「Sex Allocation」 第8章 世代が重複する場合の性投資比 その4

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


8.4.3 真社会性にかかるインプリケーション


さて理論編でウエストはシーガーのかなり特殊なモデルに随分深入りしている.最初に読んだときにはそれは自分で計算して面白い結果を得たのでつい書き込んでしまったということかという印象だったが,そうではなくそれは実は真社会性の議論に連結しているからだということのようだ.世代重複する膜翅目昆虫で,一部世代で性比がメスに傾くなら,それは血縁度の非対称を通じて利他的な協力行動を進化させやすくするからだ.ウエストは以下のように説明している.

  • そもそもなぜシーガーの循環モデルがこれほど広範な興味を引いたのだろうか.それはその性比の傾きが半倍数性のハチにおける協力の進化に結びつきうると考えられたためだ.(シーガー自身それを論文で示唆している)もしこれが正しいならなぜ半倍数体生物で真社会性が独立に何度も進化したかについての説明となり得る.一旦分離性比が実現し,ある季節集団で性比がメスに傾けば,後は半倍数体の血縁淘汰が働いて協力の進化が説明できると思われたのだ.そしてシーガーの論文はまさに私達が協力の進化についての解答を探しているその場所(世代重複するハチ類)についてのものだったのだ.
  • しかし季節性の分離性比についての代替説明はほかにもある.休眠性の世代間差,成虫を作るコストとメリットの性差の世代間差,交尾に失敗したメスの存在(オスしか産めない)などだ.

エストは最後に性比と真社会性の関係は本書のスコープを越えるものだとして,これ以上の興味を持つ読者にグラフェンの論文(Grafen 1986)を紹介したうえで,「『真社会性の進化についての半倍数性の重要性がいかに完璧に誤解されるか』について興味がある読者はEOウィルソンの最近の論文(Wilson 2005,Wilson and Hölldobler 2005)と物事を是正するためになされたそれに対する返答(フォスター,ブームズマ,ヘランテラたちの論文が引用されている)」を読むといい」と辛辣にコメントしている.本書の出版(2009年)は例の悪名高いNowakたちの2010年のNature論文の出版前だから2005年の論文が引かれているが,今だとNowakたちの論文が真っ先に取り上げられただろう.


8.5 結論と将来の方向


エストは以下のようにまとめている.

  • 世代重複する際の性比調節についてはなお理論的な探索の余地が大きい.しかし実際にそれが本当に自然界で生じているかどうかについてはよくわかっていない.
  • これまでの理論への最大のサポート(それすらも決定的なものではないが)は.個体はその個体群のより少ない方の性に投資するという予測についてのものだ.そして死亡率や出生率の変化に調整している証拠は無い.季節的な循環パターンはハチ類でよく見られるが,性比調節のよい証拠は無い.これらは理論が(実務家に)あまり注目されていないか,他の要因が大きすぎて観測できないかのどちらかであることを示唆しているようだ.
  • それにしてもなぜ理論が予測するパターンがほとんど観察されないのだろうか.もうひとつの可能性は,性比調節は一貫性がなく,時々でふらついて予測できないパターンを持つからというものだ.性比調節への淘汰圧はそれほど大きいわけではなく,環境を評価するのは難しい.また生物学的な詳細は容易に調節すべき方向を逆転させるのかもしれない.そして実際に調節が生じていても生活史の詳細や環境を評価する手がかりを観測するのが難しいのかもしれない.
  • ハチ類の世代重複モデルの予測に関していえば,モデルによる説明で考慮されているもの以外の要因があるのかもしれない.特に休眠のパターンの複雑性が効いている可能性がある.一部のハチでは春世代で休眠のなりやすさに性差がある(オスの方が休眠しやすい)が知られている.これは春世代でのオスの競争を緩和するだろう.さらにこの休眠のパターンが環境条件(リソース条件,早く成熟することの有利性の性差,休眠中の必要リソースの性差)によって決まっているのかもしれない.
  • この分野ではさらなる理論的・実証的リサーチが必要だ.理論は2つの面で実証しやすいように発展されるべきだ.(1)直前に触れた休眠などの様々な要因を組み込めるようにする(2)テストすべき重要な前提をはっきりさせる.
  • 実証リサーチでは予測だけを検証するのではなく,理論の前提が成り立っているのかどうかを十分に吟味することが必要だ.このためにはパラメータの予測をすることが役立つだろう.いい実証リサーチがなければこの分野は単に数理的に興味を引くだけのものに成り下がってしまうだろう.

最後の部分には理論家としての歯がゆさが表れているようで面白い.ちゃんと理論における前提を吟味してくれという心の叫びが聞こえるようだ.