「Sex Allocation」 第2章 等投資についてのデュージング-フィッシャー理論 その2

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


前回フィッシャーの性比理論を整理したところで,その実証を解説する.


2.5 フィッシャー理論のテスト

エストは3種類のテストに分けて解説するとしている.まず静的にフィッシャー性比が実現されているかどうかのテスト,そして動的に撹乱生じたときに平衡に戻るかどうかのテスト,最後に非典型的な生活史を持つ生物を利用したテストだ.


2.5.1 静的なテスト

ここで静的なテストを巡る議論が先に整理されている.

  • 哺乳類や鳥類などの多くの動物は性比が1:1に近い.だからこれ自体がフィッシャー性比の実証だと主張することはできるだろうか.
  • しかしそれにはいくつか問題がある.まずこれらの動物は性染色体によって性が決定する.だから1:1はそれによるものだとも言える.さらにそもそもフィッシャーの議論は多くの動物の性比が1:1に近いことを説明しようとするものだった.であればそれをテストとして用いるのは循環論法になる.
  • 性染色体による性決定に関しては,近年,性染色体決定を行う動物の中に母親が性比調節できるものが知られるようになった.このような環境条件依存性比調節が生じている場合にはフィッシャー性比は実現する保証がなくなる(これは7章で扱う).これは誤解されやすいので注意が必要だ.また環境条件依存性比調節があっても結局頻度依存は効いてくるので,最終的な性比は1から大きくずれないことが予想される.これをもってフィッシャー性比の実証と考えるのも間違いだ.

では実際の実証リサーチにはどのようなものがあるのか.


<量的に検証しようとしたもの>
ワーカーコントロールやLMCが問題になりにくいハチ3種について,オスメスの大きさの違いと性比が逆の方向になっていて,全体の投資量比が1に近づいていることを示したもの.(Noonan 1978, Metcalf 1980)

エストは3点コメントしている.

  • リソース投資量とそれによる適応度上昇の関係が性によって異なるとフィッシャーの前提を満たさないことになるが,その点の考察が足りない
  • 投資量の通貨(繁殖成功を制限しているリソース)が明確ではない
  • 真にフィッシャー性比を検証するには,母親が性比を調整している,等投資がなされている,環境依存性比調節がないことの検証が必要だろう.

エストは,完全な量的なフィッシャー性比の静的テストはこれまでなされことがないとしている.


<種間の比較リサーチ>
オスメスの大きさの違いと性比が種間でどう相関しているかによりテストしようとしたものはいくつかある(Trivers and Hare 1976など)

  • しかし検出された相関は弱い
  • また環境依存性比調節がなされている可能性を排除できていない.環境依存の問題を克服するには,特定条件下で数理モデルを立てて予測検証するしかないが,それはもはやフィッシャー性比テストではなくなってしまう.


<親の投資期間中の死亡率の差と受精時性比の関係を見るもの>
トリバーズはセージャーがそのような試みをクジラにおいて行っていると紹介しているが,このリサーチは公表されなかった.セージャーはデータの信頼性に難があったとコメントしている.

ここで関連トピックとして,「ヒトにおいて男子の幼児死亡率が高いことが出生時性比の偏りを説明する」という議論があるが,この偏りを説明できる仮説にはその他にもあり7章で扱うとしている.


2.5.2 動的テスト

フィッシャーの理論は頻度依存淘汰性を基礎としているので,それを動的にテストすることができる.実証するにはまずどうやって性比を平衡から離れさせるという操作を行うかが問題になる.ウエストはそのようなリサーチが4つあるといい,どのように操作したかを解説している.

  1. 温度依存で性決定を行う魚に対して温度を操作する(Conover and van Voorhees 1990ほか)
  2. 単一遺伝子座で性決定を行っている*1カダヤシ類を使い,その遺伝子型頻度を変えて操作する(Basolo 1994, 2000)
  3. ショウジョウバエにおいてマイオティックな性比歪曲遺伝子を使う(Carvahlho et al. 1998)
  4. ショウジョウバエの雑種を利用する(Blows et al. 1999)

これらの4つのリサーチで,すべて性比は予想された方向に向かって動いた.ただしその動き方には差があり,同じショウジョウバエを使っても4の実験では性比が0.05から0.7まで4世代程度で戻ったのに対し,3の実験では0.16から0.32になるのに49世代かかった.ウエストはこれらは単一遺伝子の効果の大小によるものだろうとコメントしている.

フィッシャー理論からのもうひとつの予想は,この性比の復帰速度は平衡性比に近づくにつれて遅くなるということだ.これもショウジョウバエで観測したという報告がある.ウエストはこのような速度減少は遺伝的変異が枯渇したことによっても平均への回帰によっても生じうるのでテストに当たってはうまくコントロールするなどの注意が必要だとコメントしている.

続いて少し面白い趣向のテストを紹介する.



 

*1:遺伝子にX, Y, Wの3種があり,WX, WY, XXでメス,YY, XYでオスになるそうだ.WWでどうなるのかについてウエストは書いてくれていない