「嫌悪の進化と社会の問題」 コンシリエンス学会第2回研究会

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標記の第2回研究会がオンラインで開かれたので参加してきた.発表者は進化生態学者の深野祐也.テーマは「嫌悪の進化と社会の問題:虫嫌いから差別まで」となる.この虫嫌いの進化心理学リサーチはプレスリリースが一時話題になったもので,あらためて研究者から直々にきちんと聞けるのはうれしいところだ.
 
www.a.u-tokyo.ac.jp
 

嫌悪の進化と社会の問題 深野祐也

 
冒頭に自己紹介.福岡県出身で,東京農工大農学部から九州大の理学部の院に進み,現在東京大学大学院農学生命科学研究科生態調和農学機構に所属.専門は生態学,進化生態学で外来種の急速な進化や生態学を農業に応用するような研究を主としているとのこと.ヒトについては動物園や動物のアニメ*1が保全にどう役立ちうるかなどを調べた.その際にヒトにはさまざまな動植物への好みがあることがわかり,それがなぜなのかに興味を持ち,今回の虫嫌いの研究につながったとのこと.
 

はじめに
  • 本日は嫌悪の進化心理学,嫌悪と虫嫌い,嫌悪と偏見・虐殺の3つのテーマを話したい.
  • 後半の話は進化心理学の応用のような話になるが,事実から価値は導けないことははっきり言っておきたい.しかし外側で社会のコンセンサスがある目標があるなら,それに向かって何ができるかのアイデアを示すことができるということだ.ここに明確なルールがあるのかについては個人的にも知りたいところだ.ナッジとゲッペルスの違いは何なのかということは気になる.
  • 進化適応の話はある意味分かりやすすぎるので,一般向けに話すときには慎重になるべきだが,本日はこのような場なので,ストレートに話すこととしたい.

 

嫌悪の進化心理学

 

  • 私たちの基本的感情は.驚き,恐怖,嫌悪,怒り,喜び,悲しみに大きくわけられるとされている.そしてこれらを感じるときの表情が文化に依存しないユニバーサルなものであることがわかっている.これらは生得的なものであり,それぞれに機能があると考えられる.本日はこの中で不快な感情である嫌悪と恐怖を扱う.
  • 恐怖は捕食獣の接近など身体的なリスクへの対処という機能があるとされる.これを引き起こすキューは,大型獣,怒っている顔,暗闇,蛇などだ.恐怖を感じると生理的に逃走や闘争への準備の状態になる.
  • 嫌悪は日常語でいう「キモイ」という感情だ.そしてこれは感染症への対処という機能があるとされる.嫌悪は感染症リスクのある行動を避けることにつながる.これは行動免疫とも呼ばれる.これを引き起こすキューは死体,体液,腐敗した食物など病原体と関連するものだ.
  • そして嫌悪の感受性は感染リスクにより変わることが知られている.たとえば女性の場合,妊娠初期や排卵期には嫌悪を感じやすくなる.免疫抑制剤を使用中にも感じやすくなるという報告がある.また感受性はそのリスクある行動のメリットによっても変わる.非常におなかが空いているときには食物への嫌悪感は減る.
  • これらを測定したリサーチがある.エクアドルの3つのコミュニティの調査で免疫マーカーと嫌悪感を調べたところ,免疫の強さと嫌悪感の感受性には負の相関があった.
  • 何が嫌悪の対象になるかは,生得的な要素だけでなく,学習の要素もある.学習は個人の学習だけでなく周りの影響を受ける.また嫌悪対象に触れたものも嫌悪対象となる.これは伝染の法則として知られ,病原体が目に見えずに接触で移りうることを考えると機能的な説明と整合的だ.
  • また嫌悪の機能は感染症対処だけでなく,非適応的性行動(血縁者との性交など)の抑制,非道徳的な行動の抑制にもあると考えられている.

 

嫌悪と虫嫌い

 

  • なぜ現代社会では虫嫌いが増えているのだろうか.
  • 虫嫌いは基本的に恐怖ではなく嫌悪だと考えられる.ネズミ,クモ,ゴキブリ,ウジ,カタツムリ,ナメクジ嫌いと昆虫嫌いは相関し,サメやライオンへの恐怖と昆虫嫌いは相関していない.また感染症抑制機能との整合性も,ハエ,ウジ,ゴキブリは病原体を運びうるし,ムカデやナメクジは暗くて多湿な環境でよく見られ,これも感染症と相関すると考えられる.また昆虫嫌いには伝染の法則も当てはまる.
  • しかし現代社会の虫嫌いはバッタやカマキリなどの感染症と関連しない昆虫も含まれている.これをどう考えるかがポイントになる.1つのヒントは都市化によって虫が減っているということだが,それは哺乳類や鳥でも同じだ.
  • ここで2つのルートで現代の虫嫌いが生じているという仮説を立てた.1つ目のルートは都市に適応した虫が家の中に侵入し,室内で虫を見ることが感染リスクキューとして作用するというもの,2つ目のルートは自然に触れることが少なくなり虫の知識が下がり,エラーマネジメントセオリーにいうリスク側への認知の偏りとあわせて,すべての虫を感染リスクキューに認知するようになったというものだ.
  • これを検証するために,都会で室内で虫に多く出会っているか,室内で出会った虫を嫌うか,都会で虫の知識が下がっているか*2,知識の低い人ほど虫嫌いかをオンラインアンケートで調べた.結果は4つとも仮説通りだった.このことからこの2つのルートで現代の虫嫌いが生じていると考えられる.

 

  • 次はこれを緩和するにはどうしたらいいかということになるが,ここでそもそも緩和すべきかということについて考えてみよう.事実から価値は導けないので,社会として虫嫌いを減らしたほうがいいかを考えておくべきことになる.私は生物多様性の維持にとって昆虫の多様性は重要で,現状は保全努力の小さい割合しか昆虫に割かれていないことから,この割合をあげるほうが望ましいと考えている.そのためには虫嫌いは緩和したほうがいいということになる.またもう1つ,虫嫌いは昆虫恐怖症に結びつき,これは当人にとってもデメリットであり,緩和が望ましいということがある.
  • 緩和のためにはいくつかのアイデアがある.1つは虫と嫌悪キューとの分離だ.室内,皮膚,食べ物の上の虫を減らすといいだろう.また屋外で虫と積極的に出会わせるという方法もいい.そして虫の知識を増やすことも重要だ.また嫌悪は社会的学習が効いているので,子供に親や周囲の人が虫への嫌悪感を出さないことも有効だろう.今後実験的に調べていきたいと思っている.

 

嫌悪と偏見・虐殺

 

偏見の進化心理学

 

  • 偏見とは何か.特定の集団への固定的な見方とされることが多い.ダキット(1992)では偏見を理解するための適切な一般理論や統合的フレームワークは存在しないと書かれている.しかしその後に出たパークの応用進化心理学の論文(2012)では,より根本的な疑問に答えるためには新しい足場が必要であり,進化心理学はそれを提供すると書かれている.進化心理学はこのような問題を体系的に理解し,検証可能な予測を立てることができるということだ.

 

 

  • 偏見を進化的な由来から分類してみると,身体的な暴力が引き起こす恐怖からの偏見と,感染症に関連する嫌悪が引き起こす偏見がある.メキシコ系についての偏見は前者で,ゲイについての偏見は後者だとするリサーチがある.

 

  • 恐怖からの偏見
  • 進化環境では外集団メンバーからの攻撃リスクが高かっただろう.外集団に対してはこの偏見が引き起こされやすい.人種をキーにして検証したリサーチ*3がある.
  • 身体的な安全についてのリスクがこの偏見の起こりやすさに影響する.暗闇について調べたリサーチがある.

 

  • 嫌悪からの偏見
  • 外集団だけでなく集団内のメンバーにも働く.感染リスクは内部メンバーからのものもあるからだと説明できる.
  • 関連キューを避ける反応があり,それはすべて避けようとする.これが異なる見た目の人への偏見を生む.写真を加工して不自然にした刺激,老人(見た目が感染症に近い,免疫が弱くて感染リスクが高いことから説明できる)*4,肥満(本来感染症とは関連ないが,普通と異なる見た目をすべて避ける効果と考えられる)について嫌悪が生じやすいことを調べたリサーチがある.

 

  • より深刻な問題:外集団への嫌悪からの偏見
  • 外集団への偏見に感染症嫌悪がかかわっている証拠は数多くある.たとえば感染症リスクの高い妊娠初期には内集団を好む外集団への偏見が高まる.感染症映像を見せられると知らない外国人への投資意欲が下がる.などの知見が報告されている.
  • なぜか.仮説1:外集団が感染症を持ち込むから.仮説2:外集団は感染症対策として不適当な文化規範を持ち込むから.
  • この2つのどちらかが効いているかを調べたリサーチがいくつかある.移民へ嫌悪は接触程度よりも文化的同化程度の方が相関するというもの,アンケート調査によると感染症ストレスと集団間障壁意識の相関はあまりなく,文化規範的伝統主義との相関の方が強いというものがある.これらは外集団嫌悪は文化規範の持ち込みが関連しているということを示唆している.

 

  • また別のリサーチで経済的脅威は嫌悪からの偏見ではなく怒りからの偏見を生み出すことが示唆されている.

 

  • これらのリサーチは実験的な感染症キューで外集団嫌悪が高まることを示唆している.
  • 目下の新型コロナの流行は外集団嫌悪に波及するのかというのは気になるところになる.
  • これに関連して最近ちょっと驚いたのは,進化心理学者のグループが今回の新型コロナに対して提言を行っていて,そこには一般市民の感染予防対応を改善させるためには感染症キューを示すのが有効だ(それにより嫌悪感のシステムが活性化されガイドライン遵守しやすくなる)としていることだ.(もちろん彼らはこの方法の欠点として道徳的な感情に悪影響を与える可能性があることを指摘しているが)偏見をあおりかねない部分もあって大丈夫かなという気がしている.

www.pnas.org

  • おそらく現在のコロナ禍の状況で,人々は感染症リスクに敏感になっているはずだ.これに関連して感染脆弱意識と外集団(中国人)への嫌悪感の関連を比較したリサーチがある.コロナ禍初期のアメリカでのアンケート調査によると感染を心配する人ほど中国人への嫌悪感が強かった.コロナ禍前と比較しているわけではないのが残念だが,示唆的だ.

 

最も残酷な嫌悪の役割:虐殺の促進

 

  • 虐殺は嫌悪と関連していることが示されている.これに機能があると考える人もいる.ピンカーが報復を避けるために皆殺しが有効だったのではないかという示唆をしている.

 

  • しかし感染症を避けるための偏見とは異なるところもある.特に虐殺の場合には積極的な攻撃が見られるところが異なる.
  • 嫌悪キューは虐殺や戦争において重要な役割をになってきた.敵や虐殺対象をネズミや害虫に見立てるのは第二次世界大戦時だけ見てもナチスドイツ,アメリカ,日本ともに用いている(ポスターが示される).これらは「非人間化」と呼ばれる.
  • 嫌悪が非人間化を促進するのかについてもリサーチされている.潜在連合で「動物」と外集団の関連を調べる.嫌悪キューを見せられると動物と外集団の関連が強くなる. 
  • 私見では「非人間化が外集団への偏見を促進する」と考えるのではなく,非人間化は嫌悪を促進する1つの括りであり,嫌悪キューに使われたのが害虫だと見たほうがいいと思う.というのは非人間化では普通の動物は使われずに,衛生害虫や家畜やネズミのようなもののみ使われるかだ.
  • なぜ嫌悪感が虐殺に有効なのか.1つは伝染の法則があるから.接したもの,場所すべて浄化したくなる.だから子供も殺せる(恐怖や怒りでは難しい).
  • 多分感染症対策としての機能ではない.相手集団をすべて殺したから感染が減るとは思えない.むしろ(1)権力者に操作されている可能性,(2)まず虐殺しようという意思があり,その場合に嫌悪があったほうが有効だった可能性があるのではないか.後者であれば,嫌悪の第4の機能ということになる.

 

  • では応用として偏見や差別を減らすことができるかを考えてみよう.
  • そこで重要なのは偏見のキューは生得的かという問題.
  • 人種は生得的キューではないだろう.というのは進化環境での外集団は皆同じような見た目をしている人たちだったから.これを示す有名な実験もある.
  • さまざまな情報を学習して内集団外集団をダイナミックに区別していたはず.であれば介入によって偏見や差別を減らせるだろう.
  • 最後に面白いSFとして伊藤計劃の「虐殺器官」を紹介しておきたい.これは「虐殺の文法」を使って世界中に虐殺を誘引する物語.このSFにあるような虐殺の文法はないが,虐殺の単語はあるかもしれない.Twitterでトルコ系とクルド系で罵り合いがあった場面を分析したリサーチによると動物化,非人間化や女性差別関連用語が多かった.であればそのような嫌悪感連ワードを使って危険を定量的に評価し,対処できるかもしれない.

 

最後に

 

  • 進化的観点は異分野をつなぐ背骨になることができる.研究としても面白いし,社会への還元も期待できる.
  • ただし社会に応用するには(過去にいろいろあったこともあり)慎重に行う必要があるとも考えている.平たくいうとゲッペルスにはなりたくないということだ.

 

Q&A

この後質疑応答となった

  • Q:虫による違いは感染症でどこまで説明できるか
  • A:感染症リスクより室内で見るか,文化であおられているかが大きいと思う.(大きさは?と更問)虫の形質は分析していない.しかし小さなアリも室内では嫌悪感は強い.確かに大きいとびっくりするのはある.今後の面白いテーマかもしれない.慣れの問題もある.カブトムシは室内でも変わらない.イヌやネコに嫌悪しないのもそういう問題かもしれない.昆虫食のある地域でも,実際に食べているかどうかでよく似た虫でも全然扱いが異なる.ハムスターとドブネズミの違いに似ている.
  • Q:文化規範はどの程度まで感染リスクとからむのか.
  • A:「ほんとか?」と思っている.進化環境では隣の文化も同じような環境で,しきたりも少し違うだけではないかと思っている.この手の話は検証が難しい.

 

  • Q:内集団外集団の区別なく虐殺を行った例はあるのか 
  • A:集団カテゴリーは可変的相対的なものなので,何らかの区別はあったのだろうと思う.

このほか自然主義的誤謬と自然科学から導く倫理的基盤がありうるのかという問題,虐殺の適応価,なぜゴキブリはここまで嫌われるのか,フランスにおけるジプシー,中東系(イスラム系)差別の実態などが議論されていた.
 
 

なかなか興味深い内容だった.虫嫌いのリサーチは面白い.室内の虫と虫の知識不足が鍵になっているのはなるほどという気がする.嫌悪と偏見の部分は総説論文的で大変参考になった.特に外集団嫌悪が感染リスクそのものではなく,文化規範の部分にあるというのは興味深い.だとすると感染ではなく道徳の問題と考えたほうがよくはないかというのが素朴な感想だ.

また虐殺についてピンカーが皆殺しによる報復リスク抑制適応を説いているという話だったが,「暴力の人類史」における記述はそう単純な議論ではなかったような気がする.まずカテゴリー化の心理があり,そこに皆殺しのリソース獲得に置ける有利性,他グループに対する威嚇として機能,(相手グループの)そのような恐怖に対する先制攻撃としての有利性,報復されるリスクの抑制が加わり,最後にモラルと結びつくというような議論であり,報復の部分は適応の1つの可能性というような主張だったと思う.
 
進化心理学者の提言について確かに問題含みだが,結局感染症蔓延リスクの大きさとのトレードオフであり,これが書かれたときの欧米の状況はそれほど深刻だったということではないかと思う.

 

*1:けものフレンズなどが扱われているらしい

*2:虫の知識クイズが使われていて,なかなか難しい問題もあって面白かった

*3:電気ショックと人種の写真を組み合わせて恐怖を条件づけてそれがどのぐらい消去されやすいかを調べたもの

*4:ただしこのリサーチではアジア系では効果がなくヨーロッパ系のみで効果があり,やや怪しいとのこと