From Darwin to Derrida その174

 

第13章 意味の起源について その12

 
ヘイグの意味についての論考.エリオットの詩を引用しながらタイムスケールの問題が考察されたのち,ガチガチのメカニズム主義者はリボスイッチをナノセコンドタイムスケールの原子レベルで説明可能だが,数十億年タイムスケールのなぜそれがそこにあるのか,つまり究極因あるいは目的因を説明できないと主張した.ここから「サルとタイプライター」というセクションが始まる.サルとタイプライターを用いた話は,しばしば自然淘汰の説明によく出てくる印象がある.ドーキンスが引用されるかと思うと,冒頭で引用されるのはヴァイスマンであり,さらに本文中ではボルヘスが登場する.
 

サルとタイプライター その1

 

  • 淘汰の理論に対する反対論は多様で無数にある.・・・今日まで続いている反対論には,「淘汰は何かを捨て去るだけで,生み出すことはできない」というものがある.この反対論は,この議論そのものが淘汰の創造的有効性を強く擁護しているということを見逃しているといえる.

アウグスト・ヴァイスマン 「Germinal Selection」(1896)

 
この引用元はMonist誌に掲載されたヴァイスマンの1896年の論文になる.Monistというのは最古の哲学の学術誌の1つであるようだ.1896年なのでダーウィンの自然淘汰説には異論が多かった頃だ.特に哲学者の議論に我慢ができなくなったヴァイスマンが投稿したということなのだろうか.
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  • ダーウィニズムはしばしば「純粋にランダムな過程からは価値は生まれえない」という論拠で批判される.プリンストンの神学者チャールズ・ホッジはダーウィンの議論が「構造と本能の意図せざる変異の緩やかな累積」に頼っていることを批判した.
  • 似たようなやり方で,私たちは独自の「仮説」を元に聖書の起源と内容を考察している男を思い浮かべることができる.その仮説は「聖書は神あるいは人の心の産物ではなく,蒸気の力で動く植字機がでたらめに植字してできた」というものだ.
  • それは千年で一文を作り,次の千年でもう一文を作り,1万年で2つの文を正しい位置にセットする,そうやって百万年経てば,聖書が,その歴史的詳細,気高き真実,経験で卓越した韻文とともに作られるというのだ.そしてさらにそこには理想の中の理想,至高の権威と敬愛,その前に信者非信者をとわずに全世界が畏敬の念とともにひれ伏すキリストの描写が含まれるというのだ.
  • この想像を認めるとしたなら,その理屈は世界の図書館の全ての本についても当てはまるはずだ.このようにしてダーウィニズムは文学にも当てはまることになる.こんなものが,キリスト教と教会を一掃するだろうとされている理屈なのだ.

  

  • ホッジは,そして似たような自然淘汰への批判は,ダーウィンが創造性をランダムさに帰していると解釈している.彼等は心を持たないプロセスがランダムさから秩序を生み出すことができるということがわかっていない.心だけが創造性を持つと考えている.

 
これは典型的な自然淘汰を全く理解できていない批判だ.神学者というのを割り引いて見てもなかなかナイーブだ.ヘイグは特にこの植字機の議論について掘り下げていく.
 

  • ホッジの植字機のアイデアはホルへ・ルイス・ボルヘスの「Total Library」の印刷機として採用された.「Total Library」は機械的にランダムに文字と句読点を印刷して得られる全ての本の集積だ.これまで書かれた全ての本,これから書かれる全ての本,そして書かれうる全ての本はその図書館のどこかの棚にある.それは本書も,本書の全ての草稿も所蔵している.そしてその他なのどこかには,全ての読者を納得させるように書かれた本書のバージョンもあるだろう.しかしこの図書館は全く役立たずだ.

 

  • 全てはそこにある.・・・しかし正確な事実についての文章1つに対して,何百万もの不協和音,ごたまぜ,でたらめがそこにはある.人類に許された全ての世代を使ってもこのめまいのするような図書館から何らかの価値ある1ページをみつけることはできないだろう.

ボルヘス 「Total Library」

 
引用元はこの本になる.邦訳があるのかどうかはちょっと調べて見たがよく分からなかった.

 

  • まともな目的のためには「Total Library」は意味をもたない.ランダムに作られたテキストから価値を見いだすには何らかの選択原則が必要なのだ.

 
よくあるこの手の批判への反論としては,ドーキンスによる747ジャンボ機の部品を使ったものが印象深い.ここでヘイグはホッジの批判を元に,それに類似したボルヘスの発想から反論を組み立てていくということになる.