協力する種 その17

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

第4章 ヒトの協力の社会生物学 その5

著者たちはここまで自分たちのよって立つマルチレベル淘汰モデルを解説した.ここから代替説明の説明とそれへの批判が始まる.

4.4 互恵的利他行動

著者たちはまずトリヴァースの直接互恵的利他行動のアイデアを繰り返し囚人ジレンマのフレームにおいて解説する*1
まず,トリヴァース,そしてアクセルロッドとハミルトンの仕事の要約部分があり,一回限りのゲームでは裏切りがナッシュ均衡であり,ESSでもあること,しかし繰り返し型ゲームでは相手の手の履歴に応じてどのようにプレーするかについての戦略間の争いになり,何種類かの戦略間では「しっぺ返し」などのある程度協力的な戦略がESSになり得ることなどが解説されている.


ここからゲームの繰り返し確率(ゲームが少なくとももう1ラウンド続く確率をδとする),あるいは時間要素(δは効用の時間割引率と解釈することもできる)を導入した場合についての解説がなされている.

  • 時間要素を考えたときに(すべて裏切りとしっぺ返し戦略のみを考察する場合に)しっぺ返しがESSになる条件は何か.これは囚人ジレンマのペイオフをb-c, -c, b, 0として表したときに以下となる.


このようなESS戦略(しっぺ返し)は,基本的には最終的にはその戦略の方が有利であるということであり,定義的には「利己的」ということになる.ここで著者たちは,いかにも彼等らしく至近的動機を持ち出して,この戦略の「利他性」についてコメントしている.

  • この条件式が満たされているとき,しっぺ返しは,集団がしっぺ返し戦略家のみからなる集団では,その方が有利だからそう振る舞っているのであり利他的ではない.しかし集団が裏切り戦略で構成されているときには(あるいはδがc/bより小さいときには)しっぺ返し戦略は「利他的動機」によって実行されており,それは「強い互恵性の社会的選好」である.


ここはやや意味を取りにくいが,要するに直接互恵性の説明はESS条件が満たされるときにはひとつの利己的な説明としては成り立っているが,ESSでないときにも見せる同様な行動傾向にについては,明らかに「強い互恵性の社会的選好」が含まれ.互恵性による説明は当てはまらないという趣旨なのだろう.


実際に著者たちはこの後以下の指摘を行い,最終的には2者間における相利的な協力の説明としてのみ直接互恵性を認めている.

  • このような(裏切りとしっぺ返しのみ扱うなど)分析はかなり限定的だ.その他の戦略は考慮されていないし,認知エラーも解析されていないからだ.
  • (しっぺ返しと同じく,最初には裏切らず,非協力には罰を与え,その後相手が協力に転じたら許すという特徴を持つ)しっぺ返しを打ち負かすような戦略があることが知られている.
  • 少なくとも2者間の相互作用においては.Nowakたちの一連の研究によりしっぺ返し戦略は認知エラーに関してもかなり頑健になり得ることが示されている.
  • とはいえ3者以上のプレーヤーが相互作用する場合,認知エラーのみでなく行動エラーが含まれる場合には,しっぺ返し戦略には問題が生じ,直接互恵性は大きなグループにおける協力をうまく説明できないと考えられる.
  • 動物における直接互恵性の例はごく稀だ.将来割引率の大きさもひとつの要因だと考えられる.
  • ヒトの場合には繰り返し相互作用が2者間の協力を推進することが,多くの観察,実験により示されている.(繰り返し贈与交換ゲームの例が詳しく紹介されている)
4.5 大きなグループでの互恵的利他行動

著者たちは2者間では相利的な協力の説明として直接互恵的説明を認めるが,大きなグループにおいては懐疑的だ.以下のように議論している.

  • 互恵的利他行動のモデルは2者関係を想定しているので,これが3人以上にどう拡張されるかは明らかではない.
  • 繰り返しn人公共財ゲームで,「最初は協力,次からは前回一定数以上の成員が協力すれば協力」戦略と「すべて裏切り」戦略がある場合を考えてみよう.実際に調べると,このようなセッティングで協力が保たれる条件は非常に厳しい.
  • これは,通常の公共財ゲームの設定では,誰が裏切っているかがわからず,裏切り者だけに対して罰を与えられないためだ.そして裏切っていないのに罰を与えられたプレーヤーは報復的な非協力を行いやすく,報復の連鎖を呼びやすい.
  • このような状況では,ゲームの情報構造(誰が何を知り,エラーがどのように生じるか)が非常に重要になる.情報構造には完全不完全(情報が正確かどうか)公的私的(情報を知りうるものの範囲)などが関係する.

ここから著者たちはn人のグループがN個ある集団において,繰り返し公共財ゲームを行った結果を詳細に紹介し,これは現実的なパラメータの中では4人以上のグループでの協力が非常に難しいことを示しているとしている.(このシミュレーションの詳細はなかなか面白い)


この4.4と4.5部分についての私の感想は以下の通り.

  • まず相変わらずの至近因と究極因の取り違えがあって意味がわかりにくくなっている.
  • またしっぺ返しでなくとも,最初には裏切らず,非協力には罰を与え,その後相手が協力に転じたら許すという特徴を持っていれば,それは十分協力の説明になり得るだろう.(この指摘にかかるボウルズとギンタスの趣旨はややはっきりしない)
  • 確かに繰り返し囚人ジレンマゲームのような協力の場合,2者間で,ゲームの継続確率が高い場合でないと直接互恵性による説明は難しいだろう.著者たちはヒトの協力は大きなグループ内でよく見られるもので,ここを重大な問題だと捉えているようだ.
  • しかし,ここで見過ごされているのは,繰り返し囚人ジレンマゲームの設定の不自然さではないだろうか.このような設定では,相手の意図は過去の手の選択から推測するしかない.だから3者以上であると難しくなるし,エラーも致命的な問題になりうる.しかし少なくともヒトに関してはその他のコミュニケーションから相手の意図を推測することはかなり容易だ(もちろん欺瞞や操作の問題は無視できないが).それは進化環境でもそうだっただろう.外側のコミュニケーションで互いの信頼を得られるならば,かなり大きなグループであっても互恵的な協力は容易であるのではないだろうか.
  • 公共財ゲームについての解釈も同じことだろう.実際の状況下では,外側の情報交換が可能で,誰が裏切り者かを知ることができる.裏切り者を特定できるなら彼を排除したグループにする(あるいは罰を与える)ことは可能だろう.ただしボウルズとギンタスはこの場合には間接互恵性の問題になると扱っている.そしてその議論は次節に持ち越されることになる. 

*1:ここでこの考え方は1971年に経済学者のフリードマンによっても独自に見つけられたとコメントがある.生物学者に先を越されたことが経済学者兼ゲーム理論家としてはくやしいかぎりということだろうか.