From Darwin to Derrida その173

 

第13章 意味の起源について その11

 
ヘイグの意味についての論考.エリオットの詩を引用しながらタイムスケールの問題が考察される.リボスイッチにはその配列の進化をもたらした数十億年スケールと分子配座にかかるナノセコンドスケールが共存している.そして自然淘汰はリボスイッチを(配座の揺らぎの中で)適切なレベルの入力にのみ敏感になるように調整することができることを具体的に説明した.
 

決定的アクション その2

 

  • 世界に実在する全てのものは質料因と作用因の結果であるという還元主義的メカニズムの擁護者たちの主張を一旦認めてみよう.構造主義生物学者はTPPリボスイッチのメカニズムを原子のレベルで説明できる.彼等はリガンドの結合がどのようにアプタマーの一過的な配座(それは潜在的で,多数の可能配座の間を揺れ動いている中から選ばれたものだ)を安定化させるかを記述することができる.しかしこの共時的メカニズムの説明(それはどのように働くのか)は,歴史的な疑問(それはどのように現れたのか)や目的論的な疑問(それは何のためにあるのか)に答えられない.

 
そして世界の説明に質料因と作用因しか認めないガチガチのメカニズム主義者(これは生物学においては構造主義的生物学ということになる)はリボスイッチの原子レベルの動態を説明できても,それがなぜそこにあるのかは説明できないということが説かれる.これはいわゆる至近因と究極因の違いということで本書でも散々議論されていたところだが,ここでは分子の揺らぎのタイムスケールという新しい視点からもう一度説かれているということになる.分子レベルの詳細を具体的に提示した議論により説得力が増すことを狙っているのだろう.
 

  • 現存するTPPアプタマーは最近の任意の世代の創造物ではない.TPPを結合するRNA配列はおおむね40億年前に発見された.そしてそれは全ての現存するTPPアプタマーの共通祖先だ.この40億年の歴史を通じて,遺伝子伝達とTPP・アプタマーの結合は途切れることなく連続した.質料因と作用因的な「いかにしてきたのか」の問いヘの完璧な解答は得られないが,得られたとしてもその詳細にたいした重要性はない.因果についての完璧な解答であるためには現代まで続いてきた系列の繁殖と生存の成功だけでなく,子孫を残せなかった全ての突然変異アプタマーの運命まで追跡する必要があるだろう.TPPリボスイッチはチアミンが不要なときにチアミン合成を停止させるので生理的な効率性を高める.この能力を欠いた個体の死についての至近因は数多くあり多様だろう,その中には環境との特異的な組み合わせから,極くわずかな代謝活性の違いが生と死を分かつようなものもあるだろう.これら全ての生死についての違いを作る違いは,TPPに結合するかしないかの違いだ.

 
この部分の議論もちょっと面白い.ガチガチのメカニズム主義者が納得できるような因果の説明を考えて見れば,それは失敗して淘汰されたものを含む全ての系列で生じた40億年にわたるすべての出来事を提示することになるが,その(膨大な詳細を持つ)説明は(少なくともヒトの認知においては)因果の理解には役に立たないだろうということだ.
 

  • 全てのTPPアプタマーは,DNAやタンパク質が起源するより前のRNAワールドの中で進化した祖先アプタマーの子孫だ.これらの高度に保存された構造は今や多様な表現プラットフォームとともにある.そしてそのプラットフォームはバクテリア,アーケア,真核生物のチアミンの活性を制御している.(Duesterberg et al. 2015; Winkler, Nahvi, and Breaker 2002)
  • TPPを認識する1つのRNA配列は20億年以上前に淘汰的探索により発見された.そしてその子孫は,非機能性の突然変異の発生やドリフトにも関わらず,それ以来存在し続けている.TPPアプタマーの「保存」進化は,それらのアフォーダンス,つまりアプタマーの適性,特にTPPとの機能的結合から生み出されるアプタマーの有用性により説明される.私はここで「このアフォーダンス以外のものはなぜTPPアプタマーがその起源以来何十億年も存在し続けているかを理解するには因果的に意味がない(causally irrelevant to understanding why・・・)」という挑発的な主張をおこう.TPPアプタマーはTPPと結合するために実在し,実在し続けるのだ.

 
生物学界隈ではあまり使われない「アフォーダンス」を用いた難しい言い回しで面白いが,この主張が挑発的だとは(私には)思えない.自然淘汰を理解していれば当然の主張ということになるだろう.なおここで参照されているのは以下の論文だ.


www.ncbi.nlm.nih.gov