シンポジウム:先史文化進化の展望:考古学から行動実験まで その1

Symposium: Perspectives on Prehistoric Cultural Evolution: From Archaeology to Behavioral Experiment

8月7日8日に文化進化のシンポジウムが開かれたので参加してきた.会場は品川駅近くの貸し会議室施設AP品川.このシンポジウムは「歴史科学諸分野の連携・総合による文化進化学の構築」という学際研究プロジェクトの成果発表ということになる.考古学研究に定量的な手法を取り入れてより深い知見を得ようという趣旨で2014年からの4年間のプロジェクトということだ.

研究代表者で,オーガナイザーの1人井原泰雄からの挨拶を兼ねた説明によると,今回のシンポジウムは初日が,この学際研究プロジェクトの成果発表で,2日目が外部の研究者を招いての講演という内容になるとのことだ.この学際研究プログラムは考古学グループ,進化人類学グループ,系統学グループ,哲学グループからなり,それぞれ代表者が松木武彦,井原泰雄,三中信宏,中尾久になる.

なおこの初日の成果発表は勁草書房よりより詳しい内容とともに書籍として刊行されている.会場では特価販売されていたので早速1冊入手した.


文化進化の考古学

文化進化の考古学


引き続き井原からの発表.

進化考古学における数理モデルの紹介 井原泰雄

An introduction to mathematical modeling in evolutionary archaeology

  • 文化進化のリサーチは1970年代から80年代にかけて始まった.これには大きな潮流が2つある.片方は,カヴァリ=スフォルツァとフェルドマン及びボイドとリチャーソンの2冊の本に代表されるような,生物進化と似た手法を採る「現代的な」流れであり,もう一つは文化的変容を決められたコースを進んでいくものとして捉える「伝統的な」流れだ.

Cultural Transmission and Evolution: A Quantitative Approach (Monographs in Population Biology)

Cultural Transmission and Evolution: A Quantitative Approach (Monographs in Population Biology)

  • 作者: Luigi Luca Cavalli-Sforza,Marcus W. Feldman
  • 出版社/メーカー: Princeton University Press
  • 発売日: 1981/05/01
  • メディア: ペーパーバック
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Culture and the Evolutionary Process

Culture and the Evolutionary Process

  • ではこのような「現代的な」文化進化のリサーチは何を対象としているのか.1つの例は言語の多様性だ.もう1つの例が考古遺物になる.今日は後者について話をする.
  • 考古遺物をリサーチするためのモデルにはどのようなものがあるのか.集団遺伝学からヒントを得たものには大きく分けると2種類のモデルがある.中立モデルと適応モデルだ.中立モデルがスタイリッシュな特徴,適応モデルが機能的な特徴と緩く結びついている.またマクロ的には系統的な関係を知るためのモデルがある.


<中立モデル>

  • これにはニーマンによるウッドランド期(BC1000〜AD800)の陶器の装飾のデータの分析例がある.この装飾文様を26タイプに分類し,これらの頻度がどう移り変わっていくかをデータ化.そして突然変異的イノベーションとランダムコピーによるドリフトによる平衡モデルを組み立てて,それとデータが整合的かどうかを見るというもの.
  • 集団内の2個体が同じタイプである確率をFとすると,その2個体が同じ親からコピーされたものである確率と同じタイプの異なる親からコピーされた確率の和にともに突然変異しない確率をかけて得られることになる.


  • これを平衡式 Ft=Ft+1 と連立させて解くと平衡解が得られ,それは以下の式になる.


  • 次に実際の陶器について,模様のタイプ数,タイプごとの頻度,その移り変わりのデータを取る.これにより2Nμについての推定値,その時間的変動の推定ができる.ここから人口,イノベーションレート,集団間の交流などを考察できる.


<適応モデル>

  • 中立でないコピーのモデルも考えることができる.まずコピーは何らかのバイアスを持ちうる.また変異も何らかのバイアスを持ちうる.特に後者のイノベーションバイアスは生物の自然淘汰モデルとは異なる特徴になる.

このモデルを使うと文化が機能性,複雑性の点で累積していく過程を考察できる.

  • この累積モデルで有名なのは,タスマニアにおける文化退行を説明したヘンリック(2004)のモデルだ.
  • 彼は「コピーバイアスは有用性において負のバイアスを持つが,ガンベル分布する.そして次世代は前世代の最良のものをコピー元として選択する」というモデルを考察した.そうすると人口が一定の閾値を超えないと文化は有用性について時とともに劣化していくことになる.そしてタスマニアにおいて数千年前にはあった骨角器の釣り具が見られなくなるった現象をこのモデルで説明した*1
  • このリサーチは,西ユーラシアの後期旧石器時代の現代的行動の解釈にも大きな影響を与えている.特徴的な文化遺物の多様性の爆発は人口が閾値を超えたことに求めようという議論だ.そしてこの文化の革新性と人口の議論はエスのグラフィーや実験室実験につながり続けている.


非常に簡潔なモデルの説明でわかりやすかった.

遠賀川土器の楕円フーリエ解析 田村光平

Elliptic Fourier analysis of the Ongagawa pottery


2015年の進化学会の発表で聞いたリサーチのその後の進展も含めた説明(http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20150902参照)

  • 土器は毎日使われ,マイグレーション,インタラクションを示唆するものでもある.日本の考古学でもこれまで土器の形態を元に時代区分がなされてきた.この中で初期弥生時代の遠賀川式土器は稲作との関連が強いとされている.
  • これがどこで発祥し,どのように伝わったのかについては議論がある.ここでは朝鮮,山口,福岡,佐賀の土器のデータを使った分析を紹介する.
  • 形態分析には楕円フーリエ解析と主成分分析を用いる.土器の横から見た輪郭データをまず整理する.向きを揃えて座標面に置き,輪郭を一定速度で一蹴させたときのx軸とy軸上の点をx(t), y(t)とおいてフーリエ解析するもの.そしてそれを主成分分析する,
  • すると第1主成分には土器の口の開き具合と解釈できる特徴,第2主成分は左右への偏りと解釈できる特徴,第3主成分には土器の最大径の高さと解釈できる主成分が現れた.
  • 第1主成分と第2主成分,第1主成分と第3主成分で座標を組み,それぞれの土器の出土地域をプロットすると,どちらのグラフでもそれぞれの地域である程度まとまりがあり,朝鮮→北九州→山口という伝搬を支持する形になった.なお最初のグラフはややはっきりしないが,これは第2主成分が,右に傾いているか左に傾いているかに左右される特徴であり本質的なものではないからだと思われる.

2015年のデータとは地域が少し異なり主成分も一部入れ替わっているが,基本は同じ結論のようだ.なお伝搬仮説からいうとグラフ的には山口のデータは福岡より佐賀に近く,少し微妙な感じもする.
質疑応答では第2主成分の扱いについて集中していた.

前方後円墳の形態計測学 松木武彦/田村光平

Geometric morphometrics of keyhole-shaped mounds

これも同じく2015年の進化学会で少しだけ触れていた話題.今回は古墳については考古学者の松木から,計測について田村からの説明.

  • 古墳はAD250〜600に作られた有力者の墳墓であり,アングロサクソンのburried moundに似ているが規模ははるかに大きい.考古学者は当時の政治状況を推測するために古墳の形状を分析してきた,しかしアプローチや手法が個々の研究者によりばらばらで,基準には主観的なものが多い.
  • 量的な分析の先駆者は上田になる.上田は前方後円墳の基準点を4つ選び,その相対的な長さで古墳の形状を分類した.
  • しかし計測点が4つでは多くのデータが捨てられていることになる.そこで28の基準点を持つより詳細な手法を開発した.考古学者の手により個別の古墳の基準点データを確定し,大きさや向きを揃えて,主成分分析にかける.すると第1主成分は方墳の相対的な大きさ,第2主成分は方墳と円墳の近さと解釈できる特徴になった.
  • 第1主成分と第2主成分間に特に相関関係はなく,上田の分類は第1主成分でほぼ説明できる.また第1主成分には時間軸に沿ったトレンドがあり,時代とともに方墳が相対的に大きくなっていくことがわかった.
  • 今後は高さも入れた3次元データにするなどに取り組みたい.


質疑応答では,大きさもデータ化しないのか,なぜ方墳が大きくなったのか,文化進化だとしてどのようにコピーされたのか,などが議論されていた.なお墳墓としては円墳部分がコアであり,方墳はファサードになるが,なぜ大きくなったのかはわかっていないそうだ.

日本の先史時代の暴力と戦争 中尾央

Violence and warfare in Japanese prehistory

  • かつて人類の狩猟採集時代は平和な時代だと考えられていた時期もあったが,近時は実は暴力的であり,近隣部族との戦争が絶えなかったという見方が主流になってきている.ボウルズとギンタスはこれを元にして強いグループ間淘汰があったと主張しているし.ピンカーは「暴力の人類史」でデータを整理し,全死亡の中で暴力による死亡(ID)の占める割合を12〜15%と見積もっている.これについてはバイアスがかかっているという批判がなされ,論争になっている.

で,では日本ではどうなのかと思って調べてみた.

  • まず縄文時代の207サイト,2576人分の人骨を調べ,死亡原因と見られる傷のあるもの,矢じりなどが刺さっているものなど,IDを推測できるものをデータ化した.この結果は2%程度であった.これはピンカーの推測値に比べて大幅に小さい.
  • 次に同じく弥生時代の245サイト,3258人分の人骨のデータも集めた.初期の一部のサイトで極めてID率が高いもの(22〜34%)もあったが,全部あわせると3〜4%という結果になった.
  • これは,狩猟採集,初期農耕時代の恒常的な戦争状態という推測には否定的な結果だと解釈できる.
  • 古墳時代については,0.1%程度という結果になった.これは国家(state)によりもたらされた平和という推測と整合的だ.
  • 次に北九州で人口動態(埋葬された甕の数から推測)とID率の関係を調べた.この結果,人口の大きな増加と高いID率への移行が同時期に見いだされた.これは人口密度と戦争の関係があるという見方に整合的だ.
  • 今後は他要因,多地域にリサーチを広げていきたいと考えている.あわせてなぜ世界の他のデータと異なるのか,武器の進歩との関係も見ていきたい.


なかなか面白い知見だった.質疑はこの人骨のデータがバイアスされているのではないかというところに集中した.戦争の結果死亡した場合には戦場に放置されてしまうなら丁寧に埋葬されている人骨にはそれらがあまり含まれないのではないかという疑問だ.また人骨以外にも要塞跡のデータと組み合わせてみてはどうかというコメントもあった.

考古学と先史学における系統思考 三中信宏

Systematic thinking in archaeology and prehistory

  • ヒトは生まれつきの分類屋だ.(ここでパン袋のバッグクロージャー,オクルパニッドの分類学,学会,査読誌,系統樹の紹介)形態的に分類できる紋は何でも分類しようとする.
  • バシュフィード・ディーンは考古物,特に武器を形態的に分類し,それを系統樹的なダイアグラムで表した.これは厳密な意味での系統樹ではなくアイデアの変遷を時代的に表したものだ.
  • 分類と系統は異なる.また系統を示す図としてチェイン,ツリー,ネットワークも異なる.(様々な事例を挙げて説明)この中でツリーは多様性を示すツールとして有用だ.ネットワークは数理的にはより正しいモデルになるが,ヒトの認知能力では理解できないものになってしまう.


いつもの通りの三中節で楽しいトークだった.

総合討議

活発なやりとりがなされた.パターンとそれを作るプロセスの区別,検証すべき仮説の不足,遠賀川土器の地域的なパターンはどのような仮説と対立仮説についてどのような支持証拠になったのかなどが議論された.
面白かったのは,先史時代の暴力について,なぜ日本では墳墓に大規模な殉死の後が見られないのかという問題についてのやりとり.確かに中国には大規模な殉死の跡があるし,日本にも文字記録(卑弥呼など)にはあるが,考古学的に実際には見つかっておらず,なぜかはまだわかっていないのだそうだ.単に発掘のバイアスかもしれないし,文化的な背景があるのかもしれないということだ.
また戦争のデータのバイアスについてもいろいろ議論された.もし大きな国家間戦争があれば,それは稀なので,そのサイトが発見されるかどうかによって大きくデータが異なってくるだろうというコメントに,考古学者は,それは是非見つけたいと答えていた.


ここでシンポジウムの初日は終了.これは会場AP品川の10階から見た品川駅.

*1:なおこの閾値はバイアスの大きさ,ガンベル分布の幅(分散)に依存する.道具によりこれは異なりうる.これによりすべての道具が同時に消失しないことが説明できる.