Virtue Signaling その6


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

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第4エッセイ 道徳的徳の性淘汰 その2

 
ミラーの道徳性淘汰論文,序論を終了していよいよ本論に向かう.
 

Sexual Selection for Moral Virtues. Quarterly Review of Biology, 82(2), 97-125 (2007)

 

コストリーシグナル理論,適応度指標,道徳的徳

 

  • コストリーシグナル理論は多くの伝統的アカデミアの分野にルートを持っている.その中には道徳と関連するものもある.ニーチェの「道徳の系譜(On the Genealogy of Morals)」には,異教の徳は健康や権力の魅力的なシグナルだという主張がある.ヴェブレンの「有閑階級の理論」には,顕示的消費や顕示的なチャリティは富と社会的地位についてのフェイクしにくいシグナルだという主張がある.そして生物学者のザハヴィは1975年の独創的な論文で多くの動物の向社会的行動はフェイクしにくい適応度指標だと論じた.

 

道徳の系譜 (岩波文庫)

道徳の系譜 (岩波文庫)

有閑階級の理論―制度の進化に関する経済学的研究 (ちくま学芸文庫)

有閑階級の理論―制度の進化に関する経済学的研究 (ちくま学芸文庫)

The Theory of the Leisure Class (Oxford World's Classics)

The Theory of the Leisure Class (Oxford World's Classics)

 

  • 1990年代からコストリーシグナル理論は性淘汰とヒトの利他性についての研究に革命的な影響を与えるようになった.多くの動物の信号は同種他個体に自分の優秀性を示すために用いられる.しかし発信者は(自分は本来より優秀だと)嘘をつくインセンティブを持つ.(もし嘘がまかり通れば受信者は信号を信用せず,信号システム自体が崩壊せざるを得ない) コストリーシグナル理論はこの問題の解決を提供するのだ:もし信号が本当に質の高い個体しか耐えられないようなコスト高なものであれば,それは進化的に信頼できるものになる.
  • コストは適応度的にどのようなものでも良い.多くの性的装飾は精妙で派手だ.これは発信者に非常に高いコストを課し,だから適応度指標として信頼できるのだ.(クジャクの羽の例が解説されている)

 

  • 本論文は多くのヒトの道徳的徳がコストのある性淘汰シグナルとして進化したと主張するものだ.この仮説の実証的検証はここ数年の進化心理学や進化人類学で最もアクティブな活動の1つになっている.かつて血縁淘汰や互恵性利他の産物と考えられていた多くの向社会的行動傾向が,社会淘汰や性淘汰のコストのあるシグナルではないかと考えられるようになっている.
  • その1つの例はリスクのある大型動物の狩猟行動だ.かつてこれは家族や子どもなどの血縁者を養うのに有利であるからだとされていた.しかし最近のリサーチでは,大型の獲物の肉を部族民に分け与えるハンターはより多くの望ましい女性を魅了することがわかってきている.これは意識的な動機ではないかもしれないし,因果関係もはっきりしないが,しかし肉の分配行動の少なくとも一部は性淘汰産物である可能性を示唆している.
  • 同様にその他の道徳的徳についての配偶選好もコストのあるシグナルで説明できるのかもしれない.恋人募集広告の「やさしくて正直な男性を望む」という文言は進化的には「コストのある利他的行動を行えるほど健康でパーソナリティ障害や遺伝的欠陥が少ない男性を望む」と読み替えられるのかもしれない.もちろんこの広告自体はコストのあるシグナルの証拠にはならないが,広告はコストのあるシグナルとして機能しうる道徳的徳を指し示しているのかもしれない.

 

良い遺伝子,良い親,良いパートナー

 

  • 性淘汰を受けるコストのあるシグナルは通常2つのクラスを広告している.1つは良い遺伝子でもう1つは良い親(子育て投資)だ.異なる道徳的徳はそれぞれこのどちらかを広告しているのかもしれない.そしてさらに長期的に良いパートナーである資質を,つまり信頼でき,気立てが良く,共同作業を効率的に行えるということを広告しているのかもしれない.
  • 良い遺伝子広告は突然変異負荷が小さいことを示す.道徳的徳は遺伝的負荷が高いとうまくディスプレイできないこと,つまり洗練され,共感的で,社会知性を持ち,複雑な心の理論を扱えることを印象的に行えるという形で機能するのかもしれない.これらは様々な精神障害があるとうまく行えない.そして広告が機能するにはこの特徴について遺伝性があり,集団内に遺伝的分散があり,別の適応度形質と相関している必要がある.
  • これに対して良い親広告は子育てに役立つ表現型を広告する.だから共感性パーソナリティは良い親広告としても機能するのかもしれない.良い親広告の場合はその特徴に遺伝性,遺伝分散,別の適応度形質との相関がある必要はない.
  • 良いパートナー広告は効率的な共同作業を通じた相互利益があることを広告する.この関係は複雑なペイオフコンフリクトのある繰り返しゲームとしてゲーム理論的に分析できる.いくつかの道徳的徳は自らのペイオフを改善しリスクを下げるためのシグナルと解釈できる.例えば相互協力戦略をとるというシグナルがそれに該当する.共感や同情の能力は「私はパートナーのペイオフも自分のペイオフとしてカウントしますよ」というシグナルになるかもしれない.ロマンティックコミットメントへの選好は協力関係を保つことを望むシグナルになるかもしれない.ただしこの場合シグナルの将来的な信頼性は常に問題になる.

 
この部分はシグナルが何を広告しているかの分析になる.性淘汰が効くためには特徴に遺伝性がなければならないが,遺伝性がない特徴も広告して有利になるなら当然広告することになる.ハンディキャップ原理は広告全般に適用されるのでどちらの広告にも当てはまる.ただし最後のゲームのペイオフの広告というのは実は発信者の「質」とはちょっと異なる問題になるので,うまくハンディキャップが設定できない場合が多いだろう.それでこういう留保がついているのだと思われる.
 

  • 遺伝子,親,パートナーを問わずこのような配偶選好は,血縁淘汰や互恵性などのその他の社会選好から起源したのかもしれない.例えば(互恵性にかかる)だまし検知としての適応は配偶選好において拡張されるだろう.
  • もちろん機能を持たない副産物的起源であったり,感覚バイアス起源である可能性は排除できない.しかし配偶選好の適応度的重要性を考えるとそのような非適応的な選好は素速く排除されるか,適応的なものに変容していくだろう.

 
このあたりは当時の性淘汰の理論的論争に絡むところだ.ミラーは割とあっさり流している.