「Sex Allocation」 第6章 条件付き性投資1:基本的なシナリオ その2

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)



TW仮説の原理を説明したウエストは,その実証に進む.最初の対象生物は膜翅目の寄生バチだ.


6.3 孤独性寄生バチとホストサイズ


6.3.1 ホストサイズと性比


これまでに孤独性寄生バチ(ホスト1体について1匹のみ成長するタイプの寄生バチ)のホストサイズと性比に相関があると示したリサーチは数多く,調べられたハチは100種を超えている.ウエストは,このリサーチの蓄積の大きさは寄生バチが農業に与える影響の大きさによって説明できるだろうと説明し,リサーチ状況の変遷についてまでコメントしている.それによるとリサーチの状況は時期的に3つに大きく区切られ,1980年代以前の昆虫学誌への投稿,1980年代の進化生物学誌への性比理論の実証としての投稿,その後の応用昆虫学誌への投稿となるそうだ.

エストはこれらのリサーチの内容についていくつかのトピックにまとめてコメントしている.


<代替説明>
エストの説明ぶりによるとこれらのリサーチにかかる最初の議論は,性比の差は(ホストサイズにかかる)幼虫死亡率の性差によるものだと説明できるのではないかということだったようだ.

  • リサーチはこの代替説明を否定するのに成功している.採卵時の性比を細胞的に調べたもの,死亡率の差を交尾メスと非交尾メス(オスしか産めない)を利用して調べたもの,大きなホストと小さなホストで卵を入れ替えてみたものなどがある.


<短期的調整が生じていることを示すリサーチ>

  • 多くのリサーチがTW仮説を支持しているが,短期的調整についての決定的なものとしてはコクゾウコバチ Lariophagas distinguendus を使ったものがある.(van den Assem 1971, Charnov 1981)
  • コクゾウコバチは1〜3ミリの小さな寄生バチで,グラナリアコクゾウムシの幼虫をホストとして産卵する.
  • ホストサイズの大きさで性比を変えることが明瞭に示されている
  • 実験的にメスに様々なホストサイズに直面させると,それぞれ異なるカーブで性比を変える.単一サイズのホストを単に与えた場合(単一ケース),小さなホストサイズのものと交互に与えた場合(平均サイズ小),大きなホストと交互に与えた場合(平均サイズ大)を比較すると,それぞれホストサイズに対する性比カーブは,同様に負の傾きを持つが,性比の高さは平均サイズ大,単一,平均サイズ小の順になる.
  • この順番はメスが短期に性比戦略を調整すると考えた場合と整合的だが,理論の与える予測と完全にフィットしない.単一サイズのホストを与えるという実験においても,より大きなホストに直面したメスの方が,より小さなホストに直面したメスより性比を小さくするのだ.
  • これはメスはホストの相対的サイズだけでなく絶対的サイズにも反応していることを示している.恐らくメスは部分的にゆっくり行動を調整するだけなのだろう
  • これは,次世代のハチは,別のホストサイズ分布を持つ個体群由来のハチと交尾する可能性があるためだと考えると説明可能だ.そうであれば,進化的時間の平均ホストサイズも考慮に入れて性比を調整するのが適応的になる.これは一種のLMCが生じているとしても説明可能だ.(この種のLMCについては第7章で扱う)
  • なおコマユバチ科のHeterospilus prosopidis などの調整が固定的なハチも見つかっている.なおこのハチが何故固定ルールに従っているのかはよくわかっていない.


<地理的変異を用いたリサーチ>

  • 寄生バチの条件付き性比戦略の地理的変異を調べたリサーチにはヘイルズのものがある.(Hails 1989)彼はコガネコバチ科のハチを3種調べ,いずれもホストサイズに対応した性比戦略を採っていることを見いだした.しかしいずれのハチにもホストサイズの地理的変異に対しての調整は見られず,固定的行動ルールに従っていると考えられる.
  • ヘイルズは,調整が生じない理由として,ホスト(タマバチ類)が調査地(ブリテン島)に最近移入したもので調整が生じる進化的時間が足りなかったか,あるいはタマバチ類の分散が予想以上に広範囲に生じるために調査地のエリア規模が狭すぎたためかもしれないと説明している.


<条件付き性比戦略が見られないケース>
リサーチの中にはTW仮説が予想するホストサイズ条件に対応する性比戦略が観測できなかったものもある.ウエストはこのような性比戦略が進化しない理由を3つ挙げている.

  • リソースが過剰でホストサイズの差に適応度が感応しない.これは実際にいくつかの寄生バチで知られている.兄弟間の競争が強すぎるためではないかと議論されている.
  • メスがホストサイズについてアセスできない.ホストが土中に埋められているような場合には可能性がある.
  • 産卵時のホストサイズが,実際に幼虫が成長する際のリソース量と相関していない.これはホストを生かしたまま麻痺させず利用する寄生バチ種にとっては問題になり得る.ホストは成長し続ける可能性があるからだ.実際に麻痺させる寄生バチと麻痺させない寄生バチの間では前者の方が,ホストサイズに対してより性比をシフトさせているというデータがある.


<サイズ以外のホストの質についてのキュー>

  • ホストの齢(月齢)については相関が認められたいくつかのリサーチがある.
  • 理論的にはホスト齢はサイズとの関係で複雑な影響を与える可能性がある.齢に応じてホストの栄養素が変化する可能性,(麻痺させない場合)成長ポテンシャルなどが問題になる.これはリサーチにおいては適応度を実際に観測することの重要性を示唆している.


<サイズアセスメントの至近的メカニズム>
カニズムについてはあまり知られていない.ウエストは触角が重要だとしたリサーチの詳細を紹介している.チョウの卵に寄生するTrichogramma属の寄生バチについてのもので,ホストの表面をドラミングしたながら探索し,触角の作る角度で測定しているらしい.


<孤独性寄生バチ以外のリサーチ例>
孤独性寄生バチに似たような生活史を持つ多くの動物でホストサイズに対応した性比戦略が見つかっている.ウエストは穴を掘ってそこに幼虫用の餌を詰め込むカリバチ類やハナバチ類,また寄生性の線虫でも見つかっているとしている.これらの動物でのリサーチはあまり深くなされていないが,寄生性線虫 Romanomermis nielseni のリサーチは例外的に詳しく,そこでは地理的変異に対する調整も示しているそうだ.


6.3.2 身体サイズと適応度


エストによると,「ホストサイズに対応し性比が変わること」についての実証的な証拠は多いが,その前提である「ホストサイズが成長する個体の身体サイズに影響を与え,その結果適応度に影響を与えている」という事実についての証拠は少ないそうだ.しかしいくつかの実験室リサーチがある.

  • コマユバチの大きなメスはより多くの卵を産む(小さなメスの21倍)が,オスの体サイズの大小は交尾能力にあまり相関しない.
  • コクゾウコバチの大きなメスは,より多く産卵しより長命で,生涯産卵数は小さなメスの3倍になる.
  • ヒメコバチの1種では,大きなメスはより多くの卵を産むが,大きなオスがより交尾するのはいくつかの条件下に限られる

エストは,しかしこの実験室の結果がどこまで野生においても当てはまるかが不明瞭なことが重大な問題だとコメントしている.産卵数や寿命は環境条件に大きく依存することが知られている.また分散能力,ホストを得る能力,捕食を避ける能力との関連も重要だ.
またオスについてのリサーチが少ないことも問題であり,それはわれわれのこれらのハチの交尾システムについての無知が大きく影響しているのだろうとしている.ウエストは,しかしもし交尾ペアを捕獲できるなら,そのサイズ分布を調べてオスのサイズが交尾成功にどう影響するのかを知ることができるとし,自らの統計モデルを紹介している.これまでのところ唯一のその利用リサーチでは,チョウ類の卵に寄生するハチのオスのメス探索能力の増加カーブは,メスのホスト探索能力の増加カーブの傾きより大きいとする結果が出ているそうだ.とはいえこのリサーチではパッチから分散して生じる交尾は20%程度にとどまっており重要性は低いかもしれないと留保している.
エストは,この前提の実証はTW仮説の実証の重大な基本的なチャレンジにとどまっていると結論づけている.


身体サイズが増大することがメスにとってより有利になるというのはいかにもという前提だが,実際に調べるのは難しいし,あるいは(ランダムメイティングであっても)オスにとってより重要かもしれないというのはなかなか深いところだ.リサーチャーの誠実性が深く求められる部分でもあるのだろう.いずれにせよここで紹介されている様々なリサーチの詳細は大変緻密で面白い.この分野のリサーチの厚みを実感させるものだ.