進化学会2015 参加日誌 その6 



大会第4日 8月23日


大会第4日目は午前中が進化学会夏の学校,午後が公開講演会という日程.夏の学校は「次世代データの系統解析 New Technology」というかなり専門的なものだったのでパスして,ゆっくり会場入りして市民公開の企画展を覗き,午後の公開講演会に参加することとした.


企画モバイル展:マクロ先端的博物学の世界と創生


なんだかタイトルの意味はよくわからないが,面白そうな展示物がいろいろ並んでいて,中には標本に触れるものもあって一般参加者には受けていたようだ.


これは隕石





市民公開講演会 恐竜,昆虫,サル,コケ… 進化に挑戦する学者たち


夏休みとあって小学生の姿も見えたりしていた.いかにも一般公開講演らしく,司会の遠藤先生も張り切ってサービスに努めていたのが印象的.なおプラグラムではこの講演会の紹介文で「・・・今年はどう見ても品行方正とは思われない4名の喋り手に声をかけました.・・・」とあって,一部では話題になっていたようだ.


恐竜から鳥類へのモデルチェンジ 真鍋真


司会者から「上から読んでも真鍋真,下から読んでも真鍋真」と紹介されて登場.


まず1947年のピーボディ博物館の有名な中生代の壁画をスライドに映して,かつての恐竜の理解と現在の理解がかなり異なっていることを解説.さらに絶滅論争についても小惑星激突説でほぼ決着したことを簡単に説明.ここで現在リサーチしていることとして,パキケファロサウルスの種数問題(これまで3種とされていたのが同一種のオスメス子供ではないかという問題)について小型でも頭蓋が盛り上がっている化石もあって同一種とは考えにくいという主張を行っているという話を追加.

ここから分岐学に基づいたトカゲ,ヘビ,首長竜,ワニ,カメ,翼竜,鳥盤類恐竜,竜盤竜恐竜野位置付けを解説し,この中で白亜期末の大量絶滅をなぜ一部の分類群のみが乗り越えられたのかについて,それぞれのグループでも大型の分類群は絶滅しており,体サイズが大きく効いているという考え方を説明.

次に一昨日の発表でも使われていた後肢の翼を持つ恐竜と鳥類の系統樹を示して,アンキオルニスの復元想像図とメラノソームからの色の推定,イーチーの皮膜の翼を解説.さらにやはり一昨日の発表で用いられた体バランスのコンピュータ復元から考えた場合,鳥類になる前段階から尾の重量の低減,首の直立,膝から下のみを振る歩き方の傾向が現れているという解説を(一昨日より丁寧に)行った.

さらに始祖鳥,鳥類の起源についての学説史まで開設したところで時間切れとなった.



まさに流れるような高密度の講演だった.一般の人には恐竜ファンも多いだろうからちょうどいい感じだったのかもしれない.

質疑応答も,(講演の中ではかなり専門的な内容である)なぜ飛翔前から体バランスや歩き方が変化したのかというところに集まり,「これはあくまで特定の手法(尾骨の筋肉付着部分から筋肉量を推定する)に基づいた重量バランスの復元から出された斬新な仮説で,学者もほーっそうなのかと驚いたばかり」であり,なぜ前段階でそうなったのかは難しい問題だと答えていた.確かにきちんと淘汰要因が提示されないとなんだか遙か昔の定向進化仮説のようでちょっと納得感がない印象だ.


アゲハチョウ類の系統地理と進化史―シボリアゲハの仲間を例として― 矢後勝也


企画モバイル展で大々的に展示されているブータンシボリアゲハの話.

前半は一般向けということで,シボリアゲハというアゲハチョウの一群をちょっと紹介した後に,NHKでも「幻のチョウ発見」ということで特集された,絶滅したと考えられていたブータンシボリアゲハの再発見物語が語られる.ブータンシボリアゲハは非常に狭い地域(ヒマラヤ山脈とその南にある高い山脈の盆地)にのみ分布するチョウで,おそらくフェーンの乾燥した南風と,北からのヒマラヤ越えの冷たい風が交互に卓越するために特殊な気候になっていて固有種が生まれたのだと考えられる.

目撃情報から日本ブータン共同の探索隊を組織,ブータンは宗教的な理由でトンネルを造らないので,山また山のところを延々と険しい峠道を移動する.空港から目撃情報地まで,断崖絶壁のみとを5日間車で行って2日間登山するという激しい日程の末ようやく観察(目で見えるほど大きな卵塊を形成するという特異な性質を発見.これはタマゴバチによる寄生への適応と考えられる)と(許可されたいた5頭の)採集に成功.しかしブータンではワシントン条約対象生物の標本の国外譲渡には閣議決定が必要ということであきらめて帰国していたところ,長年にわたる日本との友好と東日本大震災を考慮されたブータンの意向で,国王が来日したときに2頭の標本を受け取ることができたそうだ.

さて科学の話はこの生物地理について.まず系統樹.シボリアゲハは,アゲハチョウと姉妹群になるウスバシロチョウに属する.そしてそれまで翼の模様の類似に基づいて推定されていた系統樹はDNA系統樹によって覆された.そしてその新しい系統樹と分岐推定年代とヒマラヤ造山運動の地史を統合した生物地理仮説を解説していた.



質疑ではタマゴバチはほかのチョウにも寄生するのにこの卵塊による防衛がブータンシボリアゲハだけにみられるのはなぜかが問われていた.よくわかってはいないが,この食草は非常に強い毒性を持ち,解毒と耐性についての共進化によるものではないかと考えていると回答していた.


マダガスカル原猿類の多様性と霊長類の起源 島泰三


マダガスカルに30年以上深く関わっている講演者によるひたすら型破りなトーク.マダガスカルの自然について簡単に説明した後,キツネザル類5グループについて写真を交えながら順番に解説していく(本を書いているだけあって特にアイアイについては動画も交えて熱弁を振るっていた)のだが,脱線の連続で聴衆をわかす.

リサーチ話としてはこの原猿類の起源の問題が最後に駆け足でトークされる.通説はアフリカからの海を越えた分散だが,周りの海流にはアフリカからマダガスカルへの渡来を説明できるような流れはなく疑わしいと思っている.そして現在ヒマラヤの下に潜り込んでいる部分を追加した拡大インド大陸の大陸移動の最新の説によると従来考えられていたより少し西寄りで,するとアフリカとマダガスカルの間の陸橋として機能したのではないかと思われるとのこと.


キツネザル以外の多くの動物群の系統樹で裏付けられないとなかなか難しい仮説のような気がする.


コケにできないコケの生き方 大石善隆


コケへの愛にあふれた講演.高校生物で教えられていたような,藻類,コケ類,種子植物類のn世代と2n世代の世代交代図を,乾燥した陸上生活への適応という観点からすっきり説明する内容.

そのほか,コケは葉から水分をとるので土壌がない場所で生息でき,さらに葉が薄いので緑が美しいのだとコケ愛を語っていた.一般向けサービス満点で楽しいトークだった.



以上で2015年の進化学会は終了だ.


今回大会が開かれた中央大学理工学部のスタッフさんは皆きびきびと動き,応対もさわやかで非常に好印象だった.事務方スタッフのみなさまにはこの場を借りて特に御礼申し上げたい.



<完>