War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その112(完)

 
ターチンによる歴史の科学.第3部の理論編最終章.まず,アメリカは大規模な領域国家でマルチエスニックで複雑な権力機構を持つ「帝国」であると整理し,その他の帝国候補,EU,中国,そしてロシアを扱い,特に中国は帝国への道を歩んでいる(そしてロシアもその可能性がある)とまとめた.
最後にターチンは本書におけるクリオダイナミクスが現代にも適用可能かというテーマに戻る.
 

第14章 帝国の終焉?:携帯電話はクリオダイナミクスをどのように変えつつあるのか その5

 

  • バートランド・ローナーとトニー・サイムは,著書「歴史のパターンとレパートリー」の中で,人類社会には記憶があると示唆している.社会は挑戦を受けると集合的記憶を呼びだし,過去の似た状況でうまくいった方策をとり,新しい挑戦に適応する.彼らは自分たちをアイデアを「フランス革命の基礎ブロック」を用いて説明している.彼らはフランス革命に見られる要素(たとえば王と大領主たちの対立,パリ市民たちの介入)は,14世紀〜18世紀にかけて何度も繰り返し現れたものだとする.

 

 

  • 19世紀アメリカのチェロキーに対する態度,21世紀のアラブの態度,ロシアのチェチェンに対する態度は,何世紀も前のロシアのタタールに対する態度を思い起こさせる.これは社会記憶,文化遺伝子の例なのだ.

 
ここでターチンはいきなり文化遺伝子を登場させる.これはこれまでクリオダイナミクスがユニバーサルな法則のように記述してきた態度からみるとかなり唐突だ.本来は人類集団の対応におけるユニバーサル性と集団独自の文化的伝統についての整理が必要な部分だろう.ともあれ,ある集団に独特の文化的伝統があって,その集団がおかれた環境において独特な対応が現れても不思議はない.フランスにおける時にパリ市民が蜂起するという伝統は19世紀の普仏戦争後のパリコミューンでも繰り返されている.
 

  • 確かに歴史は現代政治を理解する洞察を与えてくれる.片方でここ2世紀で世界は劇的に変化している.だからクリオダイナミクスから得られる教訓はその特定の状況にそって詳しく吟味しなければならない.

 
ここからターチンは現代社会における大きな変化を語る.
 

  • まず,世界は飢餓の恐怖から大きく解放されている.片方で通信技術は世界を狭くした.今日イエメンのアラブ戦士は現代技術とアルジャジーラによって世界中の出来事をその場にいるかのように知ることが出来る.
  • 産業社会以前にもそれぞれのマスメディアはあった.硬貨に刻まれた皇帝の横顔は広く流通した.国家教会の主席司教は各地区の聖職者を通じて大衆に説教することができた.しかし状況が大きく変わったのは16世紀の政治パンフレットの印刷,19世紀の新聞,そして20世紀のテレビの登場からだ.現代技術は何千万人,あるいは何億人もの人々からなる凝集的な国家を作り出すことを可能にしたのだ.
  • マスメディア登場を受けて,社会学者たちは現代社会のダイナミクスの理論を構築し始めた.意識調査,そして大衆操作の手法は洗練化した.技術は絶え間なく進歩し,理論は陳腐化し続けた.
  • マスメディアは階層構造を持つと見ることができる.まずニュースや論説や娯楽が作られるセンター,そしてそれを消費する大衆がいる.実際にはセンターは複数(複数のテレビ局,新聞,通信サービス)あり,異なる内容が発信され,非線形で複雑なやり方で伝わって行く.それでもごく最近までは,発信する少数のエリートと消費だけする大衆という単純な階層があった.しかしこれが今劇的に変化しつつある.
  • まず一人一人は自国メディアだけでなく,世界中のメディアにアクセスすることができるようになった.さらにインターネットは誰でもブログなどで意見を表明できることを可能にし,情報の発信者と消費者の区別をあいまいにしつつある.
  • これは階層(ヒエラルキー)に対するヘテラルキー(権威が複数存在し互いに相互依存しているネットワーク構造)の勝利だ.ヘテラルキーは非線形の挙動を示し,予測困難で,社会学者にとって解明困難なものになる.
  • もう1つのさらに大きな影響を与える技術的なブレイクスルーはモバイルフォンだ.これはスマート大衆を可能にする.一人一人がいつでもどこからでも情報発信できるのだ.

 
通信技術は確かに私たちの世界を大きく変えた.ターチンが今本書に手を入れるなら,当然SNSについても言及しただろう.
そしてここからがターチンの最終リマークになる.
 

  • 私たちは以前とは全く違った世界に生きている.片方でヒトの本性は急には変わらない.おそらくアサビーヤを高めるような制度を設計することは可能だろう.現代社会は飢餓の問題を解決できたかもしれないが,エリート間競争の問題は残っている.エリート間競争を抑制して暴力に至らないようにできるだろうか.
  • 帝国興亡のサイクルを扱うクリオダイナミクスは,現在ドミナントな帝国が明日どうなるかを予言できない.しかし過去の重要な要因を示し,次世代,次世紀,次千年紀における選択をガイドすることはできる.私は,私が示した記述が,人類の長期的な繁栄のための協力の推進に役立つことを願っている.E pluribus unum*1

 
というわけで,最後はクリオダイナミクスはそのまま適用できないかもしれないが,エリート間競争という要素は現代にも残っており,課題解決のための重要な洞察に役立つだろうという結論で本書は締めくくられている.この結論は穏当なところだろう.
延々と本書を読んできての感想をまとめておこう.
 

  • このクリオダイナミクスの議論は,戦闘の帰趨にアサビーヤを重視しすぎていてやや買えないところがある.帝国の興隆には経済力や鉄の規律を持つ軍隊の構築も大きな要素ではないだろうか.現在のウクライナの状況を見ても,ロシア側のアサビーヤの方が高いとはとても思えないが,戦争の帰趨はロシアが押しぎみに推移している.帝国の興隆の理解のためにはこのあたりも考慮すべきだろう.
  • 本書の最大の魅力は,具体的な歴史の記述にパターンを見いだして行こうとする試みにあるだろう.個人的にはローマ帝国と中世フランスの事例が興味深かった.ターチンお気に入りの南北イタリアの違い(南部がアサビーヤのブラックホールになったため)については,南部イタリアがイスラムとのフロンティアに面していたことをどう説明するかという点で不満が残る.
  • (私的にみたそのような例外があるにしても)それでも,メタエスニックフロンティアで強国が生まれる傾向があるという指摘は面白いし,特に技術水準や経済水準が低い場合にはそれにより生まれるアサビーヤは重要な要素になりえたのだろう.


<完>

*1:多から1つへ:多州からなる1国家という意味でアメリカ合衆国を示す(国章の一部に刻まれている),また多民族からなる帝国という意味にもなる