日本進化学会2016 参加日誌 その7


大会第4日


午前中には夏の学校があったのだが,次世代シークエンサーにかかるかなり専門技術的なものだったのでパスし,午後からの市民公開講座に参加した.会場はくらまえホール.

市民公開講座 「進化を表現する人々」

進化を表現する曼荼羅 長谷川政美

長谷川は分子系統学の大家.「系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史」という著書もあるが,その後系統樹のポスターの制作にも関わっている.今日は一般向けの講演ということで孫の話から.

  • 最近,孫からなぜカンガルーは草を食べるのに鋭い爪を持つのかと聞かれた.いい機会なのでいろいろ調べてごらんとヒントを出した.実は有袋類は皆鉤爪なのだ.真獣類の一部で平爪や蹄が進化している.つまり鉤爪は(カンガルーにとっていろいろ役に立っていることはあるが)適応形質というより祖先形質がそのまま保たれているものと考えた方がいい.
  • ここからドブジャンスキーの「生物学は進化の光を当てなければ何事も意味をなさない」という警句と,それを下敷きにした系統地理学の始祖ジョン・アヴァイズの「進化は系統の光を当てなければ何事も意味をなさない」という警句を紹介.
  • 次に歴史的な解説.系統樹を,ダーウィンのメモ書き,ヘッケルの樹形図と紹介し,さらに遡り,アリストテレスの自然の階梯(scara naturae)の考え方と図,リンネの分類図,ラマルクの分類(と一部の系統)図,現代の系統樹(最多の種を乗せているものとして93000種というのがある)を紹介.
  • 進化についてサルからヒトに変わるのではなく,二つの現生生物の間には共通祖先があってそこから枝分かれしているのだということを強調.(ここではダーウィンは共通祖先が現在死滅していることから,樹形というより枝珊瑚といった方がよいと言ったことを紹介している.これは知らなかった)また収斂の問題が重要であること(有胎盤類と有袋類の対比など),これを解決できるのがゲノム情報を用いた分子系統樹であることを解説.
  • ここからは現代の分子系統樹の紹介.矩形のものが伝統的だが,この図示方法は系統間の関係を表す左側のスペースが無駄なので,自分で描くときには,共通祖先を中心において渦巻き状に系統樹を示す「系統樹曼荼羅」を使っている.
  • そして長谷川の手になる系統樹曼荼羅が次々に紹介される.自分で撮った写真を使ったもの,杉浦千里による細密画を用いたもの,グールドの図譜を用いたもの,小田隆のイラストを用いたものなど.(これらは学会中にも展示されていた)
  • 最後に走鳥類について.エピオルニスの卵を紹介し,飛べない鳥が祖先形でゴンドワナ大陸分裂によって地理的に分布したというかつての説が,エピオルニスとモアの古代DNAを含む分子的な系統関係の解明によって覆り,祖先は飛べる鳥だったものから独立に何度か飛べない性質が進化したということがわかったことについて説明された.

ビジュアルたっぷりの楽しい講演だった.


大会中に展示されていた系統曼荼羅


なお長谷川,小田コンビによる系統曼荼羅はここで購入可能だ
http://kiwi-lab.shop-pro.jp

アマゾンにも出品があるようだ.


関連書籍

ヒトから分岐をさかのぼって系統樹の歴史を語っている本.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20150308

系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史 (BERET SCIENCE)

系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史 (BERET SCIENCE)



「シマウマは “縞模様を得たウマ” ではなく “均一中間色を失ったウマ” である」というお話し 近藤滋


シマウマの縞を作る微分方程式系について一般向けにわかりやすく解説した講演

動物にはよく縞模様がある.「シマウマにはなぜ縞があるのか」のは動物園でよく子供から聞かれる質問なのだそうだ.そしてそのときによく回答されるのは,「ライオンなどの捕食獣に襲われるときにめくらましになるから」ということだが,それは本当だろうか.
実際にほとんどのサバンナの動物は褐色か茶色で腹は白い.実際にライオンがシマウマを襲う動画をみてもめくらましされているようには見えない.とはいえこのような問題は調べるのがなかなか難しい.ここでは「なぜ」ではなく「どのように」縞ができるのかをお話ししよう.

ナマズには様々な模様がある.縞模様,縞の組み合わせ,小紋,豹紋など.これらをみると同じ科のナマズでも様々なこと,身体の構造には依存していないことがわかる.つまり表面上で形成されているのだ.さらによく見ると等間隔で縞や紋があることがわかる.

これは物理屋には波に見える.そしてアラン・チューリングは波模様を作る微分方程式系をすでに提示している.これは活性物質と抑制物質があり,活性物質は近隣の両物質を活性化させ,抑制物質は活性物質を抑制するが,より到達範囲が広い場合に該当する.

このことから「生物の縞模様もこの仕組みで描かれているはずだ」と考えた.しかし物理屋である自分がそう主張しても生物屋たちはなかなか信じてくれなかった.

そこでナマズの表面模様の形成状況を観察し,チューリングモデルの予想と一致するかどうかを調べてみた.すると縞の数が増える動きや紋が増える動きについてきれいにモデルの予測通りの動きが実際のナマズの皮膚の上で観察できた.

さらに細かなメカニズムを調べると,ナマズには2種類の色素細胞があり,2種は互いに反発しあうが,反発して逃げる方は遠くの相手の活性を上げるという力学系があることがわかった.それをモデル化すると実際に縞模様を描く.またこの2種の色素細胞を遺伝子操作して反応の強さを変えると,予測通りにいろいろな模様が描ける.

そして縞模様のない普通のウマやロバとシマウマを交雑させると,モデルの予測通りに縞が弱くなり,細くなり,縞の数が増えるということが観測できる.(米国には好事家が全くの道楽で数多くのウマやシマウマを交雑させている牧場があり,そこでの観察の結果だそうだ)

要するにシマウマの縞模様は,元々の中間色が,単純な遺伝子の変異により白と黒とに区画されてできたということになる.
すると「なぜシマウマには縞模様があるのか」という問題については,実は適応ではないのではないか.単純な遺伝子変異で模様が現れ,単に不都合がなかったからそのままなのかもしれない.
また同じように単純な遺伝子の変異で波が形成されなくなると斑模様になることもある.家畜によく見られるブチ模様はこれにより説明できる.


大変面白い講演だったが,最後の究極因の説明はいかにもグールドが喜びそうな適応を甘くみる浅い考察で疑問だ.
私の感想は以下の通り.

  • あれだけはっきりした縞模様が対捕食者防衛において適応度に影響がないと考えるのはナイーブすぎる.普通の動物のカウンターシェイディングは適応とされている.だとするならそれとわずかに異なる模様は適応度が低いだろう.そして明確な縞模様がほぼ完璧なカウンターシェイディングと同じ適応度だとするなら(不都合がないというのは厳密にはそういう意味にしかならない),それはカウンターシェイディングをゆるめたような適当な模様より適応度が高いという意味で非常にすばらしい効果がある適応形質と考えるべきだ.
  • 分断色については様々な議論がある.これをふまえれば(ライオンがシマウマを襲う動画を見ただけで)効果があるようには思えないなどと簡単にすませるのは誠実な態度とは思えない.
  • しかし,もし縞模様が分断色として有効なら,「なぜサバンナには縞模様の動物はシマウマだけなのか」というのは非常に興味深い謎だ.適応地形の裾野が狭いということかもしれない.ほぼ同じような縞模様を持つ集団を形成しないと効果が現れにくいという事情が効いているのかもしれない.


質疑応答
ヒトでも縞模様は生じうるか.

  • 話したようなメカニズムで縞が生まれるには2種類の色素細胞が必要.ヒトにはメラノサイトは1種類しかないので無理だろう.ただし縞模様は波さえできればいいから別のメカニズムで生じる可能性はある.ある種の皮膚病では,病変の進む波と回復が進む波によって縞模様ができることが知られている.

シマウマでもナマズのように縞模様が動くのが観察できるのか.

  • できない.シマウマの縞は胎児期に完成されて,生まれた後は不変.
生命を表現するイラストレーション 小田隆

最後は古生物イラストレーターの小田隆の講演.普段聞くことのない分野の人の話で大変面白かった.

現在学会企画「東工大驚異の部屋」でグッズ販売中.冒頭で店番の暇な時間に描いてみましたということで現在話題のシン・ゴジラの骨格想像図を映し出して会場をわかせていた.

最初は仕事の紹介
古生物の復元画,動物の絵,美術解剖学(骨格とその上の筋肉をふまえて正しい人物デッサンを描くことを画家の卵に指導する仕事),頭骨シリーズなどの作品制作(本人は「売れない絵」と表現)
それぞれどのような絵なのかがスライドに映し出される.古生物復元画としては,恐竜展用の絵,アケボノゾウ,モササウルス,丹波竜,フクイサウルスなどが見事.「売れない絵」ジャンルも頭骨シリーズや迫力あるオオカミなどが映し出された.最後に冒頭のシン・ゴジラと同じ試みとしてガチャピン(ステゴサウルスの進化形として描かれていて,運動能力との関係でどう変化しているかをオタクっぽく解説),ムック(これはさらに遊んでいて甲殻類として外骨格が描かれている),ピカチュウ(しっぽのギザギザの骨格がポイント),ズートピアのウサギなどの骨格想像復元図を映し出してサービス.


これは東工大驚異の部屋の小田さんのお店の様子


次のテーマは現在シリーズで出している系統樹ポスターのイラスト制作のお話.
最初の講演者の長谷川が系統樹曼荼羅をポスター化しているが,それを写真ではなくイラストでやったらいいのではないかという企画が実現して,それをこつこつ描いているというもの.
写真を元にイラストを起こす作業を延々と続ける根気のいる仕事だ.現在真獣類,四足動物,恐竜(鳥類含む)とでていて,今年の後半は次のテーマの霊長類を描いていくそうだ.

次は論文に添付するイラストの仕事の紹介.
アンモナイトの房室の間は非常に複雑な形をしているものもあるが,それについての論文を出すのでイラストを描いてほしいという依頼があり取り組んだというもの.化石の3Dスキャンデータから3Dモデルを3Dプリンターで打ち出し,それを元にイラストを制作する.片方で軟質部分の復元,生きているときの姿勢の推定など,研究者と協力して非常に細かな作業をしていることが紹介される.

最後に冒頭でも少し紹介された丹波竜復元プロジェクトの仕事も紹介される.化石は(日本出土恐竜化石としては非常に状態のよいものだが)ごく一部しかないのでそれ以外の部分は近縁種のデータから推測していく.ここも研究者とのコラボの様子が面白かった.


なお講演で解説されたアンモナイトの縫合線の3Dモデルはここで見ることができる.
http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/skondo/saibokogaku/ammonitePart2.html


以上で講演会は終了.進化学会の全日程も終了だ.今年は生態分野の発表が少なくて残念だったが,来年は京都で生態分野の方々も多いので期待しよう.



<完>