War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その6

  

「帝国の基礎は辺境に始まる」則がローマ帝国滅亡後の様々な国家の興隆に当てはまるかを扱う第3章.ターチンはまず導入部分で,トイトブルグの戦いでゲルマンに大敗したローマ皇帝アウグストゥスがローマの更なる東方拡大をあきらめ,ライン川を国境と定め,その結果この国境が3〜400年固定することになったという経緯を語った.

 

第3章 森での虐殺:ローマ帝国の辺境(The Limites) その2

 

  • この安定した国境は長期的にはローマにとっての災いとなった.辺境はゲルマン人たちを社会的政治的に変容させたのだ.
  • かつてゲルマンはキンブリ,チュートンなどの個別部族単位でローマに攻め入りその度に撃退されてきた.しかし1世紀に強大な軍事力を持つローマ帝国と直接相対するようになって(トイトブルグで勝利をもたらした)アルミニウスのようなカリスマ的軍事リーダーに率いられた部族間連合が形成されるようになった.たとえばマルボドゥスに率いられた「スエビー:Suebi」というのは「私たち」という意味であり,部族名ではなく連合の名だ.彼等は独特の服装とヘアスタイルでそのアイデンティティを共有した.このスエビーという名は今日のSwedes(スウェーデン人)やSwiss(スイス人)の語源になっている.
  • しかしカリスマ的リーダーに率いられた連合は長続きせず(目の前の敵がいなくなると連合は消滅した),部族は離合集散を繰り返した.この時期の部族間連合は政治的組織として脆弱であった.アルミニウスは王国を打ち立てようとしたが,連合部族民たちに抵抗され,最終的には暗殺される.

 

  • ローマは拡大をあきらめ,防衛と交易で利益を求める政策に転換し,安定的に固定された辺境地帯が出現した.辺境はゲルマン人に軍事的プレッシャーをかけるとともに魅力的な奢侈財への欲望をかきたて,長期的に存続できる強力な軍事力に向けての強い淘汰圧となった.
  • さらにゲルマン人は辺境でローマ文明に接することで,規律の重要さ,記録と官僚組織の有用性を理解するようになった.またローマは交渉相手一元化のために彼等が単一のリーダーの元に集まることを推奨した.これは後のゲルマンの諸王国につながり,リーダーたちはケルン,マインツ,アウスブルグなどの帝国辺境都市で会合を持つようになった.
  • ゲルマン人たちは辺境のプレッシャー下で,それぞれの部族神や創造神ティワズより戦争神オーディン(ヴォータン)の方を好むようになった.そしてオーディンは最終的に全ゲルマン共通の主神となり,3世紀以降キリスト教ローマとの(我々対あいつらの)対比が鮮明になった.オーディンは戦争に勝つための知恵と力(策略と暴力)を欲し,キリストは全人類のために自ら犠牲になる.この2つは全く異質な神であり宗教だった.
  • ゲルマンは辺境におかれたことで大きなメタエスニック共同体となった.そしてローマとゲルマンの間にはハンチントンのいう文明断層線(civilizational fault line)(私は以降これをメタエスニック断層線と呼ぶこととする)が成立した.そして3世紀以降フランク,アラマンニ,ゴートなどの大連合が形成された(セコンドティアとしてフランクの後ろにサクソン,ゴートの後ろにヴァンダル,アラマンニの後ろにブルグンドが形成された).

 

  • このメタエスニック共同体の興隆はローマ帝国の衰亡期と重なった.3世紀の危機時から様々なゲルマン大連合の侵入が散発的に生じ,5世紀には東ゴート,西ゴート,ヴァンダル,ブルグンドなどのゲルマン国家が旧ローマ帝国領域内に興隆した.
  • その中で最も成功したのはフランク王国だ.第一波の侵入者だったヴァンダルやゴートは略奪が主目的だったが,フランクの侵入は農民の入植を伴った.フランクのクローヴィス王はアラマンニを打ち負かしてフランクに吸収し,さらにブルグンドや西ゴートを破り領域を拡大させた.カロリング朝期にはスカンジナビアとブリテンを除くゲルマン民族を統一し,汎ゲルマンアイデンティティを確立し,現代ドイツの源となった(ただしカロリング朝はその後分裂し,それを引き継いだザクセン朝は現代のフランス領域を含まなかった).のちにこの汎ゲルマンアイデンティティは神聖ローマ帝国として表現されることになる.

 
このあたりの記述はさすがに歴史家の手になるものだけあった大変面白い.国境が安定し,辺境が形成され,ゲルマンは軍事的に強くなる強い動機付けを持った.そして「我々対あいつら」の心理はオーディン信仰と合わせて全ゲルマン共通のアイデンティティをもたらし,そして実際に軍事力の高い大連合が形成されたというのターチンのシナリオになる.
前章との関連でいうとここでは団結の重要性があまり強調されていない.それはローマ側からの激しい略奪という状況ではなかったから「防衛のための団結」という議論がしにくいということなのだろう.要するに欲に絡んだ軍事強化であり,共通アイデンティティがあったにせよ利益指向のプラグマティックな連合が効果的に組まれたということになる.であればターチンの主題とはややずれているのではないかという気もするところだ.とはいえ辺境が形成され,そこに軍事的に成功すれば得になるという動機が組み込まれると,強国が興隆しやすいということならこの叙述は大変説得的だということになるだろう.