ターチンによる歴史の科学.第3部の理論編,本章ではアサビーヤが社会資本として捉えることが可能であることを説く.そしてターチンお気に入りの歴史事例,イタリアの南北格差を社会資本,アサビーヤから解説し南北イタリアの差の起源はローマ帝国崩壊時まで遡れると主張する.ターチンはここから理論を現代に当てはめられるかという話題に移る.
第13章 歴史の中のボウリング仲間:社会資本の減衰を測定する その4
- これは興味深い問題を提示する.帝国の興亡サイクルの理解は,現在の私たちにもかかわりがあるのだろうか.私はここまでクリオダイナミクスの理論を農業社会に適用してその歴史的データに当てはめてきた.それは現代世界にも適用可能だろうか.
- (歴史家の)デイヴィッド・フィッシャーは「The Great Wave」においてこの1千年期のヨーロッパの4つのセキュラーサイクルをたどっている.最初の二つは私たちが見てきた14世紀に終焉した中世の興隆と17世紀に終焉したルネサンスの興隆だ.3つ目の波は革命の時代に終焉した啓蒙の時代だ.
- そしてフィッシャーは4つ目の波として19世紀後半のヴィクトリア朝から始まり,現在に至る波をあげている.この波の後半,特に1960年代以降は,どのサイクルの同じフェーズでも見られた持続的なインフレを伴っており,解体フェーズは20世紀後半に始まったとしている.
- フィッシャーは西洋はこのサイクルを繰り返していると主張する.しかし彼に厳しく反論する批判者もいる.ポール・クルーグマンはその1人だ.クルーグマンは,フィッシャーのサイクルの実証データは確かだが,近現代についての扱いがあまりに無頓着だと批判する.農業社会で生じた社会経済的な力学が今日も成り立つとは限らない.この1〜2世紀に生じた巨大な変化を見過ごすべきではない.私たちは古代ローマからナポレオンまでの時代とは異なる世界に生きているのだ.
ここから農業社会と現代は社会経済的に根本的に異なるというクルーグマンたちの主張が要約される.
- 農業社会では労働者の90%が食料生産に従事している.そして食料生産上限が制限要因となり,人口増加は止まった.しかし今日ではそうではない.英国の人口は14世紀および17世紀のピークの10倍を超えている.もちろん食料輸入という要因もあるが,制限要因が大きく緩和されたのは食料生産の単位面積あたりの生産性が10倍以上になったためだ.(緑の革命について説明されている)
- 重大な変化は疫病についても生じている.もし分子生物学や医学の進歩がなければAIDSは20世紀の黒死病になった可能性がある.しかし病気の原因を特定することで社会は疫病に対処できるようになった.
- リベラル民主主義が行き渡ったことも大きな変化だ.少なくとも理論的には民主主義は,平和的に権力移行を可能にすることにより,エリート間競争をより暴力的でない方向に変えることができ,それは国家の崩壊への耐性を高めるだろう.もちろんリベラル民主主義の歴史は浅いので,それがセキュラーサイクルの中でどう作用するかはまだ確かめられてはいないが.
- 世界は変わったのだ.農業社会で作用していたいくつかの因果作用は完全に崩壊するか変化したのだ.
批判者としてはクルーグマンの名前だけが挙げられているが,おそらく経済学者や歴史家の多くはこの主張に同意するだろう.クルーグマンの主張の出典が示されていないのはちょっと残念だ.
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ここから,しかしあるいは,セキュラーサイクルの議論の一部は現代にも適用可能かもしれないというターチンの主張が展開される.当然それはアサビーヤ関連の問題になる.
- しかし片方で,ここ半世紀の社会経済的トレンドの多くは,きわめて示唆に富む動きを見せている.たとえば20世紀は(ヴィクトリア朝時代の価格安定の後の)持続的インフレの時代だった.多くの人は持続的インフレを近現代の1つの特徴として説明しようとするが,しかしこれまでのセキュラーサイクルのすべてにおいて,価格安定の後の持続的インフレという現象が観測されている.そしてその価格革命は崩壊に繋がっている.
- 犯罪率の上昇が1960年以降の西洋で生じた.これはアメリカだけでなく,英国,ドイツ,イタリア,北欧諸国で観測されている.それ以前には犯罪率の低下が観測されていたので,専門家はこれを説明するのに苦労している.これはもしかしたら何かの社会的圧力の増加を示しているのではないのか.これまでのセキュラーサイクルでは崩壊に先立って犯罪率の上昇が生じている.
- もう1つの重要な指標は経済的不平等の度合いだ.やはり1960年代が転換点になる.アメリカではそれ以前には不平等が縮小していて,それ以降拡大に転じている.(詳しい説明がある).今やマタイ効果が強く働いている.(格差を広げるように働く住宅,教育,医療の価格上昇率が,総合インフレ率より高いことが指摘されている)
- 教育にかかる状況は,エリート間競争の指標として特に重要だ.20世紀を通じてアメリカの大学進学率は上昇し続けた.20世紀後半には学部卒では就職競争に勝ち抜くには不十分になり,博士課程志望が増え始めた.博士号取得にかかるコストやそれにかかる年数は志望者数を上回るペースで増加した.
- これらのトレンドは危機を示している.それはエリート間競争の激化を反映しているのだ.似たようなトレンドがこれまでのセキュラーサイクルの危機直前に観測されている.(中世から近世にかけてのパリ大学で博士号を取るための年数の増減が解説されている)
この部分はややチェリーピッキング的であまり納得感はない.日本では犯罪率は上昇していないし,アメリカでも1990年代の半ば以降犯罪率は大きく減少した.インフレの議論もつい先頃まではむしろデフレが問題になっていたのであり,ややズレているように思われる.ということでターチンの議論は社会資本,アサビーヤが本命ということになる.そして章題にもなっているパットナムの「孤独なボウリング」が登場する.
- 最後にアメリカのアサビーヤには問題含みのトレンドがある.ロバート・パットナムは著書「孤独なボウリング」の中で,トクビルの時代以降アメリカ社会は豊富な社会資本を享受していたが,1960年代以降いくつかの社会資本指標が減少に向かっていると主張している.パットナムはこう言っている.「私たちは,家族,友人,隣人,そしてさまざまな社会構造から切断されるようになっている.社会構造には,たとえばPTA,教会,レクリエーション倶楽部,政党,あるいはボウリングリーグなどが含まれる.」
- 30年前,人々は今日より2倍も多く友人を夕食に招いていた.社会的信頼も低減傾向にあるようだ.政府を信頼していると答える人は確実に減っている.1950年代には70〜80%が政府を信頼していると答えたが,1990年代には30〜40%となった.新聞を全く信頼していないと答える人は45%だが,20年前はたった16%だった.「孤独なボウリング」のメッセージはアメリカの個人が疎外されるようになったということだ.彼らは車の中で,会社で孤独であり,離婚し,1人でボウリングするのだ.確かにこれは社会にとっての危機のサインだろう.
- もしこれが崩壊に結びつかないとするなら,それは何らかの新しい統合の力が働いているからだろう.最終章ではそれを扱おう.
ここで第13章は終了だ.現代のアサビーヤの問題は最終第14章に持ち越される.




