「きらめく甲虫」

きらめく甲虫

きらめく甲虫

好蟻性昆虫やツノゼミで有名な昆虫学者丸山宗利による金属光沢を持つ甲虫の写真を集めた図鑑のような本だ.大体200種程度の甲虫写真が収録されているが,その写真のクオリティが素晴らしい.すべての深度でピントが合うように工夫された撮影方式できらめく鞘翅が細密に撮影されている.多くは実物大より大きく拡大されていてまさに本物以上の迫力だ.

というわけで本書は手元に置いておいて時々眺めて眼を細めるという楽しみ方が基本になるが,本職の昆虫学者の手になるだけあって,いくつか興味深い解説があるのもうれしい作りだ.甲虫類の鞘翅の適応についての記述(糞虫が甲虫に多いのは,べとつく糞の中から飛びたつ際に,鞘翅の下に飛ぶための後翅が格納できることが有利になるからだ)も面白いが,やはりこの金属光沢の解説が読みどころだ.
著者によると派手にきらめいていて目立つ金属光沢にはいくつかの説明が可能だ.

  • 最も明確なのは毒を持つ甲虫の警告色だ.カタゾウムシは毒ではないが,硬くて食べられないことを捕食者に対して警告しているのだろう.
  • そしてこの警告色に対する(ベイツ型)擬態の場合がある.
  • 意外にも熱帯のぎらつく太陽の下では金属光沢が逆に隠蔽色になることがある.
  • また同じく熱帯において反射率の高い金属光沢は熱吸収を抑えて過熱を防ぐという機能を持っている可能性がある.

確かにこれらの説明は(それをよく示す写真も添えられており)それぞれ説得的だ.しかし本書をじっくり眺めて200種の昆虫の模様を堪能したあとでは,とてもこれだけでは説明された気にならないというのが正直な感想だ.(直前にチョウの翅模様の本を読んだ影響もあるのかもしれない)私の感じた疑問は以下のようなところだ.

  • 警告色だとしてなぜ金属光沢なのか.ハチやテントウムシのように赤と黒,黄色と黒の縞模様で十分ではないか.というより,その地域にいる警告色昆虫の色彩パターンとミュラー型に収束しそうなものだが,なぜそうではないのだろう.
  • 近縁種で色調や模様がこれほどまでに多様なのはなぜだろう.近縁種間(場合によっては同一種内の地域個体群間)の色調の多様さはチョウ類と比べて多彩であるように見える.
  • 特にカタゾウムシ類については模様の多彩さが突出しており,他の動物群ではみられないパターンも見られるようだ.この理由についても興味深いところだ.
  • 性淘汰形質である可能性はないのだろうか.(本書では性差についてあまり記載が無く非常に残念なところだ)
  • タマムシ類が裏側まで金属光沢に覆われているのはなぜなのだろう.

というわけで本書は宝石箱のような珠玉の図鑑であると同時に,奥深い自然史の不思議さを感じさせてくれる得がたい書物であるように思う.とにもかくにも持っていて楽しい本だ.



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丸山宗利の本.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20141003http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20121023http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20061129

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