Language, Cognition, and Human Nature 第6論文 「項構造の獲得」 その8

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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ここまでにピンカーは所格転換と与格転換を用いて,項構造転換に見られるルールには広い制限と狭い制限があり,前者はユニバーサルな言語特性で子供は生得的に身につけているが,後者はそれぞれの言語特異的で子供は学習によって獲得していくのだということを説明した.最後に残った謎は,その獲得過程に関する問題だ.

6. なぜ子供は項構造について,間違いを犯し,そしてそのうち間違えなくなるのか.

  • この謎には最後のピースがある.
  • 私は子供が項構造を間違うのは狭いルールについてだけだと示唆した.子供は広い制限をまず間違えない.そして狭いルールについての間違いも実際には少ない.
  • ではそもそも子供はなぜ間違いを犯すのだろうか,これは学習可能性のパラドクスの1つなのだ.
  • ほとんどの子供の間違いには2つのソースがある.そしてこの2つともこれまで説明した心理学的メカニズムと整合的だ.
  • 1つ目のソースは,子供は動詞の意味を瞬間的に学習するわけではないということだ.(おそらくできないからだろう)理論によれば,大人も子供も,動詞の統語的項構造を,その語彙論的表出からリンクルールを経由して算出する.ということは,もし子供が動詞の意味論的表現について間違えたなら,それが学習が完全でなかったための遅延であっても,記憶容量の問題による一時的な間違いであっても,動詞の統語論についても間違って形成してしまうだろう.子供が動詞が多様な状況で使われるのを観察しながら動詞の意味をファインチューニングするなら,統語論は自動的に正しく形成されていくだろう.(例としてfillという動詞の意味をファインチューニングしながら獲得していく過程が解説される.子供は動詞の意味として状態変化より動作の様相に注目してしまう傾向があるので,それを修正していかなければならない.そしてその過程で様相にかかる意味論を持っていると間違った項構造に導かれる.しかしファインチューニングが進めば正しい項構造のみに収束する)
  • もう一つのソースは,なぜそんな間違いが派生するかの理論すら不要なものだ.それはそもそも間違いとは言えないものなのだ.おそらく子供は広い制限の中で時に冒険的に一般化を行ってみる.そして間違いだと知れば心的なエントリーを作らずにすぐにそれを棄却するということを行っているのだろう.これに関する証拠が2つある.
  • 1つは,子供はそれを時に破っているときでも狭い制限について理解している節があることだ.(子供がルール破りの文を発言しすぐに言い換える例,自分もそういう間違いを犯しているのに他の子供の発言を訂正する例がいくつか紹介されている)
  • さらに大人でも同じ現象が観察される.大人は,一時的によりコミュニケーションを円滑化するために,動詞に(広い制限内だが,狭い制限を超える)新しい項構造を適用することがある.しかしあとでこのような用例を見せられると,それを非文,あるいは疑問がある用例と判断するのだ.(いくつか採集例が載せられている)
  • 大人と子供な間の語彙のギャップや,会話に関する感受性の差から,一部の間違い(例:button me the rest)の方がより「子供らしい」感じを与える.しかしそれを除くと子供の間違いと大人の間違いは本質的に同じだ.
  • 文法性はあるかないかの二値的なものではない.転換可能動詞(狭い制限の内側)と不可能動詞(広い制限の外側)の間には,動詞が時にある項構造を許容し,時に許容しないようなグレーゾーンがあるのだ.


要するに,間違いには,時に間違った一般化をしてしまい,それが訂正されていくという現象と,まず試してみるという現象の両方があると言うことだろう.ある意味当たり前のようで,なぜここでこうこだわっているのかよくわからないが,おそらく発達心理学業界ではいろいろと問題になるところなのだろう.

要約

  • ここで概説した理論は簡単にまとめられる.
  • 項構造の獲得にはパラドクスがある:言語には子供が利用している一般化がある.しかしその一般化には語彙的な例外があり,子供は過剰に一般化した際に親からの訂正を期待できない.
  • 私はこのパラドクスは以下のように解決できると主張する:話者は,一般化できる動詞かできない動詞か,あるいは一部のみできる動詞かについてのある種の意味論的形態的な基準を用いている.広い一般化原則は(決して破られることはなく)項構造転換の文法的な性質からもたらされる.項構造転換は,動詞の意味を微妙に変える語彙的意味論的な規則と,意味を統語論的項構造にマッピングするリンクルールの相互作用になる.
  • リンクルールはユニバーサルで,言語獲得の中で間違えられることはない.語彙的意味論的構造,あるいは意味の表出は,文法関連要素と固有の要素からなる.前者は一般化の狭い境界を作り,子供の間違いはこの境界を越えない.子供の間違いは一時的な動詞の意味の表出の間違いか,大人も間違うような一時的な文法の創作によるのだ.


ということで第6論文は終了だ.最後はユニバーサル文法とパラメータの調整という形に収まって,なかなかエレガントな論文だと思う.