第1章 歴史的起源 その14
1-3 集団遺伝学 その6
オーグレンの遺伝子視点の起源の解説.その3つの基礎の2つ目の集団遺伝学が解説された.ここで本文中で重要とされたフィッシャーの自然淘汰の基本定理についての解説コラムがある.
ここではオカシャによる2008年の「フィッシャーの自然淘汰の基本定理:哲学的分析」という論文が参照されている.
前回基本定理についての解説論文には,プライス(1972),イーウェンス(1989),エドワーズ(1994),グラフェン(2003)の4本があると紹介したが,さらにオカシャ(2008)がこの上にあることになる.
このオカシャの論文は,プライスからグラフェンまでの4本の論文を読み込んだ上に,副題にあるように哲学的な検討が為されている.哲学的分析は,そもそも基本定理とは何か,その重要性はどこにあるか,プライス以降の現代的解釈とそれまでの伝統的解釈はどこが異なるか,フィッシャーは「環境」をどう捉えていたか,因果と現代的解釈の関係などが扱われている.本書との関連でいえば,特に基本定理が他のアレルや他遺伝子座の状況を環境とみなしていることになること,それが遺伝子視点の先駆的分析であることを指摘しているところが重要ということになるようだ.
ボックス1-1 基本定理を読み解く
- オカシャによると基本定理は2つのキーコンセプトに分けられる
- 最初のコンセプトは「集団の平均適応度」だ.i番目の個体の適応度をwiとする.すると平均適応度は次のように書ける.
- すると平均適応度の変化率は,フィシャーのような連続時間モデルでは
,離散時間モデルでは
と書ける.
- 2番目のコンセプトは「適応度の遺伝分散」だ.これは読み解くのがやや難しい.ここではオカシャの用語法に従う.
- フィッシャーは驚異的な数学的直感を持っていたので,多くの人にとってその議論を理解することは難しい.
- まず適応度の分散が個人間の遺伝的差異,環境要因,あるいはその組み合わせにより生じることは間違いない.フィッシャーが「遺伝分散」で何を意味していたかが混乱の元になる.彼はこの用語で個人間の遺伝子型の違いにより生じた「総遺伝分散」
を表しているわけではない.彼はこの用語で今日でいう「相加的遺伝分散」
を表しているのだ.
は
の一部であり,非相加分散
(エピスタシス的と呼ばれることもある.優性劣性の効果はこれに含まれる)とあわせて総分散になる.
- 相加的遺伝分散は,ある遺伝子が,その他ゲノムにあるすべての遺伝子とは独立に,適応度に与える影響を捉えるものだ.
- この意味を理解するために,極端なケースを考えてみよう.遺伝子間には全く相互作用がなく,全く独立に働くものとする.この場合総遺伝分散は相加的遺伝分散と一致する.ここでフィッシャーによる回帰計算を用いると,2倍体生物のi個体の適応度は次のように書ける.
- ここでαは,あるアレルのコピー数(0, 1, 2)に対する適応度の回帰係数で定義されており,xijはi個体にあるjアレルの数だ.だからαjは,もう1つjアレルを加えた時に適応度ががどれだけ変わるかを示すことになる.これがフィッシャーのいう平均効果だ.eiは,残差項目であり,相加性が完全であれば0になる.
- すると相加的遺伝分散
は
と等しくなる.
- 基本定理の伝統的解釈によると,フィッシャーは平均適応度の時間的変化
は相加的遺伝分散
に等しいと主張したとされている.この解釈では集団の平均適応度は(分散が負になることはないので)増加し続けることになってしまう.
- もし,この解釈が正しいのなら,多くの人がフィッシャーに懐疑的になるのは無理もない.集団の適応度は,自然淘汰の元でも減少することもあるからだ.
