「Sex Allocation」 第9章 コンフリクト1:個体間のコンフリクト その3

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


9.5 多胚発生の寄生バチ

第3節と第4節で議論されたコンフリクトが強烈に展開するのが多胚発生のハチだ.多胚発生(Polyembryony)とは単一卵の中で複数の遺伝的に同一な胚が形成されるもので寄生バチの4つの科で見られる.特に発達しているのがキンウワバトビコバチを含むCopidosoma属のハチ類で,多いものでは1卵から3000の胚が生成される.これらのハチでは母親はホストあたり1卵か2卵のみ産み付ける.2卵の場合は通常片方がオス卵,片方がメス卵になっている.(基本的に半倍数体なのでオスとメスはクローンではない.)交尾がこのパッチの中で生じるなら強いLMCが生じる.
ここではこのシステムにおけるコンフリクト,それが不妊の兵隊バチとどう関係するのか,兵隊バチはスパイト行動をするか,その他の未解決問題を扱う.

要するにクローンの大群が同じホストの中でうごめき,インブリーディングするというわけだ.なかなか興味深い.


9.5.1 性比コンフリクトと不妊の兵隊


このような多胚発生のハチにおいては,ESS性比はLMCの強さに依存し,母視点,息子視点,娘視点で異なることになる.ここでウエストは1つのホストに同じ母由来のオス卵とメス卵が産み付けられた状況について解説している.

  • パッチ内の同じ母由来の卵から産まれたオスとメスの間でしか交尾が生じない場合には,どの視点から見てもすべてのメスが交尾するに十分なだけの(少数の)オスがいるという性投資比がESSになる
  • メスが別のパッチから分散してくるオスとも交尾する可能性がある場合にはコンフリクトが生じる.娘は母よりさらにメスに傾いた性投資比を好み,息子は母よりもオスに傾いた性投資比を好む.これは娘同士,息子同士はクローンなので,血縁度が母から見たものよりも高くなるからだ.
  • オスが分散して別のメスと交尾できる確率が高まるにつれてLMCの強度は下がり,性投資比のメスへの傾きは弱くなる.特に別の母が1卵だけホストに産み付けた結果生まれる娘のみのパッチへの分散が期待できる場合にそうなる.


このようなコンフリクトは形態的に異なるカーストを生む原因になる.同じ卵から生まれるクローンが別の形態に発達する現象が知られているのだ.

  • 一部のメスは大きな顎を発達させ生殖を行わない兵隊カーストになる.そして彼女等は同じパッチ内の(兄弟である)オスを探し出して殺す.オスは明らかに殺戮されるのを避ける逃避行動を見せる.この結果性比が極端な場合0.1程度のメスに傾いた性比が実現する.理論的には兵隊カーストは性投資比をめぐるコンフリクトのなかで娘視点の性比を実現させるための手段と解釈できる.(理論は兵隊は性比コンフリクトにより生まれるならメスに現れ,捕食リスクを避けるためならオスに現れることを予測する)


性比のコンフリクトが弟殺しのクローン殺戮集団を作るとはすさまじい.包括適応度理論の威力を示す例でもあるだろう.


9.5.2 スパイトと不妊の兵隊


この兵隊カーストは別の観点から興味を引く.それは社会性昆虫にみられるスパイト行動の謎だ.スパイトとは行為者と受け手の双方ともに適応度を失うような行動を指す.

  • ハミルトンはスパイトは血縁度がマイナスの時(ある特定個体との血縁度が繁殖集団内での他個体との平均血縁度より低いと定義上血縁度はマイナスになる)に生じるだろうと予測した.そのようなケースはほとんど生じないだろうからこれはあまり重要ではないと考えられてきた.
  • ガードナーとウエストは,「マイナスの血縁度から生じるスパイトは,(1)リソースについての強い局所競争が社会的パートナー間にあり,(2)血縁認識によって血縁度の高い個体へのスパイトを抑止できる能力がある場合には生じうる」と指摘した(Gardner and West 2004)
  • そしてこの条件はまさに多胚発生のハチで生じうる.パッチ内のリソースは限られており,パッチ内の兵隊メスはオスとメスとを区別することによるだけでも,(血縁度の高い)メスへの殺戮を抑制できる.
  • 実際には,兵隊メスはクローン姉妹よりも兄弟を攻撃し,さらに別のパッチ由来のオス,そしてメスをより攻撃する(つまり性別認識以上の血縁認識能力を示す).巧妙な実験によってこの血縁認識はホスト内での成長の際に幼虫を包んでいる胚外の膜(の認識)に由来することがわかった.この血縁認識能力は,本書でこれまで示してきた昆虫たちの血縁認識能力の欠如と比較して印象的だ.そこで議論したように直接の血縁認識能力の進化は難しい.それは認識対象のアレルについて正の頻度依存効果を引き起こし,遺伝的多様性を急速に失わせるからだ.そしてなぜ多胚発生の寄生バチの膜でこれが生じないかは,この膜がホストの免疫から幼虫を守る役割を負っているからだ(より頻度の低い膜の方が保護能力が高くなるので血縁認識の正の頻度淘汰に対抗できる)として説明できる.


最後の説明は大変クールだ,読んでいて非常に興味深い.


9.5.3 多胚発生の寄生バチについての未解決の問題


ここまでの多胚発生ハチに関する議論は,既に十分エキサイティングだが,まだ表面を引っ掻いたに過ぎないとウエストはコメントしている.なお謎が多く残っているのだ.

  • これまでの実証リサーチはキンウワバトビコバチCopidosoma floridanum)1種に限られている.そしてこの種についてさえ基本的な情報が不足している.自然環境下での配偶システムはどういうものか,兄弟姉妹間での交尾の頻度はどのぐらいか,オス・メスのそれぞれの分散頻度,分散後の交尾頻度はどのぐらいか,単一卵のパッチの頻度はどのぐらいか,それぞれがホストの質やクラッチサイズによって変化するか,ローカルな状況に対する性比調整が生じるかなど.そしてそれ以外の種についてはさらによくわかっていない.
  • これまで考察は同じパッチの娘・息子間のコンフリクトについてのものだ.しかしコンフリクトは母との間にもある.そして母の行動はパッチをオスメス混合にするかどうかを決定できるので非常に重要だ.いくつかの定性的な議論はなされているが,事態は込み入っているのできちんとしたモデルの構築が望まれる.
  • 特に重要な問題はメスの産卵が,(1)ホストの質,(2)ホスト内ホスト間の配偶構造,オスメス混合パッチの頻度,(3)ホストの質とオスメス混合パッチの頻度の相互関係などの条件に影響を受けるかどうかということだ.
  • さらに母の戦略と娘・息子の戦略間に相互作用が生じうる.だから共進化の視点で考察することが必要になる.マルチ遺伝子座のモデルは1つの方向になるだろう.ゲノミックインプリンティングも重要な要因になっているかもしれない.


このキンウワバトビコバチについては本書を読むまであまり知らなかったが興味深い生態だ.Wikipediaをちょっと読んでみたが,兵隊は主に早期成熟個体に生じるようで,主にメスだが,オスにもあるそうだ.(メス由来の)兵隊にも2形態あり,小型兵隊は本書にあるようなオスおよび非血縁同種個体殺戮体で,大型兵隊は異種寄生バチへの攻撃を行う.オス由来の兵隊は毒物を利用して異種寄生バチを攻撃するとされている.なかなか状況は複雑で面白そうだ.