From Darwin to Derrida その36

 

第5章 しなやかなロボットとぎこちない遺伝子 その1

 
ヘイグによる本書は,遺伝子概念を深掘りした第4章に続いて第5章に入り,現在の生物の中のアクターとしての遺伝子,そして物質としての遺伝子を考察することになる.
 
冒頭にはドーキンスの「利己的な遺伝子」からの引用がおかれている.

  • 今や遺伝子は大規模なコロニーを形成している.このコロニーは巨大でぎこちないロボットの内部にあって外部世界から隔離されている.遺伝子コロニーは曲がりくねった間接的なルートでロボットとコミュニケートし,リモートコントロールでそれを操る

利己的な遺伝子 40周年記念版

利己的な遺伝子 40周年記念版

 

  • このドーキンスの有名なフレーズは,しばしば「生物個体は遺伝子の操り人形だ」という意味に解釈される.しかしドーキンスは同時に遺伝子の自律性もそぎ落としている.遺伝子はリモートで外部から隔離され,コミュニケーションは曲がりくねって間接的だ.
  • 選択について遺伝子が決定権を握っているのか,コントロールは遺伝子が作ったロボットの構造に依存するのか,ロボットはいつ遺伝子に相談するか選べるのか,遺伝子は傍観者の立場を好んでいるのか?

 
このドーキンスの「利己的な遺伝子」についての「この本は『生物個体は遺伝子の操り人形に過ぎない』ということを主張している」という解釈は,多くの読者が陥りがちなもので,実際日本での最初の訳書も「生物=生存機械論」というひどいものにされていた.ドイツ語への訳書の初版の表紙にはまさに操り人形がデザインされていて,ドーキンス自身がそのことについて愚痴っているのをどこかで読んだことがある.ここからヘイグは実はメッセージはそれほど短絡的ではないのだということを示していくことになる.
 


  

  • 私たちは自分たちがやりたくないことや単独ではできないことをやらせるためにロボットを作る.意思決定において一部の選択権は人間に残すが,多くはロボットに判断させる.それは火星探索ロボットをどうデザインすべきかを想像すればよくわかる.
  • ロボットの自律性は連続的だと考えることができる.スペクトラムの端ではすべての判断は人間が行う.別の端ではすべてロボットが判断する.この連続体の中でドーキンスのしなやかなロボットはどこに位置するのだろうか.
  • ぎこちない(lumbering)という用語には不器用さの含意がある.しかし一部のロボットの動きは繊細で正確だ.ロボットデザインの目的は(ぎこちなさではなく)しなやかさと柔軟性を生みだすこことであり,それは自然淘汰の複雑な世界で機能的に作用する「デザイン」にも当てはまる.
  • 単純な自動機械(遺伝子とタンパク質)は複雑なネットワークで相互作用してより高いレベルの自動機械(細胞,器官,個体)の階層を創り出す.単純な自動機械は限られた状態しか取れないが,大きなシステムを構成する単純な自動機械の数が増えるにつれ,組合せ爆発してシステムの取れる状態は増える.その結果高いレベルの自動機械は(低いレベルのそれより)より柔軟な行動を取れ,より洗練された環境についての情報を持つ.遺伝子はそれが作るロボットより機転がきかない.

 
このあたりはロボットを基礎ブロックから積み上げて作る場合に生じる工学的な原理ということになるだろう.基礎ブロックの取れる状態は限られているが,それを組み合わせていくと取れる状態は爆発的に増える.そして動きは高次階層になるほどなめらかにすることができるわけだ.
尚ドーキンス自身はこのロボットのメタファーを火星探査ロボットよりもずっとSF的なアンドロメダ星人がロボットを用いて地球に介入しようとすればどう考えるかという形で提示している.