Enlightenment Now その13

第6章 健康 その2


天然痘の撲滅の話のあと,ピンカーはその他の感染症についても語っている.

  • 天然痘以外に4つの悲惨な感染症グループが世界から根絶されようとしている.
  • ポリオ:ポリオ撲滅イニシアティブはそのゴールに近づいている.2016年の感染数は世界中でアフガニスタンパキスタン,ナイジェリアの3カ国37例となっている.(2017年の数字も発表されている.アフガニスタンパキスタンの2カ国22例だ)
  • メジナ虫症:(恐ろしい症例の説明のあと)30年にわたるキャンペーン,教育,水道衛生の推進により1986年には21カ国3.5百万症例だったものが,2016年には3カ国25症例になっている.
  • 象皮病,河川盲目症,トラコーマは2030年頃根絶できることが期待されている.
  • はしか,風疹,フランペジア,アフリカ睡眠病,鉤虫症の根絶も疫学者の視界の中に入りつつある.


と,ピンカーは書いているが,はしかについては,日本でも2013年に一旦根絶を宣言したものの,副作用の過剰報道に端を発する反ワクチン感情などが背景にあるのかワクチン接種率が十分に高くなく,なお海外からの感染による流行が繰り返し見られている.アメリカでも2011年に根絶宣言が出されたが,その後外国から持ち込まれ,やはり反ワクチン運動により政治的に強制接種が困難になってきてワクチン接種率が低下し,これによりまた流行が見られるようだ.日本では風疹も似たような状況だ.まことに忘恩は罪深い.

  • 根絶できていなくとも感染症は大幅に減少している.2000年から2015年にかけて,マラリアによる死者は60%減少した.WTOは2030年までにさらに90%減少させる目標を立てている.ゲイツ財団はマラリア根絶をその目標の一つにしている.
  • 1990年代におけるアフリカでのAIDS禍は,その後生存余命を増加させることができており,国連は次の10年ではさらに子供の死亡率を半分に抑え,2030年までに(ウィルスの根絶はできなくとも)新規感染をゼロにする目標を立てている.
  • さらに野心的な計画としてはディーン・ジャミソンとローレンス・サマーズによる2035年までの「グローバルヘルスのついての偉大なコンバージェンス」に向けたロードマップがある.これは感染,母親,子供の死亡率を世界中で現在のミドルインカム諸国レベルにまで下げようというものだ.

(ここで2000年から2013年までの病気別の5歳以下の子供の死亡率の推移グラフが示されている.はしか,マラリア,下痢,肺炎による死亡率は着実に低下している.AIDSについては2007年頃まで横這いだが,そこから少し低下傾向が見られる)

  • そしてヨーロッパやアメリカでの達成に劣らず印象的なのは,現在進行中の発展途上国に見られる進歩だ.この説明の一部は経済的な成功だ.豊かな世界はより健康的な世界なのだ.別の一部は同情の輪の拡大だ.ゲイツ財団のような活動もあるし,ブッシュ大統領のアフリカのAIDS援助資金支出決定は政敵にも支持されている.
  • しかし最大の貢献は科学にある.ディーコンによると「鍵は知識」なのだ.「所得は大切だが,それはウェルビーイングの究極的な要因ではない.」
  • 科学の果実はなにもハイテク薬品だけではない.重要なのはアイデアだ.安価で実行可能で後付けで考えれば当たり前のアイデアが何百万人もの命を救うことができるのだ.例えば「水を沸かしてから飲む」「手を洗う」「妊婦にヨウ素サプリメントを投与する」「道路や畑でなくトイレで排便する」「蚊帳を吊す」などだ.
  • 逆に言えば,進歩は「悪いアイデア」によって逆転させられる.例えば陰謀論だ.タリバンやボコハラムは「ワクチンはムスリムの少女を不妊化させる」と主張し,裕福なアメリカの活動家は「ワクチンは自閉症を誘発する」と主張する.


ピンカーはこの章の最後に,現在の貧しい国の住民にとっては「知識は私たちをより良い状態に導くことができる」という啓蒙運動のコアはまさに天啓にあたるだろうと書いている.単純なアイデアが何百万人もの命を救えるということは,単純な間違ったアイデアは何百万人の命を奪うことができるというピンカーの指摘は重い.忘恩は本当に罪深いのだ.