「Sex Allocation」 第10章 コンフリクト2:性比歪曲者たち その10

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


ここまで記述してきたような利己的性比歪曲者に寄生されているホストはどのような影響を受けるのだろうか.ウエストはその問題にすすむ.


10.4 性比歪曲者によるホストへの影響


利己的性比歪曲者はホストの進化にいくつかの影響を及ぼす.ウエストはここでは以下の問題を取り上げると宣言している.

  1. 補正的性比調節
  2. 性と繁殖システム
  3. 個体レベルと集団レベルでの適応度
  4. 種分化


エストはこれらすべてについて利己的性比歪曲者は大きな潜在的な影響力を持っており,それは共生が長い生物でのデータに裏付けられていると指摘している.さらに利己的性比歪曲者と共生している生物は,現在報告ベースから推測されるより多いだろうとも推測している.それは観測するのにかなり大きなサンプルサイズが必要になるし,さらに一旦固定してしまうとその影響が見えなくなるからだ.


10.4.1 補正的性比調節


利己的性比歪曲者があるという状況は,逆方向に性比補正を行わせる核遺伝子への淘汰圧になるだろうか?ウエストは単純な例から始めている.

  • 性比が0.5のランダム交配集団にメスのみを作る細胞質遺伝要素が侵入したとする.するとこの個体群の性比はメスに偏りオスに性比を傾ける核遺伝子は有利になるようにも思える.
  • しかしウィーレンは,この性比歪曲者の伝達確率が100%ならそのような淘汰圧は発生しないことを示した.(Werren 1987)(これは前節の進化的ブラックホールの議論だ)
  • 逆にいえば,利己的性比歪曲者の伝達確率が100%でなければ補正的な性比調節への淘汰圧が生じる.
  • 感染メスの娘の一部が非感染状態なのであれば,このメスと交尾するオスは遺伝子プール上の適応度が生じる.非感染系列の親から見てそのような余剰メスと交尾できる利益の部分だけ息子が有利になり,補正的性比調節への淘汰圧になるのだ.
  • 理論的には,この核遺伝子の補正的性比調節と細胞質遺伝要素が拮抗し,未感染メスはすべてオスを産み感染メスはすべてメスを産むことがESSになる状態も起こりうる.ただしこれが実際に生じていることが観察されたことはない.ある意味これは第3章で議論したような分離性比が理論的に予測されているのに観測されない状況と似ている.
  • この拮抗的な性比補正が観測されないことの1つの説明は,伝達確率が非常に高いというものだ.もうひとつの可能性は感染した場合のメス化が100%でないので,補正的性比調整もそこまで極端にならない(進化的ブラックホールの議論の上では,感染メスの息子から非感染系列への遺伝子フローが生じるということになる)というものだ.さらにこれはESSアプローチの限界で,集団遺伝学的な厳密な議論が必要だという主張(Godfray 1987)もなされている.

このゴドフリーの主張に詳細についてはここでは解説されていない.生じるはずの理論的予測が実際に観測されないという状況はウエストのような理論屋からすると大変居心地が悪い部分なのだろう.しかしこれは未解決問題ということのようだ.