「Sex Allocation」 第10章 コンフリクト2:性比歪曲者たち その11

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


性比歪曲者によるホストへの影響の2番目のトピックは繁殖システムへの影響だ.


10.4.2 性と繁殖システム


利己的性比歪曲者がいる状況では,未感染の配偶者を選好する形質が有利になる.

  • 最良の証拠は,X染色体のドライブが観測されているシュモクバエのものだ.これらのハエで眼柄を長くする遺伝子がX染色体のドライバー遺伝子と緊密に連鎖している.そのためメスはオスの眼柄の長さをXドライバーのないことの指標として用いることができる.そしてXドライバーの頻度が高い種の方がより極端な眼柄を持つ種である傾向があるという事実(7種のデータが表として提示されている)はこの仮説と整合的だ.この考えが正しいなら,Xドライバーがメスの選好を推し進める触媒として働いたということになる.正式な比較分析が望まれる.

エストはこの仮説に好意的だが,やや疑問が残るところだ.何らかのメカニズムなしですべてのシュモクバエでこの緊密な連鎖が継続するとはとても思えない.眼柄の長い遺伝子と連鎖できるようになったXドライバーは非常に有利になるのですぐこの連鎖は崩れるだろう.このあたりの解説がないのはもどかしいところだ.


次のトピックは性役割の逆転だ.

  • 利己的細胞質遺伝要素があると性比がメスに偏る.これは性役割の逆転への淘汰圧になり得る.
  • どちらの性で配偶者をめぐる競争がより激しくなるのかは,両性の潜在的な繁殖率の差により決まる.(ここ行動生態的なおさらいがある)
  • タテハチョウの一種Acraea encedon,およびAcraea encedanaではオス殺しバクテリア性役割逆転を生じさせたと主張されている.(Jiggins et al. 2000)これらの種では95%のメスがこのバクテリアに感染して,性比が極端にメスに偏り,メスがレックを作るようになっている.
  • しかしオスには未感染メスへの選好が見られない.おそらく未感染メスを見分けるべきキューが見つけられないのだろう.


3番目のトピックは性決定システムへの影響になる.

  • 性比歪曲者が性比決定システムと配偶システムの進化を促すことができるかについては議論がある.
  • ここまでのところ最良の証拠は植物のものだ.植物においてCMSのような細胞質性比歪曲者の存在が,雌雄同株から雌性雌雄異株性および雌雄異株への転換への淘汰圧になったのではないかと議論されている.(Charlesworth and Charlesworth 1978,Taylor 1990,Delph and Wolf 2005)
  • もしメス化個体が侵入したなら,これはCMSミトコンドリアを持たない正常な雌雄同体個体にオス機能への傾いた投資を促すだろう.そして投資比が極端になるとオス株になり雌雄異株に進化する.
  • さらに性比歪曲者が性決定システムに影響を与えているという証拠が蓄積されつつある.この議論は本書のスコープを越えるが,10.2.2.1で取り上げたフェミナイザーのウォルバキアとオカダンゴムシ,あるいはマルチファクター的な性決定をするイエバエなどの衝撃的な例が見つかっている.さらに最近,オス殺しとCI(細胞質不和合性)が半倍数体の進化に関わっていると示唆されている.またPSRの効果はPGL(父由来ゲノム消失)を持つ半倍数体の振る舞いに似ていることや,PGLを持つ多くの種でB染色体が多いことは偶然ではないのかもしれない.

エストは本書のスコープを越えると書いているがいかにも議論したそうな雰囲気が醸されていて面白い.確かに利己的性比歪曲者に本来の性決定システムを無効にされた状況では別の性決定システムに強い淘汰圧がかかりそうだ.また半倍数体性決定というのはメスが自由に性比を調節できる仕組みだが,どのような状況でそのようなシステムが進化するのかというのはなかなか興味深い問題だし.いかにも利己的性比歪曲者の存在が影響を与えそうだ.理論屋の虫がうずくというところだろうか.


さらにウエストは「性比歪曲者は性システムや配偶システムの進化にも関わっていることが示唆されているがあまり注目を集めていない」とコメントし,いくつかの示唆を挙げている.

  • オス殺しに感染した個体は,一部の子供が殺されるために,より大きなクラッチサイズへの淘汰圧を受ける.
  • 利己的性比歪曲者の存在は,メスにより多くの交尾相手を求めるように淘汰圧をかける.それは多くのオスと交尾することによって,未感染精子との受精チャンスを増やし,より歪比影響を受けなくするためだ.(その際生じる精子競争においては,Xドライバーを持つオスはY染色体を持つ精子を殺すために不利になる)
  • 利己的性比歪曲者によって大きくメスに傾いた性比が実現している場合には,精子不足が生じる可能性があり,交尾相手を増やす方向に淘汰がかかるだろう.
  • マイオティックドライブ機構を破壊するために組替頻度を増やす方向にも淘汰がかかるだろう.

このあたりは今後のリサーチエリアということになるだろう.