進化学会2015 参加日誌 その4 


大会第2日 8月21日 その2


午後は恐竜のセッションへ.今回はプレナリーに続いて恐竜が充実している.

恐竜類における形態と機能の進化


General Introduction 對比地孝亘


まずは爬虫類以降の分岐図が示されて大まかな説明.そして近年獣脚類の中で鳥類が分岐するあたりの化石が増えて研究も盛んであることが紹介された.


鳥類の起源を考察するための形態進化 真鍋真


「恐竜学入門」の監修者である真鍋の発表.分岐図を元にして,共通祖先から鳥類への道をたどる.


最初は翼竜との共通祖先から恐竜への分岐.ここでは後肢の直立と可動軸の方向が強調される.一列に並んだ足跡化石のスライドが美しい.竜盤類への分岐は有名な恥骨の向きで解説.

次に(脇道ではあるが)竜脚類の解説.二足歩行型から,四足歩行になり,巨大化にともない様々な適応形質があることが骨格図とともに示される.(鳥類への道に戻って)獣脚類の共有派生形質としては前肢の指の形質,テタヌラエ類で椎骨が前後に組み合わせる仕組み,コエルロサウリア類で気嚢システム,マニラプトラ類で手根骨の形態,エウマニラプトラ類で恥骨の形状,アヴィアラエ類で座骨後方の突起と共有派生的な分岐解説が息もつかさぬスピードで語られる.

ここからは恐竜の一群としてみた鳥類について.脳の形状(化石から断層撮影で多くのデータが得られている),羽毛形状を多くの(鳥を含む)恐竜群で比較,鳥盤竜恐竜クリンダドロメウスにおける羽毛形状の紹介(かなり複雑な構造で,獣脚類の羽毛と相同と考えられる),ミクロラプトルにおける後肢の羽毛,そして次々に見つかる後肢羽毛恐竜を系統樹に乗せてその後肢の翼の進化を推測した図の解説,皮膜の翼を持つ恐竜イーチーの紹介,現生両類の特徴として後肢の比率と姿勢,竜骨の発達(中生代の祖先に比べ大きく飛翔適応していると考えられる)と続いた.


濃密な恐竜入門講座だった.


恐竜学入門―かたち・生態・絶滅

恐竜学入門―かたち・生態・絶滅

私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20150820


恐竜は小さくなれなかった? 指行性による体サイズへの制約 久保泰


これはおおざっぱな話ですと前置きしてスタート.


体サイズごとに種がどう分布しているかを様々な分類群で比較すると,(非鳥類)恐竜は非常に特異的だ.まず非常に大きな体サイズを持つものがいる.さらに全体として分布が大きい方に歪んでいる.さらに小さいものがいない(よく小さな恐竜もいましたと言ってニワトリぐらいの恐竜が子供用図鑑に載せられているが,ニワトリは実は比較的大きな生き物だ.)鳥類にも哺乳類にも数十グラムのものがいるのに対して恐竜は最小サイズで1kg程度であり2桁異なる.

これまで,巨大なものがいることについて竜脚類の体サイズの巨大さに対する適応形質が詳しく調べられているし,大きなサイズに歪んでいることについては,卵生のために幼体と小型恐竜の競争があった仮説,化石収集のバイアス仮説などが出されている.しかしなぜ小さな恐竜がいないのかについてはあまり検討されていない.ここで私はそれは指行性と関連しているという仮説を提唱したい.

恐竜は中生代で唯一の非蹠行性の陸上脊椎動物だ.そして化石動物を含む様々な動物群の蹠行性,指行性,蹄行性ごとの体サイズ分布を見ると,蹠行性,指行性,蹄行性ごとに体サイズ分布が異なっている.
北アメリカとアフリカの哺乳類について調べたものを見ると,蹠行性,指行性,蹄行性の順に体サイズの分布が大きな方にずれており,蹠行性と指行性の境目は大体1kg程度にあることが示されている.

そこで以下の仮説を考えてみた.

  1. 非蹠行性生物は体重に下限がある
  2. (非鳥類)恐竜の体サイズの特異な分布は指行性に起因する.
  3. 恐竜類とワニ類の分岐以降指行性の恐竜類は体サイズが大きくなる方向に進化した.

これまでこのような仮説を検証するのは難しかったが,最近主要な動物グループで体重のデータが整備されてきた.
現生陸生哺乳類,地上性鳥類(島嶼性のものは除く).北米化石哺乳類,などに加え,2014年には恐竜の想定値のリサーチもでている.
これらのデータの中から,蹠行性生物と非蹠行性生物を「踵がついているかどうか」で定義し,科レベルで分けて比較,検証してみた(哺乳類ではおおむね非蹠行性の科はかなり限られる:奇蹄目,偶蹄目の他,イヌ,ネコ,ハイエナなど合計24科)

結果

  1. 非蹠行性生物に500g以下のものはいない
  2. 恐竜以外の生物は体重サイズが正規分布しているが,恐竜はその例外になっている
  3. 中生代を通した時系列で見るとワニと哺乳類は体重増加傾向にないが,恐竜のみ増加傾向がある.また新生代の哺乳類については,非蹠行性動物群の方が大型化傾向が顕著だ.

データは仮説と整合的だ,では何故足の形と体重が相関するのだろうか.
非蹠行性は速度を出しやすく,骨に対する体重ストレスも相対的に小さくなるので,大型化高速化には有利だ.しかし何故小さくなれないのだろうか?あるいは小型の動物は多様な生態ニッチを占めることと関連するのかもしれない.(ここは明確にはわからないというニュアンス)

結論

  1. 非蹠行性動物にとっては500g以下の大きさに進化するのは難しいらしい
  2. 蹠行性動物の大きさが小さいまま,非蹠行性動物群が大きくなるという進化傾向が中生代と新生代の2回観察されている.
  3. 恐竜は中生代唯一の非蹠行性動物であり,生態系の中でユニークな地位を占めていたと思われる.


質疑応答は科レベルで分析することの是非についての指摘の他は,何故指行性生物が小さくなれないのかの究極因的な説明が何であるかに集中した.パターンはあるが,理由はわかっていないと解答されていた.

なかなかユニークな視点からの発表で面白かった.何故指行性動物が小さくなれないかというのは面白い問題のように思う.おそらく指行性によって大型化高速化に対応することと何らかのトレードオフがあり,それが小さな動物の生態ニッチでは不利になるということなのだろう.(虫をつかむなどの)手足の繊細な使い方に関連するのかもしれない.



獣脚類の足における形態と機能の進化 服部創紀


鳥類の後肢(特に指骨の付き方)の形態には様々なパターンがあり,その生態ニッチで重要な機能に対応している.(走る,枝に止まる,獲物をつかむ,潜水するなど)ここで獣脚類恐竜の後肢に注目し,鳥類の知見から化石に応用できるものがないかを考えてみる.

まず鳥類の踵より先の骨の付き方(特に4列の趾骨)について定量化して主成分分析にかける.するとそれぞれの機能(走る,枝に止まる,獲物をつかむ,潜水する)が,第1主成分と第2主成分の2次元グラフの中にうまく分かれてプロットできる.

ここで獣脚類の後肢を見ると,現生鳥類の地上走行性鳥類(キジなど)とよく似ていることがわかる.その中で,純粋走行か,ものの把握にも使うかで重要な形質は第一指の向きになる.(把握機能があると第一指が後ろ向きになる)始祖鳥は従来第一指が後ろ向きとされてきたが,最近の研究では横向きに近いのではないかともいわれていて,これも機能的には面白いポイントになる.

ここからは系統樹に乗せて,ヘレルロサウルス,コエロフィシス,テタヌエラ類,デイノニクス,トロオドンなどの第一指の向きが次々に説明される.並んでいたり,後ろに隠れたり,横向きになったりとなかなか多様で深い.

結論としては以下の3点がまとめられていた.

  1. 獣脚類の後肢の趾骨の向きは機能と関連する
  2. 走行性が祖先形質で,把握機能が派生的のようだ
  3. 筋肉の付き方から指の可動性を調べることもできる.


これはかなりマニアックな話で面白かった.


獣脚類恐竜Avimimus portentosusにおける現生鳥類との収斂形質の再検討 對比地孝亘


アビミムスは上部白亜紀の恐竜で70年代にモンゴルで発掘され,当初は非常に鳥に似た様々な形質が指摘されていたが,時期的(白亜紀出土)に考えて鳥類との収斂進化と考えられてきた.最近より保存状態のよい化石が発掘されたので,このあたりを再検討してみたというもの.
ここからはかなり細かな話で,肩甲骨,手根骨の融合具合,前肢,後肢,頭蓋骨が次々と詳細に解説された.

結論

  1. 新発見化石で当初の想定は一部覆り,考えられていたほど鳥類的ではなかった.オビラプトルの近縁種としてみて整合的.
  2. ただし,手根骨,脳幹,後肢の足首などで,オビラプトルにはない鳥類との収斂形質が確かに見られる.これらについては70年代の想定は正しかった
  3. 収斂形質の多くは骨の融合で,これは小さな遺伝的な変化で生じ得るのだろう.
  4. (CTスキャンで見た)三半規管の一部にも始祖鳥には見られない収斂がありそうだ.これについてはさらなるデータが必要.


これも思い切りマニアックな話で興味深かった.今回の恐竜セッションは大変深くて満足感高い.


南極の陸上生物圏の適応進化

南極陸上生物の起源 伊村智


南極のフィールドで調査しているコケの分類学者の発表.


最初は,南極の生態系の概説から始まる.南極は非常に寒冷で乾燥した世界なので,分布する生物群は限られている.もっとも卓越しているのはコケで,そのほかは地衣類,菌,バクテリア,節足動物(昆虫は存在せずダニ,トビムシなど),線虫,ワムシ,クマムシぐらいだ.一言でいうと「コケとダニの世界」ということになる.
大陸史としては,200百万年前にゴンドワナから離れはじめ,35百万年前に南アメリカとオーストラリアから分かれて南極周回海流が卓越し,極寒の世界になる.その後氷河期と間氷期を繰り返して現在に至っている.氷河期にはほとんど氷で覆われる.
すると現在南極でみられる生物は,(A)ゴンドワナからの遺存種,(B)過去2回の間氷期に渡来し氷河期を生き残ったもの,(C)完新世になってから渡来したものどれかであるはずだ.氷河期を生き延びるには高い山の上で氷河から頭がでる部分にいるか火山の火口付近にいるしかないと思われる.

さてコケだ.よく採取されるのはギンゴケで,これは世界中に分布する種だ.最近になって胞子が飛んできたものかと思ってDNAから分岐年代を調べると,4百万年前,2百万年前となるので,実は(B)タイプだとわかる.
次に南極の平原には池がある.これは氷河の削り跡に水がたまったもので非常に小さく浅いが,上部は凍っても下の水は残るので割と長期間安定して水がある.この池の底には一抱えもあろうかというコケ坊主が乱立している.コケ坊主はほぼコケだけでできていて,内部にはクマムシやワムシやバクテリアも棲み,一つの生態系になっている.
ではコケ坊主を構成するナシゴケはどこからいつ来たのか.これもDNAで系統樹を調べると,なんとチリにのみ分布するナシゴケと近縁で分岐年代は1500年から6000年前と新しかった.最初は戸惑ったが,まずこの池はどんどん更新されるので前回氷河期までさかのぼれるはずはない.さらに気候学者に聞くとチリ方向からの強い風はよくあることなので全く不思議はないということだった.このコケは(C)タイプだったのだ.


南極へ輸送されるバイオエアロゾル  中澤文男


南極の氷床コアから花粉を採集してDNAバーコーディングで同定したもの.まずダストについて同位体を測定してみたところでは,上空の風を反映しチリ,パタゴニアからのものが多かった.花粉は非常に少ないが,二翼型花粉が多く,北半球にしか分布しないアカトウヒのものが見つかったというもの


南極のコケ坊主生物圏 中井亮佑


冒頭で話のあったコケ坊主についての詳しい発表.

コケ坊主の表面は緑色で生きているコケだが,内部は黒っぽく,コケの死骸がバクテリアで分解されつつある.だいたい20センチになるのに250年ほどかかり,60〜80センチの大きなものは1000年近く経過しているものとみられる.
表面,内部それぞれで住み着いているバクテリアの種類に勾配がある.そのほかは線虫,クマムシ,ワムシが見つかっている.
全体として表面は酸化的,内部は還元的.また表面ではコケとシアノバクテリアの光合成がみられるが,内部をよく調べると化学合成が行われている.


なかなか興味深い生態系だ.


南極湖沼における遺伝子の水平伝播ワールド 馬場 知哉


南極では厳しい環境の中偶然飛来してきたバクテリアが共生系を作っている.そこで,それらの細菌の窒素循環,エネルギー生成の化学合成系の遺伝子を解析したところ多くの水平伝播遺伝子が見つかったというもの.
水平伝播が多いことについての発表者の説明はややナイーブグループ淘汰的でいただけなかったが,競争が強い場合とは異なる淘汰環境で水平伝播遺伝子が残りやすいのだろう.興味深い.


北極および南極細菌系統におけるゲノム進化 明石裕


極の細菌のゲノム解析を行ったところ,シュードモナス類の系統では系統毎にAT-CG比率が異なっており,片方向の置換が特定系統で生じているという報告.


南極線虫の環境耐性遺伝子 鹿児島浩


南極の凍結環境に耐える極限生物のゲノムの話.
凍結,特に細胞内の水分の凍結は生物にとっては非常に厳しい問題となる.氷の結晶が成長する事によってオルガネラを直接破壊するし,膜も破壊され,蛋白の構造が異常になり,浸透圧の問題も生じる.
しかしこの細胞内の凍結に耐える唯一の生物が南極に生息する.それは線虫の一種Panagrolaimus daividiで,年間ほとんど凍結していてほんの数日気温が上昇したときに少し動くという生活をしている.どうやら体液中の氷についてその結晶の成長を抑制できるようだ.そこでトランススクリプトームで発現を調べてみたところ,トレハロースや膜強度関連の遺伝子に加えてLEAと呼ばれる蛋白関連の遺伝子が発現していた.これは元々小麦の種子で見つかったもので,バクテリアから植物まで広く持っている.動物では持っているものは少なく,アミノ酸のリピート構造が特徴で特定の構造を持たない.機能は疎水面蛋白やフィラメントに関連するといわれているがよくわかっていない.

この線虫ではこのLEAが14タイプもある,一部は非常に熱に対して安定していて,線虫内では温度により発現パターンが変化する.
また持っている動物群は線虫のほか,クマムシ,ヒルガタワムシ,ネムリユスリカなどわずかで,線虫も含め水平伝播で獲得されたようだ.さらに解析を進めたい.


ここでも水平伝播がキーになっているようで興味深い.


以上で大会2日目は終了だ.