Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress
- 作者: Steven Pinker
- 出版社/メーカー: Viking
- 発売日: 2018/02/13
- メディア: Kindle版
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第6章 健康 その1
寿命に続いては健康だ.ピンカーは様々な伝染病の大幅な減少を取り扱う.
- 人類の歴史のほとんどにおいて最大の死の要因は感染症だった.それは我々の身体を栄養源とする繁殖力の高い小さな生物のたちのたちの悪い進化形質だ.(ここでピンカーは感染症の引き起こす厄災の例として,19世紀の黄熱病の悲劇を詳しく解説している.)
- 創造力にあふれたホモ・サピエンスは,しかし長い間感染症に対して,祈り,犠牲,瀉血,毒性金属投与,ホメオパシーを持って対抗するだけだった.そして18世紀にワクチンが開発され,19世紀には感染症は微生物により引き起こされることが理解され,ついに流れが変わったのだ.手洗いの推奨,蚊のコントロール,上水道などの衛生対策は何十億人もの命を救った.
- 「忘恩」は(7つの大罪には含まれそこなったが)ダンテによると9番目の大罪だ.そしてそれはまさに1960年以降のインテリが感染症のコントロールに対して見せる姿勢そのものだ.
- それは最初からそうだったわけではない.私が少年だったころは子供向けの読み物のポピュラーなジャンルにはジェンナー,パスツール,フレミングたち医療パイオニアの伝記が含まれていた.1955年にポリオワクチンの安全性が科学者たちによって宣言されたときには,街中が祝福に包まれ,その日は休日になった.ニューヨーク市はワクチン開発者ジョナス・ソークの栄誉をたたえて街頭パレードを挙行したのだ.
- しかし今カール・ラントシュタイナーのことを知っている人はどれくらいいるだろうか.彼は血液型を解明し,十億人の命を救ったのだが.
ここでピンカーは,あまり世の中には知られていない数千万人以上の命を救った科学者のリストを示している.シュタイナーをあわせて14人.恥ずかしながら私にとってその中で聞いたことがある名前はたった1人だった.確かに日本でも昭和の時代には子供向けに野口英世や志賀潔に並んでジェンナー,パスツール,フレミングの物語が読まれていたように思う.それがなぜか流行らなくなってしまっているのだ.
- リサーチャーによると,わずか数百人の科学者によって50億人以上の命が救われている計算になるそうだ.もちろん英雄物語は科学の真実とはやや異なっている.科学者は巨人の肩に乗り,チームを組み,細かい仕事を積み上げ,世界中のアイデアを統合する.しかしそれが科学者であれ,科学そのものであれ,人生をより良きものにした発見を無視するのは告発されるに値する.
- かつて過去形について1冊の本を書いたことのある心理言語学者として,英語の歴史の中での私の最も好きな過去形の例をあげておこう:それはウィキペディアのあるエントリーの最初の部分だ
- そう,「Smallpox was」だ.20世紀だけで3億人の命を奪ったこの痛ましい病気はもはや存在しない.このめざましいモラルの勝利に対して私たちは誰よりも1796年に種痘を開発したジェンナーに,そして1959年に撲滅をゴールに定めたWTOに,そして実際のワクチネーション戦略を練ったウィリアム・フォージに感謝することができる.
- チャールズ・ケニーによる推定では,この撲滅作戦にかかったコストは312百万ドル.感染国の国民1人あたり32セントに過ぎない.それは,ハリウッドの最近の5つの映画制作費やB2爆撃機の翼よりも安く,ボストンのビッグディグと呼ばれる道路整備計画費用のわずか1/10なのだ.
確かに天然痘は実に悲惨な伝染病だ.日本でも昭和40年代ぐらいまでには皆小学校で種痘を受けていた.これは上腕部に痘苗を塗った後,メスで十字の切れ込みを4カ所つけるもの(瘢痕は生涯残る)で,今考えるとなかなかのやり方だ.当時も副作用による事故に対する補償を求める運動はあったようだが,種痘自体への反対論はそれほど大きくなかったようだ.現代の反ワクチン運動家がどのように反応するかを考えると天然痘を1970年代に撲滅できていて本当によかったというところだろう.