進化学会2015 参加日誌 その3 


大会第2日 8月21日 その1


東京はこの日も曇天で最高気温はそれほどでもないが蒸し暑い日が続く.朝最初はシンポジウムタイムで,ゲノミクスのシンポジウムが多い中,進化医学にも関連しそうな「微生物の進化」のシンポジウムに参加

進化研究の最先端:病原体を対象として


冒頭でオーガナイザーの小林から,本進化学会のプログラムの表紙のダーウィンは,まさにこのシンポジウムを表しているとの説明.微生物は世代が短く進化をまさに目の前で観ることができる.さらにゲノムが小さくゲノムデータの収集も比較的容易だ.だからダーウィンがなお存命なら研究対象は植物やミミズやハトではなく微生物になっただろうということだ.そう言われて表紙を見てみると最初に見たときには気づかなかったがダーウィンが見ているディスプレーには確かに「EBOLA」の文字があるではないか.ということでセッションはエボラウィルスの研究者からスタート.



エボラ出血熱の数理モデル研究 斎藤正也


エボラは1976年に初めて報告された新興感染症で,非常に致死率が高いのが特徴だ.以前は「エボラ出血熱」(EVHD)と呼ばれていたが,出血しない症例があることが知られてきたために,現在では「エボラウィルス病」(EVD)と呼ぶようになっている.

それまでは中央アフリカで散発的な流行を繰り返していたが,昨年西アフリカでかつて無い規模のアウトブレイクが発生して世間の関心を高めた.現在では沈静化しているが,昨年のアウトブレイク時には,数理モデルを組み,限られたデータセットからいろいろな予測を行った.

その際の問題は次の2つ

  1. 伝染力は高いのか
  2. 隔離,移動制限のなどの介入政策に効果はあったのか

昨年の流行はリベリア,シェラレオネ,ギニアの3カ国で生じ,この3カ国では流行の様相も異なっていた.特にギニアは新規感染者数が上下して複雑な動態を見せている.そこで3つの島が連結されている形のモデルとした.また実際に得られるデータは新規発生患者数のみなので,そこから伝染力を推定できるモデルが必要になる.そこで再生産方程式に基づいて新規発生患者数から実効再生産数Rを推定した.
その結果再生算数Rは1を上回り,1.4から1.7になることが予想された.またこのまま放置した場合の最終的な感染者数は7万人から27万人と予測された.

次の問題は隔離政策の有効性だ.これはある1人の感染者が一次感染させる確率が時系列的に変化するとして,ある時点で隔離により感染確率が下がるとするとどうなるかを考えるモデルとした.感染確率関数は,感染者がどのように他人と接触するかを(接触間隔と接触人数に分解して)考え,さらに関数形はいくつかの確率分布を用いてモデル化して導出する.この関数を時間積分したものが再生産数になる.
これを実際のデータに当てはめると,隔離政策はRを10%下げる効果があるという結果が得られた.


結論

  • 2014/9段階ではエボラは確かに脅威だった.
  • 隔離政策は効果がある.


エボラについては関心が高く質疑応答も活発だった.

  • 医療介入もあったと聞くがその効果は?
  • →政策タイミングがずれていれば分解して効果を推定できるが,そうでないので分解はできなかった.実際に大規模に行われたのは隔離政策だったのでここでは医療介入については考えていない.
  • なぜ西アフリカではこんなに大規模になったのだろうか.この感染症は致死率が高いので,小さく構造化されている地域ではすぐに未感染者が尽きて流行が収まるが,大きな均一集団では大きな流行になるということだろうか?
  • →その可能性はある.このモデルでは3カ国の各国では均一集団にしていて,その中の地域構造は作り込んでいない.そこは将来の課題.
  • 最終的に7万人の予測よりは小さな流行で収まったが,介入政策効果の他に,ウィルスに弱毒性の進化が生じたということはないのか?
  • →このモデルではそれは見ていない.毒性進化の速度については当時よくわかっていなかった.
  • それは時系列で致死率を見ればわかるのでは?
  • →検討したい
  • 介入時期の検討はしたか.発症後何日までが重要みたいなことはあるのか
  • →やっていない,どの時期でも効果は同じと仮定している.
  • もし日本に入ってくればどうなると予想されるか
  • →医療体制が違うのであれほどのことはないだろう.しかしRが1より大きいというのは厳然たる事実なので,その他の条件によっては数千人レベルの流行の可能性は否定できないと思う.


インフルエンザウイルスの抗原変異 佐々木顕


インフルエンザはA香港,ロシアなどのサブタイプに分かれ,あるサブタイプは抗原変異を行って免疫をくぐり抜けるということを繰り返す.この免疫対応ごとの系統をストレインという.そしてサブタイプごとにこのストレインを生んでいく様相が異なる.
例えばA香港型は1968年以降,毎年のように変異を持ちストレインを生み続けてしぶとく流行を続けている.これに対して2009年の新型は1年限りの流行で消えてしまった.
ではあるサブタイプがどう振る舞うかを予測できないだろうか.というわけで数理モデルを組んでみた.

先ほどの発表にもあったRは1人が何人に感染させるかという基本的な数字(伝染力の他,最終感染規模,必要ワクチン接種率などもこれから求められる)で,これをストレインではなくサブタイプ全体に対して推定できればいいことになる.これをメタRと呼ぶ.
まず基本になるのはSIR型の連立微分方程式系.(未感染者,感染者,回復者数の増減を微分方程式化するもの)このI(感染者数)の方程式に突然変異の影響を組み込む(有害変異の部分だけ感染が減る)
次にストレインの産出動態を方程式化する.これは何ステップごとに変異ストレインが生まれるかを考えて組み立てる.

モデルの挙動
実際にどうなるかを横軸に突然変異率,縦軸にストレインのRをとって可視化する.すると流行なし,1回限り流行,ストレイン変異と持続的流行の領域が分かれる.持続的流行になるには突然変異率が高すぎても低すぎてもだめ.強い流行になるには変異率が低めの方がよく(系統の形は単純になる),多様で複雑なストレインを生むにはやや進化速度が高めの方がいい.


質疑応答

  • これは突然変異だけのモデルか,組み替えはないのか
  • →組み替えはサブタイプの分岐には重要だが,ストレインの変化は免疫抗原の変更なので突然変異が主体.
  • ある程度の変異なら免疫が有効であり続ける(交叉免疫)だろう,この免疫の幅と変異の大きさも進化動態に影響するのではないか
  • →確かにその部分は重要になりうる.今回のモデル化ではそこは捨象した.
  • 変異の蓄積総数に上限はあるのか
  • →変異部位は200ほどで,A香港では既に100ぐらい変わっている.しかし変わり方や組み合わせを考えると実質無限に変異しうる.さらに60年もたてば生きている人が入れ替わるのですべてリセットになる.上限は実質ない.
  • サブタイプごとに変異率が違うということはわかっているのか
  • →まだデータは無い.
  • サブタイプごとの干渉(競争)はないのか
  • →このモデルには入れていない.そこは重要で,ストレイン数が爆発しないこととも関連する.


宿主因子 APOBEC3 の多様化に伴うレトロウイルスの適応進化 泉泰輔


レトロウィルスはよく知られているようにRNAウィルスでホストに遺伝情報を逆転写して増殖する.ホスト側ではこれに対して対抗手段が進化しており,APOBEC3タンパクもその1つとされている.そしてウィルス側にはそれへの対抗進化が生じている.
具体的には,構造が単純なガンマレトロウィルスに比べ,HIVなどを含むレンチウィルスには基本構造以外のいくつかのタンパク質遺伝子がある,そのうちvif配列はホスト側の防衛に対する対抗手段であるようだ.
具体的なメカニズムとしてはAPOBEC3はウィルスの配列に侵入し逆転写RNAのうちCをUに変化させる.すると逆転写されたあとにこれはGをAに変えることになり,しばしば終止コドンを発生させてリーサルになる.vifはこのAPOBEC3に取り付いて機能を阻害する.

ここでウィルスの系統樹を作ってみると.祖先型はウサギウィルス,それがウマ,ウシ,ネコ,霊長類と分岐していく.そしてウマ分岐とウシ分岐のあとにvifが生じている.ホスト側のAPOBEC3を見るとウサギとウマまではこのうちウィルスへの効果の大きいZ3が1タイプなのにウシ,ネコでは2タイプあり,対抗進化であることを裏付けている.
ただしここで霊長類は1タイプなので,この説明が必要になる.確かにZ3は1タイプに減っているが,それがZ2Z1というタイプに置き換わっていてこれがウィルスに活性を持つ.だからvifはそのタイプに対抗するために引き続き装備されていると説明できる.


わかりやすいストーリーだった.

質疑応答

  • APOBEC3がウィルス進化を加速させている証拠はあるか
  • →vif配列がそれを示している.
  • APOBEC3に攻撃されるとウィルスの配列の中に(Uが増えるという形で)痕跡が残るのではないか.それは見ているか
  • →実際に蓄積されていったようなものも見つかっている.
  • APOBEC3はホスト自体にも害を与えるリスクがあるのではないか
  • →そこは面白い問題.発がんとの関連が指摘されている現象もある.実はAPOBECにはいろいろなタイプがあり,あまりウィルスに効いていないものもある.排除する傾向もあるのかもしれない.


CRISPRによる細菌の進化と生存戦略 中川一路


(冒頭で座長から解説:CRISPR/Cas系は現在DNA編集の重要なツールになっていて皆さんおなじみだが,もともとは細菌の外来配列のフィルター,排除機能にかかるものだった.今日はその進化の話をお願いした.)


細菌に外来DNAの取り込みがあることはよく知られている.それは送り込もうとするファージとそれに対抗しようとする細菌の進化をもたらす.CRISPR/Cas系ももともとはファージに対するレジスタンスとして進化したものだ.メカニズムとしてはCasが制限酵素となり外来DNAの切断を行う.そしてその中の一部配列をCRISPR系にため込む(切り取り配列がスペーサーとなり繰り返し配列と交互に並んでいく).そして一旦スペーサーとして取り込まれた配列は免疫の記憶としての機能し,フィルターになる.

ここでは2つの菌で異なる機能を持っていることも示したい.

まずA連鎖球菌(溶連菌)

  • これは人に感染して,様々な症例を示すことが知られている.ごく一部には劇症例もあり死亡に至ることもある.このゲノムを読むとファージ由来のものが20%もあることがわかった.このファージ由来配列によって症例の重さが変わるらしい.現在日本中から試料を取り寄せて調べているところ.この配列により何を排除して何を容認するかを決めているらしい.

歯周病菌

  • これは歯周病の原因菌だが,単一ではなく複合感染で,このうち3つが劇症に関与しているらしい.詳しいことはわかっていない.ここではこのうちP. gingivalisについて.
  • このDNAを読むとファージ由来のIS配列,MITE配列が多い.そしてこれはモバイル要素として機能していて大幅に配列を組み替えているようだ.するとCRISPR/Cas系は配列の組み替えを制御しているのかもしれない.


あまり知らなかった話で興味深い.


エピジェネティックスに基づく進化の細菌での検証 小林一三


エピジェネティックスを細菌で検証していることの報告.まずメチル化について基礎的な解説.

ここで細菌の場合に制限酵素による攻撃的な免疫を持つものがあり,それに対して制限修飾遺伝因子が,利己的でエピジェネティックでモバイル因子として働く.するとホストの免疫をかいくぐる修飾遺伝因子を持つかどうかで,この遺伝因子ラインに隔離も生じる.変異もあるので,変異,淘汰,遺伝の進化の要件を満たす.
これを実際の細菌(タイプIII RM)で調べる.最新鋭のシークエンサーPacBioでは直接メチル化の有無を配列と同時に読むことができる.そしてデータを見てみると,TRDという修飾因子を持つ配列が水平伝播して様々ななメチル化パターンを持っていることが見つかった.さらにそれが発現を変えて表現型に影響を与えていることがわかる.


「獲得形質によるラマルク的進化だ」とかなりの熱意を込めた発表だった.獲得形質とまで言えるかは微妙だが,実際に非常に多様なメチル化パターンが遺伝子発現に何らかの影響を与えているのがデータとして示されていて面白い.


ヒトマイクロバイオームの生態と進化 服部正平


ヒトには100兆以上の常在菌がいることがわかっている.口腔に100億,皮膚に1兆,小腸に1兆,胃に1万,そして大腸に100兆.全部で数百種があり,相互利益を与えあったり,疾患原因(潰瘍性大腸炎はよく知られているが,最近では肥満,肝臓癌,自閉症との関連も疑われている)になったりしている.これらはヒトと食事と菌の相互作用としてみることができる.これらの常在菌とあわせてヒト生態系を1つの超個体としてみようという提案もあるほどだ.

ここでは大腸の菌の生態系(細菌叢)を考えていく.これらの菌は水平伝播し,食事内容に大きく影響を受ける.

これまでこの細菌叢のリサーチは難しかった.というのは個別の菌を培養してからでないと調べられなかったからだ.しかし現在ではメタゲノム解析が可能になり一気に調べることができる様になった.全世界でもいくつものプロジェクトが立ち上がったが,日本人対象のものはなかったので今回立ち上げることにした.独特な生活習慣,長寿などから意味のあることだと考えている.106人の細菌叢をサーチし,2300万遺伝子のデータをとった.

結果

  • 世界中のデータと比較したところ,主成分分析では,それぞれの民族集団で違いがあり,日本人データもある程度独特な位置を占めている.食事内容の似た中国人とも大きく異なっている部分があるのがわかった.
  • 機能的に見ると炭水化物消化の代謝が高く,メタン生成と酢酸生成で酢酸に傾いている.
  • また一部の機能で中国人と大きく異なりロシアやスウェーデンと似ているところがある.最初よくわからなかったが,どうやら投与している抗生物質が似ていることがわかった.
  • また系統的に見るとホストと共進化しているものが30%,後は食事や抗生物質の影響を受けているものと,全く相関がとれないものがある.


まずは調べてみていろいろわかりましたと言うことで興味深い.抗生物質の影響があるというのはいわれてみればなるほどという感じだが,なかなか思いつかないところだろう.

以上でこのセッションは終了だ.


引き続いてプレナリーミーティング

Genetic Basis of Feather Diversity in Birds 李文雄 (Wen-Hsiung Li)


昨日に続いて中国の研究者による羽毛の話

まず昨日のおさらいのような系統樹と羽毛の出現と多様性のイントロがあり,その多様性について調べていると始まる.
リサーチ対象はニワトリを用いる.特に羽毛に突然変異があるfrizzleという品種とふつうのニワトリのゲノムを比較する.
羽毛はケラチンでできているが,ケラチンにはαとβの2種類ある.αケラチンはすべての脊椎動物が持っていて,βは爬虫類と鳥のみが持っている.βケラチンはテクスチャーや硬さに特徴があり,鳥の羽毛を羽毛たらしめているのはこのβの性質だ.しかしいろいろと調べていくと,鳥の羽毛の様々な形状の形成にはαとβの相互作用が重要であることがわかってきた.
そのよい例として早成性の鳥と晩成性の鳥の雛におけるトランススクリプトームの例が紹介された.



なかなか専門的で細かな話だった.


これは後楽園から中央大学に来るまでの途中にある春日局の像.文京区春日の地名は春日局に由来するそうだ.