大会二日目 11月30日 その1

大会二日目も快晴で気持ちの良い一日となった.午前の部は口頭発表から.
口頭セッション3
説得 AI の理論:信念体系のアトラクター仮説 池田功毅
ヒトの心を複雑系のアトラクターでモデル化できるのではという内容.今後のリサーチ方針という感じの発表だった.
- コステロや斎藤の先行研究によると,LLMを利用した説得AIを用いると人々の信念を変容すること(具体的には陰謀論からの回復がイメージにある)が可能であることがわかってきた.(被験者がそのようなプロトコルを与えたAIと対話すると,3ヶ月ぐらいで陰謀論信念の程度が下がる,それが持続するかどうかはリサーチにより分かれている)
- これがなぜ可能なのかを考察したい.LLMはアトラクターを持つ力学系の振る舞いをするので,人々の信念体系もアトラクター的であれば説明可能かもしれないというのが背景にある.
- つまりLLMがヒトの信念変化パターンを追求する数理モデルの機能を持つ可能性があり,新たな「心のモデル」になる可能性があることになる.
- 前提1:「文化的な心の一部は,文化により構成される(記号ベースであり社会学習がある)」.そしてLLMは社会学習的であり,プロトコルから自己組織化すると捉えられる.するとヒトの心も自己組織化的に構成可能かもしれない.
- 前提2:「LLMの深層学習はもともと神経科学と物理学が合わさってできた複雑系ネットワークである」.生物系も複雑ネットワークの側面がある(システム生物学,適応度地形).ここで共通するのは自己組織化の力学であり,そこではアトラクターがキーになる.
- 最も単純なアトラクターは「振り子が最終的に一番低い位置に収束していく」などの現象にみられる.化学ではリミットサイクルなどが有名だ.生命現象も複雑な化学現象の側面があってアトラクターは重要だ.ならば文化も深層学習とアトラクターで説明できるかもしれない.
- LLMが信号体系の数理モデルであるなら.社会の信念体系を力学系アトラクターとしてモデル化できているのかもしれない.離散的信念が複雑ネットワークを形成していてその中にアトラクターがあって力学的に振る舞うというイメージだ.
- するとあるアトラクターから隣りのアトラクターへの遷移が「説得」ということになる.
- 今後はそのダイナミクスを探っていきたいが,ここではとりあえず静的なイメージを示しておきたい(イメージ図が示される).
- このような捉え方をするなら,陰謀論もLLMの中でアトラクターとネットワークで構成されるはずで,いろいろな陰謀論の強さの比較.下位モデルへの次元削減,文化進化の変異としてのストーリーの多様さなども取り扱えるようになるだろう.
寛容な統合互恵がノイズ環境下で協力を持続させる 山本仁志
協力の進化について直接互恵と間接互恵を統合してエージェントベースシミュレーションで分析したという発表
- 互恵的協力についてはこれまで直接互恵と間接互恵は切り離して考察されるのが一般的だった.統合の試みがなかったわけではないが,完全に統合しているのではなく何らかの確率で直接互恵戦略と間接互恵戦略を切り替えるというものだった.
- ここではこの両戦略を統合して考えてみた.具体的にはある相手に対して行為者が協力する(C)か裏切る(D)かを,直接互恵による判断CDと,間接互恵による判断CDを統合し,両戦略でCのときのみC(懐疑的戦略),どちらか一方でCであればC(寛容戦略),直接互恵戦略のみに従う(直接互恵戦略),官設互恵戦略にのみ従う(間接互恵戦略),allC,allDの6戦略を考え,それをエージェントベースでシミュレーションする.間接互恵の評判ルールは256通りを扱う.
- 結果:寛容戦略,懐疑的戦略がかなりの評判ルールの元ある程度の期間保たれた.寛容戦略のみある程度長期間の安定的協力がノイズの多い状況下でも保たれた.これは寛容さと複数の情報からの判断がより協力を保ちやすい要素であることを示している.
- 最も協力が保たれた評判ルールをみると,リーディング8のうちスタンディングと呼ばれるルールが含まれていた.
- で,実際に人々にどう評価するかをアンケートすると,良い人に協力はgood,良い人に裏切りはbad,悪い人に協力はbad,悪い人に裏切りはどちらともとれるという結果が得られていて,これはスタンディングルールと整合的と解釈できる.
負けないことが保証された直接互恵戦略 村瀬洋介
繰り返し囚人ジレンマでより過去を覚えられる場合にどのような戦略が有望かをスパコンを使ってシミュレートした研究.
- 繰り返し囚人ジレンマゲームについてはこれまで多くの研究が行われ様々な戦略が吟味されてきた.
- 有名なものはTFT(tit for tat),WSLS(win stay lose shift) などがある.TFTは長期的にはどんな戦略にも負けないがエラーに弱く,WSLSはエラーには強いがallDには弱いことが知られている.これらはいずれもメモリ1(前回の対戦しか覚えていない)のモデルになる.
- メモリを伸ばしていけばどうなるか.メモリ2についてもいろいろ調べられている.いくつかの戦略が分析されているが,いずれも一長一短という結果が得られている.
- 戦略を空間的にmapすると,寛容・非寛容の軸に添って並べることができる.最も寛容がallC,次のグループの1つがWSLS,より非寛容なグループの1つがTFT,最後に最も非寛容なのがallDということになる.寛容な戦略をパートナー,非寛容な戦略をライバルと呼ぶとすると,パートナーはエラーに強いが裏切りに弱く,ライバルはどんな相手にも負けにくいがエラーに弱いという特徴を持つ.
- この2つのクラスの中間に,エラーに強く負けにくい戦略(フレンドリーライバル)がある可能性がある.2人ゲームについてはすでに探索されていて,メモリ2で65536通りの戦略があり,うち4つがフレンドリーライバルであることが報告されている.
- では3人ゲーム(繰り返し3人公共財ゲーム)ではどうなるか.3人ゲームでメモリ2だと戦略数は1兆を越える.スパコンで解析するとフレンドリーライバルはなかった.では3人ゲームでメモリ3だとどうなるか.この場合戦略数は2の288乗通りある.(網羅的な探索はできなかったが)解析を進めると両方の特徴を持つ戦略が少なくとも256通り見つかった.(なおn人ゲームでメモリmの場合に,m>=nであればフレンドリーライバル戦略が可能であることを数理的に示すこともできた)
- ここで2人ゲームでメモリ3の場合はどうか.この場合の戦略数は1844京通り.これを網羅的に解析し,フレンドリーライバルであるものが4兆通りあることがわかった.(数としては多いがそうなる比率は非常に小さいことに注意)
- このほとんどは人間的に解釈が難しいが.解釈できそうなものを1つ(CAPRIと名付けた)見つけた.それは5つのルールに基づいていると解釈可能だ.(1)C:相互CならC,(2)A:罰を受け入れる,自分がDを出して相手がDで応じた場合にはCを続ける,(3)P:相手がDならまずDで対応,そこで相手がCならCに戻す,(4)R:相互Dから相手がCに転じたら,自分もCに,(5)I:それ以外ではすべてD,というものになる.これはn人ゲームに拡張可能だと考えられる.
- CAPRIは進化可能か,TFT,WSLS,allDの集団にCAPRIを加えてシミュレートするとCAPRIが進化的にも強いことがわかった.
- 結論:フレンドリーライバル戦略は可能だが複雑さが必要.
村瀬は昨年間接互恵のスパコンによるシミュレーション発表を行ってくれたが,今年は直接互恵のスパコンシミュレーションの発表ということになった.いずれも徹底的に調べるというスタンスがとても楽しい.そしてやはり村瀬はこの発表の内容をさらに詳しくnoteに公開してくれている
note.com
非協力者検知のエラー抑制デザイン:検知の閾値は新たな協力相手を得る見込みに応じて調節されるか 新井さくら
(SNS言及不可マーク付き)
非協力者探知エラーについて第一種過誤と第二種過誤の視点から考察したもの
以上で午前の部の口頭発表は終了.続いて招待講演.講演者笹生は宗教学・考古学が専門.当日別の会議があり,ビデオ講演となった.テーマはは文化進化に関するもので,ジョセフ・ヘンリックのWEIRDの研究を日本に応用してみたもの
招待講演 日本文化の形成と宗教:文化進化論の視点からの再検討(試論) 笹生衛
- 私は日本の考古学,宗教学の分野で研究してきた.文化と人間行動の関連に興味を持ってきた.
- ヘンリックのWEIRDを読んで,この文化進化的な議論が日本にも当てはまるかを調べることにした.日本の宗教と日本人の心の関連に注目した.特に古代について考古学の成果を視野に入れ,日本文化,日本人の心理の形成に宗教がどうかかわってきたかを考察するということになる.
- ヘンリックは西欧の心理の形成については9世紀以降のキリスト教との関連が重要だと指摘している.個人の権利,普遍的な法の概念がキーになる.
- ヘンリックの主張は以下のようなものだ:西欧では8〜9世紀にカール大帝のフランク王国が成立した.ここでキリスト教が浸透し,近親婚を禁止し,一夫一妻制を義務づけた.これにより古代氏族集団が解体された.10世紀になると血縁とは異なる結びつきによる任意団体が都市,大学で成立した.15〜16世紀には活版印刷と宗教改革が生じ,自国語による聖書が普及し,識字層が拡大した.17世紀には法の遵守,個人の権利の概念が広まり,現代に繋がる西欧文化と心理が形成された.
- では日本ではどうなるのだろうか.
- ポイントは2つ.(1)人間集団の規模と性格はどんなものか.国家・地域・都市ーー村落ーー氏族――家族という軸で考える.何が集団を作るのか,それが宗教である可能性はあるか.環境(生活や生産)はどう影響するのか
- (2)集団同士の結びつきのあり方はどうか.ネットワークの機能と意味,方向性はどうか.支配・規定――自由という軸で考える.
- この(1)(2)の論点において,宗教がいかに作用して行動規範や文化に結びついたかを検証する.
- ここで日本の国家形成と仏教の歴史を見てみよう.
- 縄文,弥生時代を経て,3世紀には倭国が現れる.5世紀に組織化が進み,7世紀にヤマト王権が成立する.7世紀後半に天皇という称号,8世紀に日本という国号が使用され始め,律令国家が成立したとされる.律令国家の政策は鎮護国家であり,仏教が導入される.そして経典を広めるだけでなく,各地に数多くの寺院が設置される.寺院は群レベルで設置され,それで経典を読み上げ,功徳を行い,国家の安寧を守ろうとした.8世紀には国分僧寺と国分尼寺が各国に設置され,地方組織が整えられ,国家鎮護の拠点として国家行政と一体として機能した.
- では地域の中で具体的にどのように展開したのか.
- 私は現在の千葉県北部で,8〜9世紀の下総の国分寺,それとネットワークを組んでいる郡単位の寺院を発掘調査した.ネットワークは瓦の共有で確認できるし,僧侶も行き来していたことがわかっている.この地域から発掘される土器には文字が刻まれており,識字層が一定程度いたことのほか様々なことが示唆される.(具体的な発掘物,瓦の模様の共有,土器表面の文字型数紹介される)
- 書かれた文字は,寺院の名前,個人名,住所,供え物である印,(罪を祓うための)召される形代などだ.個人名や罪を祓う記述があるのは重要で,仏教が個人単位の信仰でかなり普及していたことがわかる.9世紀には布教テキストや僧の行き来を示すものも出てくる.
- ここでこのころの罪の意識の変容についてより深くみていこう.片方で,文書行政の普及,仏教教典の普及という状況がある中で,罪に関する文言のある土器が出てくる.この罪という概念はもともと薬師如来の薬師教からのもので,のちに閻魔大王が罪を裁くという概念に繋がる.この時代ではもともとあったお祓い儀式による祓いという概念と仏教的な功徳を積むことによる滅罪の概念が共存している.そして時代とともに罪は祓うものというものから精算すべきものという風に変質していったと思われる.(それらを示す文言のある土器が紹介される)
- 集落はどのような変遷をたどったのか.
- この地域では5〜6世紀に古墳時代からの伝統である横穴古墳が見られ,集落が形成されている.血縁的な氏族集団であったと思われる.また7世紀には竪穴住居の集落が成立.8世紀後半には規模が拡大し台地の上を開拓するようになった.この開拓においては労働力として様々な構成員が流入したと思われる.流動的な人間関係の集落と思われる.
- さきに成立した集落跡の土器の文字は一文字が多く,仏教関連は少ない.あとの開拓集落からは3文字以上書かれた土器が見つかり,内容も仏教や滅罪に関するものが出てくる.
- そして9世紀後半には氏族集団が解体されはじめる(かつての古墳地域に住居が建つようになり,僧侶の使う鉢とかが出土している).10世紀には氏族集団が一斉に解体されている.背景には気候変動,地震,干ばつなどがあったと思われる.10世紀後半には都で極楽浄土を説く個人救済信仰が成立する.10~11世紀に古代氏族が解体されて個人救済仏教信仰に置き換わったとみていい.
- また10〜11世紀は中国で唐から宋への交代があり,海上交易が盛んになっている.
- まとめ
- 日本では仏教と国家の寺院組織が識字僧の拡大に寄与した.
- その過程における鍵になる要素は罪,罪からの救済であった.
- 人口拡大の中の開拓集団でまず血縁が薄れ,仏教が浸透した.
- 9世紀以降には社会不安から個人救済信仰要素が増加した.
- これらは共鳴し,10世紀の氏族集団の解体,人間集団のネットワークの再構築につながった.同じ頃に日本は東アジア交易圏に属するようになった.
- そして日本は8世紀から12世紀にかけてこれらの過程が進行し,国風文化が成立したと考えられる.
- ただし宗教的に全部仏教になったわけではなく,日本の神も残った.その要素は仏教に組み込まれて姿を変えて残っている.たとえば人々を監視する神という概念は起請文の風習にみることができる.
- これらの過程はヘンリックの主張する西欧文化・心理の成立過程と比較検討可能なものだと考える.
普段聞くことのあまりない考古学的な話が聞けてなかなか楽しかった.以上で二日目の午前の部が終了になる.
これは近くの目白台大村庵で昼食にいただいた冷やしむじな蕎麦(大盛り*1)

その後で近隣を散歩して雑司が谷鬼子母神まで足を延ばした

*1:この時期に冷やしたぬき蕎麦とかあるのは珍しい.天かすと油揚げの両方をのせているのを「むじな」と呼ぶそうだ