シンポジウム:先史文化進化の展望:考古学から行動実験まで その2


8月8日.シンポジウム2日目,本日はゲストスピーカの講演主体の日程になる.

文化進化とヒトの社会複雑性の生態学:人類の歴史の主要な特徴の調査についての新しいモデルと新しいデータセット トーマス・カリー

The cultural evolution and ecology of human social complexity: new models and new datasets for investigating a major feature of human history Thomas E. Currie

  • 文化進化をマクロスケールで考察することに興味を持っている.本日はパターンの把握,進化アプローチ,実証的ケーススタディ,将来の方向について話をしたい.
  • 観察されるもっともブロードなパターンは複雑性の上昇だ.
  • これまでのアプローチはまず主観的に様式を区分し,直線的な変容(バンド→トライブ→チーフドム→ステイトなど)を前提にしたものだった.私は進化的なアプローチを採りたいと考えている.特徴をよりシステマチックに捉え,伝達と変異,集団中の頻度変化に注目する.そしてアプリオリな前提を採らずに実際にどう変化したのかを実証し,予測可能な傾向があるかどうかを吟味する.
  • これを可能にするためにグローバルなデータセットを構築する努力を行っている.それがSeshatだ.(http://seshatdatabank.info
  • これにはいくつかのチェレンジがある.様々な不確実性,計測の技術的問題,直接観察できないものはプロキシーに頼ることになるが,その正当性,異なるプロキシー間の優劣の決定,サンプルバイアスの問題などだ.
  • ゴールは,システマティックなデータの収集,コード化された連続的なデータポイント,理論の生成・検証,実証された理論に基づく社会政策への応用だ.
  • ここまでに集めたのは世界中で30ポイント.400政体,1500変数,180000エントリー.どこでいつどのような状況があったかをデータセットにしている.実際のデータセットhttp://dacura.scss.tcd.ie/seshat/で見ることができる.(ここから実際のデモ)
  • それらの変数の動きを時系列で見ることができ,相関も調べられる.ここまでに調べたところとしては,政体,貨幣,インフラ,情報,文字記録,人口,支配領域,首都人口の動きのネットワーク解析がある.複雑性の増加について,いくつかの要素間に強い相関があり,全体としても弱くすべて結びついていた.複雑性の増加は1次元的であるようだ.
  • 地域ごとのグラフ,マップ上の温度表示も可能だ.(地域ごとの複雑性増加グラフ,騎馬戦争の世界地図上の温度表示などの興味深いデモがなされる)

一旦データを量的なものにしてシステム化すると様々な分析や応用が可能になることがよくわかる面白いプレゼンだった.質疑応答では地域ごとの複雑性増加グラフが注目の的だった.

考古学データから文化伝達パターンを推測できるか エンリコ・クレーマ

Can we infer patterns of cultural transmission from archaeological data? Enrico R. Crema

  • 答えを簡単にいうと「Maybe」になる.
  • 理論的にはそれは可能だ.しかし実際には様々な問題があふれ出てきてパンドラの箱状態になる.
  • まずデータについて直接観察できず間接証拠に頼っているという問題,サンプルバイアスの問題がある.
  • 文化進化理論に当てはめる際には,データ不足の問題が大きい.まずそれに由来する推定力不足の問題がある.サンプル数を増やそうとして時代区分を大きくして平均を取るという手法はよく用いられるが,それはタイプ1エラーに結びつく.
  • また,サンプルをそのままデータとして用いるというのは,それぞれのサンプルがそれぞれ独立のコピー過程の産物だと扱っていることになるが,同一工房で大量生産されているのか,個人が1つずつ別のものを作っているのかでその前提の妥当性は大きく異なる.これもタイプ1エラーに結びつく.
  • さらに時系列データを均衡理論を前提に見ると,変動を突然のインパクトと均衡への回帰として解釈することにバイアスがかかる.
  • ではどうすればいいのか.1つの手法はシミュレーションにより様々なパラメータを入れたモデルの結果の分布状況を作り,ベイズ的に(イノベーション率などの)パラメータを推測するということが考えられる.(ここで50百万回のシミュレーション結果を元にした推測過程が説明される)これは時系列的にパラメータが変化したという状況にも応用できる.
  • また残る問題もある.そもそも何が伝達されているのか,どの伝達定式化を使うかの決定,初期条件に関するデータの決定的な不足,そして何を知らないか自体について知らないという問題だ.


質疑応答ではデモされた陶器の装飾模様に関してのベイズ推定モデルへの質問に集中.この手法はすべてのバイアスを見ていないし,様式間の類似度も考慮していない.しかし様式間の類似度を考慮するには系統関係を把握する必要があるが,それは独立のソースがなければ非常に複雑になってしまう.類似バイアス,反類似(独自性)バイアスと機能の関係を考えるにはNewとRareを区別する必要があるなどの意見が交わされていた.



ここで一旦昼食休憩.ランチはウィング高輪の「天ぷらつな八」へ

累積的文化進化とマルチモード適応地形 竹澤正哲

Cumulative cultural evolution and the multimodal fitness landscape


最初に自分は社会心理学者だがなぜここにいるかというと,20年前に研究室で唯一のC++プログラマーだったので,先輩方の文化進化モデルを手伝ったことがきっかけだったと紹介がある.

  • 実験について多くのリサーチャーは仮説検証の手段と捉えているが,自分はむしろどのように複雑性が生じるのかを発見する手段として考えている.本日は技術,科学知識に関する適応地形,非信頼性の役目について話をしたい.
  • 生物学では動物にも非遺伝,社会学習で伝達される文化があることが認められている.しかしヒトの文化にだけ累積するという特徴がある.何故ヒトでのみ累積が起こるのかが私の疑問になる.
  • まず技術の文化進化を実験で観察できるかをやってみる.最初にAが作り,BCが観察,2段階目でABが作り,CDが観察,3段階目でBCが作り,DFが観察という形で伝達を行い,10世代かけてどうなるかを見る.課題はよく飛ぶ紙飛行機を作ることと,スパゲッティと粘土を作って高い塔を建てること.両方とも世代とともに性能の向上が見られた.
  • では伝達はどのような役目を果たしているのだろうか,上記のようなチェイン伝達が方6世代(7組)と,同じペアで繰り返し6回試みる(12組)のスパゲッティタワー実験をしてみた.するとどちらも性能向上が見られ,有意差はなかったが,チェイン型には構造の収斂(東京タワーのような形で,下から上に細くなり,段数を重ねて高さを目指す)が見られ,同一ペア繰り返し型には収斂が見られなかった(各ペアで構造はばらばら)
  • これはどう解釈すれば良いか.今の私の解釈は,伝達モデルでは技術的に微妙なオパークな部分を伝えることが難しく,「伝達可能な簡単な技術の組み合わせで高くする」ことに強い淘汰がかかるからだというものだ.
  • 次は科学知識の問題.これまで実験されてきたものは皆簡単な技術だった.では科学知識はどうなのだろうか.より現実的なタスクが良いので,ジャコブとモノーのラクトースオペロンの転写制御系の解明(彼等はこれでノーベル賞を受賞している)をタスクにした.被験者はまずどの実験するかを選び,その結果を見て考察レポートを書き,次世代に引き渡す.これを4世代繰り返してどこまで真実に迫れるかを見る.(なおこのタスクはかなり難しいことが強調される.簡単だと皆正解にたどり着いて面白い結果にならないからだと思われる)
  • 結果,世代とともに累積が見られたが,収斂は生じなかった.
  • なぜ技術と科学知識では収斂の有無が異なるのか.それは適応地形の違いではないかと考えている.簡単な技術の組み合わせで達成できるものの適応地形はなだらかで出発点が異なっても同じ最高点にたどり着きやすいが,科学知識の適応地形には様々な局所的で鋭い山が多く,出発点が異なると異なる山にトラップされやすいのだろう.
  • するとどのようにスタックを避けて適応地形の谷を渡るかが重要になる.ここで伝達の際の非信頼性が役割を果たすのかもしれない.一旦頭から情報を出して外部化する際には何らかの要素の欠落や変形が避けられない,これにより谷が越えられるのかもしれない.
  • そこで9つの手がかりのある強制二択問題で実験してみた.このタスクの正答率をあげるには手がかりを用いる順序が重要なファクターになる.被験者は試行錯誤の中で手がかりに重みをつけて,その大小を序列化して順番を決める.そして次世代に渡す際には,この重み情報を捨て,順序情報のみ伝えるようにする.そして同一被験者がタスクを続ける実験と,次世代に(劣化した情報を渡しながら)どんどんつないでいく実験を比較する.
  • 結果は(劣化情報)伝達モデルは世代のつなぎ目で一瞬成績が下がるが,その後リカバリーし,累積すると同一被験者モデルより最終成績が良くなることが観測できた.
  • このような非効率伝達により階段状に累積的な文化進化が生じた例としてドイツ語における冠詞の種類数の変化があるのではないかを考えている.
  • 今後も累積的文化進化,その累積の条件を明らかにしていきたいと考えている.


面白い視点からのリサーチで,大変興味深い発表だった.
なお知識の向上ストップが本当に適応地形の問題なのかは検証の必要があるだろう.あるいはヒトの心の問題(確証バイアスなど)の問題なのかもしれない.最後のドイツ語の話についていえば,冠詞の数が減ることは必ずしも言語として累積的に文化進化したことになるとは限らないと思う.より冗長的な手がかりがある方が情報伝達の頑健性は増すはずで,言語獲得の難しさとのトレードオフということではないだろうか.

文化進化モデルと歴史的データの橋渡しとしての実験室実験 アレックス・メスーディ

Lab experiments as a bridge between cultural evolution models and historical data Alex Mesoudi


文化進化についての総説書執筆で有名なメスーディ博士の登場.この「文化進化論」についての私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20160614

文化進化論:ダーウィン進化論は文化を説明できるか

文化進化論:ダーウィン進化論は文化を説明できるか



ヒトの先史時代の文化進化については様々な考古遺物があり,いろいろなモデルが提示されている.しかし考古遺物は変数を捜査して結果を見ることができないし,モデルは前提に大きく依存する.この橋渡しをするものが実験だが,1つにはタイムスケールが限定的という制限がある.またもう一つの問題として,これまでの実験では人工的な環境で進化環境とかけ離れたタスクが選ばれたりしており,動機が不自然になっているものが多いということがある.

  • ここではできるだけ過去環境を考慮した実験を示す.テーマとしてはコピーエラー,人口サイズとの関連を採り上げる.
  • 最初はコピーエラーにかかる実験.iPadの画面上で左右にハンドアックスを表示し.右のハンドアックスの大きさをピンチイン,ピンチアウトで左と同じに揃える,次に右のハンドアックスを左に動かし,右に別のハンドアックスを表示し同じ操作を行うという繰り返しタスクをやってもらう.人間の認知能力では3%程度の大きさの差は感知できない.この誤差が累積するとどうなるのかという疑問に対する実験になる.
  • 10世代の実験の結果エラーは累積しても±3.43%程度の範囲にとどまった.しかし分散は世代とともに増加した.これらは予測通りの結果だ.
  • ただし,左に現れるハンドアックスを常に大きくしておくと大きくなる方向に誤差が累積し,小さくしておくと小さくなる方向に誤差が累積する傾向があった.
  • 実際の考古物データでは百万年もの間大きさがほとんど変わっていない.これは実験結果から外挿した累積平均誤差よりも20桁以上小さい.おそらく機能的な制限が働いているのだろう.
  • 次は人口が累積文化進化に影響を与えるかという問題.これは昨日の発表にあったヘンリックのモデルを巡る様々な議論に関連する.
  • よくなされている批判は,ヘンリックは最良モデルを模倣するという前提を置いているがそれは本当かというものだ.そこで機能的なフィードバックがある模倣実験を行った.それは鏃の形を模倣し,その狩猟シミュレーションによる当該鏃の狩猟成績をフィードバックするというもの.こうすると被験者にはベストの鏃を真似る傾向が観察された.
  • これはヘンリックの議論を支持する証拠だと評価できる.
  • このほかの批判には,被験者がWEIREDだというもの,たかだか4人で数時間の実験に過ぎないというものがある.たしかにその点では現実とは異なっているが,しかしだからといって結果が異なると考えるべき理由もないだろう.
  • 限界ももちろんあるが,うまく実験を組み立てれば本当のヒトを使って変数を操作できるのだと強調しておきたい.


質疑応答では実験の詳細,コピーと機能との関係,タスクの性質(相加的なものかそうでないか)などを巡って活発なやりとりがなされていた.

コメント 松本直子

  • 現在の主流の考古学とこのシンポジウムで示されたような進化的なアプローチによる考古学の間には大きなギャップがある.欧米でもそうかもしれないが,特に日本の考古学者には,直接考古物を見ないで数理的な議論を行うリサーチャーに対してあからさまな敵意を見せる人が多いのが現実だ.これは考古学者の教育訓練システムにも原因がある.彼等は統計も数学も教わっていないし,モデルやシミュレーションとは疎遠だ.
  • しかし将来の考古学はこのような数理的な議論を避けて通れないと考えている.
  • ヒトの過去が知りたいなら,考古物は実物としては唯一の証拠だ.しかしそこから有用なデータを取り出すのは実は非常に難しい.実際の考古物は混乱したゴミの集積のようなものだ.それらは理想的な状況とはほど遠い形で発掘されるし,発見バイアスの問題も大きい.
  • しかしそのような困難を乗り越えてデータ化することで,仮説を構築することができる.(ここから北東北地域の遠賀川式土器の問題と長距離移民仮説,縄文式土器の過剰な装飾化地域・時代と人口動態を結びつける仮説などの問題が紹介される.特に後者に関しては,縄文時代の人口動態についてはごく一部の先駆的な業績があるだけという状況なのだそうだ.いずれもなかなか興味深い)
  • 実験も有用だろう.いろいろと一緒にできることがあると感じている.


具体的な応用候補を示しながらの実感のこもったいいコメントだった.

コンクルーディングリマーク 三中信宏

ちょっとお茶目にこのシンポジウムの発表者の最節約的系統樹を作ってみましたというリマーク.しっかり自分自身を外群においていたのが面白かった,


以上で文化進化のシンポジウムは終了だ.初日は少し書籍の販促的な側面も感じられるものだったが,招待講演者が活発に議論に加わり,大変充実した二日間になった.