件が満たされない場合の性比理論になる.