進化学会2015 参加日誌 その5 



大会第3日 8月22日


大会日程も着々と進み3日目.この日は晴れていてこの季節の典型的な天候で,やや蒸し暑い.最初は進化生態学の方向性を考えるというセッション.

シンポジウム 進化生態学を『上の階層』から捉えなおす


冒頭に企画者の山道,笠田から趣旨説明.


趣旨説明 山道真人,笠田実


2012年頃から「進化生態学はオワコンか」,「行動生態学はオワコンか」などという言葉を見かけるようになった.これは某学会でそのようなセッションがあったことと関連しているようだが,ここで歴史を振り返ってみたい.

ダーウィンからの流れの中,1964年のハミルトンの血縁淘汰,1970年のプライス方程式,1973年のESS,1975年の「社会生物学」出版,1976年の「利己的な遺伝子」の出版のあたりで急速に理解が進み,その後ゆっくりになったことがわかる.

ある意味学問が成熟し洗練されて充実したのだが,片方でフロンティア領域がなくなったのだとも言える.この中でフロンティアを見つけにいくには発想をかえるほかない.下に向かうと生理学やゲノミクスとの融合がある.本セッションでは上に向かい,マクロ進化,メタ個体群,進化と生態の相互作用に向かう道を議論したい.


多様性のパターンから進化プロセスを探る系統種間比較 沓掛展之


企画者からは「オワコン」のような話もあったが,自分としては今はいい時代だと思っている.まず表現型形質の世界レベルでの情報統合が劇的に進んでいる.まさにビッグデータだ.またRのようなソフトで簡単に高度な統計解析が可能になっている.さらに系統解析も簡単になっている.そして系統に関していうと,フェルゼンシュタインの言ったように「比較生物学においては系統は重要」なのだ.

そこで今日は系統種間比較(PCM:Phylogenetic Comparative Method)の話をしたい.
これはまず表現型のパターンを見て,系統樹からその進化速度や祖先形態を推測するものだ.また制約,進化モード,種分化,共進化などについても議論できる.
この手法は欧米ではここ10年爆発的に利用されているが,日本ではあまり話題になっていない.ここではこの系統種間比較を簡単に紹介したい.


まず基本文献

Modern Phylogenetic Comparative Methods and Their Application in Evolutionary Biology: Concepts and Practice

Modern Phylogenetic Comparative Methods and Their Application in Evolutionary Biology: Concepts and Practice

  • Modern Phylogenetic Comparative Methods and Their Application in Evolutionary Biology: Concepts and Practice László Zsolt Garamszegi (調べてみるとハードカバーのみで100ドル超,電子化はおろかペーパーバックもでていないようだ.なかなかハードルは高い)

また今日の話の留意点.時間が限られているので話題は絞りたい

  • 系統推定の話はしない
  • 種分化,絶滅,共進化,寄生の話もしない.形態(および行動)進化のみ取り扱う.
  • 統計の詳細(最節約法,最尤法,ベイズ法)の話もしない
  • 面白いグラフィックを紹介するがスクリーンでは見にくいのを承知しておいて欲しい


さて(形態進化における)Big Questionは以下の3つだと考えている

  • 複雑な形質の進化は単純な進化の積み重ねで生じたのか(あるいは跳躍か)
  • 適応放散はいつどのようになされたのか,それは普遍的か
  • 進化ノード:適応,中立,制約


<複雑な形質の進化>

当然単純な変化の蓄積だと思われるが実証的にそれを示したものは少ない.ここで紹介するのはコノハチョウの翅の模様についてそれを11の形質に分けてPCMに基づいて祖先形質を推定しどのように複雑な模様ができるかを示したリサーチ.

この進化プロセスの推定は,ある1つの形質についてどういう状態からどういう状態に変化するかの確率行列を作り,系統樹に重ねて推定していく手法を採る.

自分のリサーチ分野では,真社会性への進化が,複雑な形質の進化に当たるだろう.現在よく議論されているのは,協同繁殖とモノガミー(子供間の血縁度の上昇)の進化順序あるいは因果だ.膜翅目昆虫についてこれをPCMで解析すると,どちらも無い状態から,まずモノガミーが進化し,その後真社会性になるモデルを支持する.


<適応放散は普遍的か>

これは1944年のG. G. シンプソンの仮説から始まる議論だ.シンプソンは,一気にニッチに広がってその後少しずつ進化が進むという適応放散が基本だと考えた.進化速度の時系列関数について適応放散とランダム(中立)進化と安定化淘汰の3タイプを考え,PCMでどのモデルが支持されるかを見る.

ハーモンの2010のリサーチの結果,多くの分類群で適応放散モデルは当てはまらないことが示された.また中立モデルで枝ごとに進化速度が異なるとして当てはめを見たリサーチでも特に初期進化速度が高くなる傾向は見られず,これまた適応放散が普遍的だという仮説は支持されなかった.

では実際にどのような分類群で進化速度が速かったのか.このPCMのリサーチでは,平均より速い哺乳類は,大型ネコ,大型類人猿,クモザル,フクロネコとタスマニアデビル,ヒゲクジラだった.(なおこれはランダム進化の速度なので,一方向への進化速度ではなく分散が広い形になるイメージ)


<進化のモード:中立か適応か>

系統樹の枝ごとに適応になったり中立になったりするモデルを立てて,コンピュータの力業でPCM推定を行うという手法がある.大型類人猿で調べるとヒトの系統だけより適応的という結果が出ている.


質疑応答

化石データは扱えるのか
→扱える.(その部分の)枝を短くすれば問題なく取り込める.

形質データだとDNAデータに比べてノイズがあると思うが
→それはうまく扱えていると思う.むしろ問題はPCM推定の結果をどう提示するかというところ.なかなか簡単に図示できる方法がなく,分析結果を直感的に認知しにくいという問題がある.


系統種間比較についても見事なイントロダクションだった.なかなか面白そうだ.勉強しなければ.


血縁選択と群集および種多様性 辻和希


「オワコン」かという話については,私もむしろ面白い時代だと思っている.ビッグデータにゲノムデータが加わっていろいろな可能性が広がっている.

今日は階層間相互作用について.すべての階層のルールが知りたいと思うのは科学者として当然だろう.だから階層間相互作用の適応力学を調べたいと思い論文も書いた.


ここでこれまでの常識を整理

<生態学の常識>

  1. 種間競争が種内競争より強く働くと異種は共存しない(つまり高密度になれる方が勝つ)
  2. 群淘汰は考える必要なし.基本的に個体淘汰の方が圧倒的に強い
  3. 単一集団内の進化では共有地の悲劇はよく生じる(つまり個体淘汰の結果,集団にとっては最適ではない状態に進化することがしばしば起こる)

しかしこの1と3は実は逆方向の話だ.1では集団として最適な状態の種が勝つと言っていて,3では個体淘汰の結果はそうはならないことがあると言っている.
行動生態学者の経験する事実としては「共有地の悲劇」は生物界にありふれている.よく知られた例は性比だし,性淘汰形質の多くはそうだ.そしてそれは性淘汰形質に限らない.社会行動,血縁淘汰の文脈でも生じる.


<血縁淘汰的共有地の悲劇の例1:繁殖権をめぐるアリのコロニー間闘争>

  • 大槻との共同研究で,理論的にはワーカーの利己的産卵は,コロニー生産を15%減少させるとしても生じることを示した
  • 実際にワーカー産卵の見られるトゲオオハリアリで(操作によりワーカー産卵をさせて)調べると,ワーカー産卵はワーカーの平均寿命を18%減少させていることがわかった.

<血縁淘汰的共有地の悲劇の例:アミメアリのフリーライダー

  • アミメアリはすべて産卵ワーカーで構成される単位生殖種だが,フリーライダーの産卵特化型個体(EQ)が出現する.EQは数多く産卵してすぐに頻度が上昇するが,コロニー内で世話がなくなって最後は卵にカビが繁殖してコロニーが滅びる.


ではこの1と3の拮抗的階層間相互作用のダイナミクスの帰結はどうなるのだろうか.いずれのルールも長期的な平衡を見ているので,相互作用を見るには双方の速度がわからなければならない.もし上位階層の力学の方が強ければトップダウン的な系になり,下位階層が強ければボトムアップ的な系になる.2013年の論文ではそれをちゃんと計算しましょうと提唱している.

先行研究としてはランキンの2007年のものがある.彼は上位階層として種間の密度依存淘汰,下位階層として頻度依存ESSを当てはめて計算した.結果は他種との競争があれば利己的な性質が進化しにくくなるというものだった.


私はボトムアップ力学の仮説を提示した.

  • アリは同所的に多種が共存している.これまで生態学では類似種の同所共存についてはニッチの分割で説明してきた.しかし考えてみると地上性のアリのニッチは皆非常に似ている.これは生態学の謎の1つだ.
  • ここでアリには血縁淘汰的なメカニズムとして他コロニー個体の排除という性質を進化させている.(同種の他コロニー個体に対する敵意の方が他種個体に対する敵意より激しい)
  • これがコストとなり種内密度の上昇を抑え,他種との共存が可能になっているのかもしれない.
  • この仮説には傍証がある.侵入アルゼンチンアリはコロニー間の表面物質の多様性が減りすぎて他コロニー識別不可能になっている.このために密度が上昇し,他種との競争に有利になって,地域優占種になっていると考えられるのだ.
  • なおこれに関連した残された謎がある.それはコロニー識別ラベルの進化の問題だ.他コロニーと識別されると攻撃されるのでこれには正の頻度淘汰圧があると思われる.その中でなぜ識別シグナルの多様性が進化できるのだろう.これはまだ解決されていない.


<結論>

  • もしトップダウンの方が強ければ,これまでの進化生態学の主流の考えは一旦大きく考え直す必要があることになる.
  • もしボトムアップの方が強ければ,世界は無駄で満ちていることになる.だから自然史は面白いのかもしれない.


これは新しい視点からのリサーチ方向を示す大変刺激的な発表だった.個体淘汰の方が比較的強いことを考えると,ボトムアップで上の階層への影響が現れると言うことが標準的なように思える.これが正しいなら今後様々な面白いリサーチが可能だろう.


外来種の進化に注目して,生態学的なプロセスとマクロ進化のパターンをつなぐ 深野祐也


多様性がなぜ生じるのかに興味を持っている.特に進化が枝分かれしているときに何が生じているのかが知りたい.現生生物からそれを知ることはなかなか難しいが,ここで外来種の存在はいわば自然実験とも言え,進化イベントに迫る手がかりを与えてくれる
ここでは植食性の昆虫の食草シフトという現象を考えたい.系統解析をするとしばしば食草シフトが生じている.しかしそれは何をきっかけに起こるのだろうか.私はそれは食草と昆虫の移動分散のタイムラグがキーになっているのではないかと考えている
ここで日本にはブタクサ(100年前),オオブタクサ(60年前),ブタクサハムシ(20年前)が北米からの外来種として定着している.北米ではブタクサハムシはブタクサのみ食し,オオブタクサは食べない.しかし日本ではブタクサもオオブタクサも食べて大繁殖している.

<仮説>

  • オオブタクサは日本に来て天敵フリーの環境で生物防衛を下げた
  • ブタクサハムシは防衛の下がったオオブタクサも食べるようになった.そしてオオブタクサ色に対しても適応した.

<検証>
これを調べるために北米のオオブタクサ,ブタクサハムシを入手し.日米2系統の食草に対し,日米2種系統のハムシがどのように産卵し,幼虫が成長するかを調べた.
すると北米のハムシは北米のオオブタクサは食べないが,日本のものは食べる.そして幼虫も日本のオオブタクサで成長できる.また日本のハムシは,日本のオオブタクサだけでなく北米のオオブタクサも食べ,幼虫が成長できる
これから仮説は2点とも検証された.

さらにハムシに行動や生理以外にも適応があるかも調べた.バッタの先行研究から硬い食草を持つバッタの大顎は大型で,切れ込みが小さい傾向があることが知られている.この日本のハムシと北米のハムシを比べてみると大顎の大きさには差が無かったが,切れ込みは優位に小さくなっていた.これは適応が生じたことの証拠の1つになる.

<その他>
また日本のブタクサハムシはブタクサとオオブタクサ以外にヒマワリなども食するようになっている.このことは害草に対しての原産地天敵導入は単純に有用なだけではないかもしれないことを示している.
また2013年にヨーロッパにもこのブタクサハムシが侵入したことが確認された.調べてみると日本のものとは全く系統が異なるもので,なおヒマワリは食べていないようだ.これはさらなる比較自然実験の可能性を広げてくれる.

<結論>

  • 外来種は進化研究のいい材料になり得る.
  • 祖先集団がわかっているし,交雑実験も可能
  • 応用の道もある


これは自然実験の可能性について目を開かせてくれる面白い発表だった.外来侵入種が生じることは大変残念なことだが,せめてそれを使って有意義なリサーチができれば絶滅の危機にさらされる固有種も浮かばれようというものだろう.


表現型可塑性の生態系機能〜エゾサンショウウオ幼生の大顎化の意味を探る〜 岸田治


表現型の可塑性が生態系に与える影響についてのリサーチ

エゾサンショウウオの幼生は餌があるとき,天敵がいないときに,一部が大型化し,オタマジャクシや同種幼生を食べる.どのようなときに大型個体が出現するか,さらにそれが生態系に与える影響を操作実験系を設定して調べたもの.

結論的には予想通り天敵がいないとき,共食いの可能性があるときに大型個体が出現する.

それが生態系に与える効果は,まず大型個体が出現すると共食いによりサンショウウオは減る.またオタマジャクシも減る.しかし水生昆虫は(小型サンショウウオ幼生が食べるために)逆に増えるという結果が得られた.


いずれも予想通りできれいな結果だ.


寄生者−宿主関係の多様性からせまる群集動態の一般理解 佐藤拓哉


「北海道の河川において,最終的に捕食性魚類にわたるエネルギーの60%が,寄生虫であるハリガネムシの操作によるカマドウマの河川落下によるものである」という衝撃の報告を行ったリサーチャーによるまさにその現象についての解説.

まずパラサイトによる操作を解説し,それについての重要な問題を次の3つに整理する.

  1. どのように操作が進化したか
  2. どのように操作しているのか(至近的メカニズム)
  3. 生態系の中でどのような意味を持つの

この1と2はよく調べられているが3はあまり調べられていないのでその例を紹介したいという趣旨.

ここでハリガネムシの説明.プールに落ちたコオロギからにょろにょろと出てくる動画や,カエルの口の中から出てくる動画が「気持ち悪くてすいません」というコメントともに紹介された.初めて見るもので面白い.

  • ハリガネムシはあまり調べられていない分類群で記載種が300あまり,おそらく2000種ほど存在すると推定されている.陸上性のコオロギやカマドウマに寄生するが生活史の中で水中で交尾するので,このホストを水に落とす操作を行う.
  • 生態系の影響についてエネルギー収支を調べたところ,イワナが得るエネルギーの60%がハリガネムシが落とすカマドウマ類によるものだとわかった.
  • 系統解析すると本州以南と九州で大きく二つに分かれ,ホストが若干異なり(北海道ではカマドウマ,コオロギの他にゴミムシなどにも寄生する),操作して水に落とす時期も異なる(北海道では春,本州以南では秋).(なお古い記録を調べると北海道でも秋にも操作があったという報告があり,博物館に残る標本を分析してみたところそれは本州系統だった.なぜ数十年で消えてしまったかなどはわかっていない)
  • 春操作と秋操作では生態系の影響が異なるだろうか.カナダのカットスロートトラウトで実験して調べたところ,春に餌が豊富であれば大きく成長し水中資源を食い尽くすが,秋だとあまり影響がないという結果になった.単純に餌資源が平滑化すると生態系が安定するわけではない.
  • メカニズムも調べている.まず行動をランダムにめちゃくちゃにしてから走光性を生じさせるらしい.生態系との関連で言えば,走光性がキーになっているのであれば河川のどの部分に操作されるかの予測が可能になるかもしれない.


あまり聞いたことのないハリガネムシのホスト操作の詳細がわかって面白かった.


フロンティアを失った世代の逆襲:微生物の超多様性に生命進化の本質を見いだす 東樹宏和


ツバキゾウムシとツバキの軍拡競争で有名なリサーチャーのエキサイティングな発表.演題からして挑戦的だ.フィールド生態学者として,これまでの軌跡,フロンティア分野について,純粋研究か応用かということについて話したいという前置きのあとエネルギッシュな講演が始まる.

<これまでの軌跡>
最初に手がけたのはゾウムシとツバキの共進化だ.(リサーチの概要を説明)アームレースであることを検証し,系統解析も行い,最近になって大きく進化したことも知ることができた(その中ではグールドによる断続平衡論争への自分なりの解答「ミクロ進化の速度は断続時点でのマクロ進化と比べて圧倒的に速い.だからなんの問題も無い」が得られた)

さて一段落したら,周りがゲノムで遺伝子を探し始めた.共進化過程をゲノムから見ることも考えたが,ファージのゲノムの全解析の進展を見ると,微生物系にはとてもかなわないだろうと思うようになった.そしてそれらのゲノムを交えたリサーチはどんどん各論になっていく.この頃は自然史の面白さと原理を追求することの間で悩んでいた.さらに周りの研究は進み,非生物のRNAやコンピュータプログラムでの進化実験もなされるようになってきた.要するに進化生態学は何か特別な分野ではなく普通の科学になってしまったということだと感じたのだ.


<フロンティアについて>
しかし何が特別だったのだろう.そうしていろいろ考えてみるとそれまでの進化生態学は2者3者間の進化動態を扱って面白かったのだ.しかしそれを広げて生態系を考えるとそれはとても複雑で何もわかっていないことに改めて気づいた.

そして自分の次のリサーチエリアを植物群集と菌の共生系に定めた.特に菌根菌が面白い.これらは非常に多様で,その多様性の理由は全く説明できない.コナラだけで何十種類もついているのだ.そしてシーケンサーの能力向上で大量データを扱うのは便利になっている.微生物の世界にこれまでの進化生態学の理論がどこまで通用するかを見ることができる.

もう全くのフロンティアだ.DNAから種レベルの群集構造を調べることができる.ネットワーク理論を使っていろいろ解析できる.様々な入れ子構造や逆入れ子構造が見つかる.また地域を複数にするとメタ群集データになる.メタ群集ネットワークを調べていると中核になる菌が見えてくる.これはキーストーン種なのかもしれない.また共存しやすい菌としにくい菌があることもわかってきた.ホスト側から見ると共生菌叢にタイプがあることになる.これはヒトの腸内細菌叢のリサーチとも整合的な結果だ.この菌叢の中では少数のものがハブ的になっている.これらの菌が最初に共生してあとの菌が決まるということなのかもしれない.とにかくいくらでもフロンティアがある.


<純粋研究か応用研究か>
役に立てるための研究はつまらないという意見を目にすることもあるが,私の意見は異なる.応用の課題に応えるシステムを構成することこそ基礎研究の役割だ.ロバストな生態的知見があればこそ様々な応用に役立つのだ.


議論を活性化させ,懇親会につなげたいという狙いもあったのだろう.それにしても刺激的な話だった.


続いてプレナリー.さすがに3日目は恐竜からはなれて植物のフェノロジーについて.

分子フェノロジー:植物における遺伝子発現の季節変化 工藤 洋


まずここではインヴィトロ,インヴィヴォに加えてインナチュラの研究を強調したい.フェノロジーとは季節に同調する生物の反応,行動を調べる学問であり,今日は植物の開花反応をフィールドで調べるリサーチについて話したい.


植物にとって開花時期は重要だ.それは交配する植物にとって同種他個体と交尾時期を同調することが非常に重要であることから説明できる.しかし植物はどのように開花すべき時期を知るのだろうか.多くの植物の開花時間は短い.ここでは気温をキーにして2週間開花する植物を考える.すると現時点の気温だけでは同調はできないので,ある程度長い期間の気温の記憶が必要になるはずだ.

そして分子フェノロジーだ.これは分子生物学の手法を取り入れたフェノロジーということになる.これは形態からはわからない内的状態をとらえることができ,年間いつでも観察可能で,頻度高くデータを取ることで解像度も上がるという特徴を持つ.
ここではモデル生物であるシロイヌナズナのゲノムデータを利用し,その野生同属種であるハクサンハタザオでリサーチした.ハクサンハタザオは多年草で,自家不和合で開花時期が非常に重要であり,さらに有性繁殖ステージから栄養生殖ステージに転換したときに花序先端に新苗を形成して観察ができるという特徴を持つ.

ここからは分子フェノロジーの詳細が解説される.

200の遺伝子を解析し,そのうちFLCに注目して調べたところ,発現量が気温と似たサイクルをとる.そして過去何日間の一定閾値気温以下の差の積分により決まるというモデルを立て最尤法でパラメータ推定すると42日の記憶を持つという結果を得た.実際にこれぐらいの期間の移動平均が目で見てもスムーズでラグが少なく最も有効に見える.そして記憶の仕組みはヒストンのメチル修飾であることも突き止めた.これが細胞内のメモリーになり,FLCの発現を決めているのだ.
今後は台風や雪の影響についての補正をみていきたいし,すでに面白い遺伝子発現の季節パターンがいくつも見つかっていてそれらも調べていきたいとのこと.


ゲノミクスの進展によりいろいろな研究分野が広がっている様子がよくわかる講演だった.

ポスター発表


午後はポスター発表タイム.今年は生態分野の発表は少なかった.その中で面白かったものをいくつか紹介しよう.


ドウケツエビはどうして雄と雌なのか?:遺伝的進化では適応度最大が実現できないが可塑性は実現させる 山口幸


大変面白い発表.交尾機会が希少でかつ生涯一夫一妻制をとる生物ではオスメスの利害が一致する.この場合メスの卵生産を上げる方が有利になるので,同時雌雄同体になってメス機能に多くを振り向けるか,矮雄的な一夫一妻に進化することが予想される.しかしカイロウドウケツに寄生するドウケツエビは雌雄で大きさが同じだ.

この謎をゲーム的に解く.雌雄異体生物の制約があるとして,もし出会ったときに相手の戦略に応じて自分の戦略を変更できるなら,相手が大きいメスならば自分が小さいオスになるということが可能になるので矮雄が進化する.(これがESSにもなる)(また双方で可塑性を持っていてもゲーム理論的には同じ結論になる)しかし可塑性がなければ同じ大きさのオスメスが進化するというもの.

説得的で面白い.発表者はこの秋に海洋生物の性システムのテーマで本(「海の生き物はなぜ多様な性を示すのか―数学で解き明かす謎―:山口幸著,巌佐庸コーディネーター:共立出版:11月予定)を出す予定のようだ.共立出版の新シリーズ「共立スマートセレクション」の記念すべき第一巻ということになるらしい.今から楽しみだ.
http://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320009011



なぜ同種を避けるアリと避けないアリがいるのか? 木村大地


アリの移巣選択には種間変異があって,ムネボソアリ属やヤマヨツボシオオアリは同種コロニーやその痕跡を忌避するが,アミメアリやイエヒメアリは同種コロニーの痕跡を避けない.
これはなぜかについて,採餌戦略における,餌パッチの重要性とコロニー間競争の重要性の相対的な重みによって説明するもの.実証実験つき.この説明は説得的だ.


クロスズメバチ属の姉妹種(シダクロスズメバチ、クロ スズメバチ)2種間における社会寄生の発見とその進化背景 佐賀達矢


スズメバチの2種の姉妹種に置いて,種内寄生,および双方向的種間寄生が発見されたというもの.自然史として極めて興味深いし,執念の発見物語がついていて苦労をしのばせる.
またこれについての進化プロセス仮説が検証されていて,同種寄生するスズメバチが,一旦異所的種分化を行って,その後双方向種間寄生をするようになったと説明されていた.

しかしなぜどちらかが優勢になって他方を絶滅に追い込んでしまわないのだろう?そこは新しい謎と言うことだろうか.


ワニ類の咬合パターンは吻部形態に由来する 飯島正也


クロコダイル類とアリゲーター類の咬合の違いが吻部形態に由来する(そしておそらくさらに食性に由来する)という発表.目の付け所も渋いし,細部も面白い.

個人的にはアリゲーターとクロコダイルの見分け方が初めて腑に落ちた気分で楽しい.



3日目はこの後,総会,進化学会賞の受賞式典および受賞講演があったのだが,所用ありここで会場をあとにした.