From Darwin to Derrida その46

 
ヘイグは第5章で遺伝子がどのように個体の行動決定に関わっているかについて論じ,特に個体内の遺伝子間にコンフリクトがある場合について考察した.第6章ではこの議論を進めて,個体内で生じる(自覚があるタイプの)意思決定についてのコンフリクトが扱われる.
 

第6章 個体内コンフリクト その1

 
冒頭ではウィリアム・ジェイムズの著書「心理学原則」が引用される.ジェイムズは19世紀末から20世紀初頭ににアメリカで活躍した心理学者になる.
 

The Principles of Psychology (Vol. 1&2) (English Edition)

The Principles of Psychology (Vol. 1&2) (English Edition)

 

  • ウィリアム・ジェイムズはその著書「心理学原則」の中で,5つのタイプの意思決定を議論している.
  • そのほとんどのタイプは特に努力が要らない決定だが,最後のタイプは異なる.(本からのかなり長い印用がなされている.そのタイプの決定においては証拠は出そろっていて,それを吟味して決定するのだが,その瞬間に決定者は自分が負けているように感じる,そしてその行為には内向的な努力が必要だという記述になっている)
  • いろいろな決定タイプについて考察したあとでジェイムズは「直感的で習慣的な選択肢よりも非通常的で理想的な選択肢を選ぼうとするときは・・・・努力は意思を込み入らせる」と結論づけている.

 
ちょっと蘊蓄を披露した後で,ヘイグはこう続けている.
 

  • 感情と理性,利己と利他,今すぐの喜びと長期的目標の追求の間にあるコンフリクトについては,宗教的,文学的,精神分析的なテキストが豊富にある.私たちは皆,電話をかけたいと同時にかけたくない,あるいは誘惑と良心みたいなジレンマについておなじみだ.
  • しかし,なぜ私たちの主観的経験がこのように組織化されているのかについて進化生物学はこれまで良い説明を与えられなかった.私たちが包括適応度最大化に向けてデザインされているとするなら,自分自身の中に戦争があるというのは,パラドクスになる.
  • なぜ私たちは意思決定に困難を覚えるのだろうか.適応度最大化コンピューターなら単純に期待値を計算して最大期待値を得るように決定するだろう.なぜある種の決定は別種の決定より困難なのか.努力という主観的経験は問題の計算困難性に過ぎないのか,それ以上のものなのか.

 
このパラドクスに対するよくある進化心理学的な説明は「自然淘汰は様々な目的別にモジュールを作る形で脳を作った.コンフリクトはこのモジュール間の相克だ.(そのような相克がない形で脳を組織化するような方向に自然淘汰は働かなかった)」というものになる.この説明の中には個体内の遺伝子間のコンフリクトは含まれていない.
ヘイグは本章でこの進化心理学的な説明を出発点に自然淘汰が何故そう働かなかったのか,そして個体内コンフリクトがある場合にはどうなるかを議論していく.
 

  • ジェイムズにとってこの問題は「意思決定における努力の存在についての解釈は,精神的因果関係,宇宙の目的,自由意思の存在などの重大な問題にとって重要だ」ということだった.私の本章における目的はそのような重大な問題やなぜどのように主観的経験があるのかという問題に取り組むことではなく,この非生物学者が感じている「内面のコンフリクトの普遍性」と進化生物学者の持つ「心は自然淘汰による適応産物だ」という見方をどのように調和させるかというものだ.内部コンフリクトはしばしば(時間やエネルギーの無駄で)非適応的だと見做される.もしそうだとするならなぜそれはこんなに普遍的なのだろうか.

 
一旦持ち出したジェイムズにご退場願ってから進化生物学的な議論が始まるということになる.