序章のタイトルがなかなか笑わせてくれる.要するにこれから何について語るのかの概要を示しているのだが,こんなところを見なくてさっさと本章を読んでもいいよというわけだ.
いくつかの刑法の問題は初心者にとって魅力的だし,そしてそれは専門家にとってもそうだという.多くの人は刑法は「十戒」のようなもので,やってはいけないことを列挙しているだけだと思っているかもしれないがそれはそうではないという.そしてそんな列挙だけではなぜうまくいかないのかを示しているのが本書でもあるという.日本では刑法総論として語られる部分だ.
本書の構成は以下の通りとなる.
- まず第1章はNecessityの抗弁から始まる.これは日本法では「緊急避難」といわれるもので,通常「違法性」要件に当たる.英米法では違法性の問題か責任の問題かであいまいであるらしい.救命ボートから定員オーバーの人間を放り出す行為,共産主義から逃げ出すためにハイジャックした例などが取り上げられる.本書では罰すべきかそうでないかのもっとも悩ましい形がここに現れるという考えをとっているようだ.つまり「モラル」とは何かという問題にかかる部分だ.さらに洗脳,脅迫,錯誤などの日本法では「責任」に当たるものも取り上げるようだ.
- 第2章はBad Acts.これは日本法では「構成要件」に当たるものだろう.「魔法禁止法」があった場合に「魔法」とは何か.(アメリカ法は英国コモンローをそのまま継受しているために19世紀のアフリカの英国植民地での判例が法源となるのだ)行為とは何か,不作為とは何かなどが取り上げられる.
- 第3章はGuilty Minds.日本法では「責任」として処理される分野だ.故意と錯誤の問題,過失にかかるリスクの認識とフレーム問題などが取り上げられる.
- 第4章は因果関係が取り上げられる.結局ヒトの心は何を持って因果と考えるかが,刑法で処罰すべきかどうかに大きくかかわってくることが論じられるようだ.
- 第5章は共犯.アメリカ刑法は日本刑法と違って共犯を広く処罰する.本書ではそれと社会心理学の知見を問題にするようだ.
- 第6章は未遂犯.未遂犯は不能犯と絡んで日本法でもよく議論になるところだ.本書では有名な偽造絵画事件を題材にするようだ.
- 最終章はまとめだ.そして,このようなヒトの認知にかかる問題は刑法にとどまらないことが議論されるようだ.
関連書籍
デネットにより因果関係の問題が議論されるところで本書が引かれている.
自由は進化する
ピンカーも本書を引いている.
思考する言語
ハウザーのモラルマインド
刑法について今回参考にしようと思っているのはこれらの本だ.
日本語で読める英米法における刑法総論に関する本は私が見たところ現在この本だけのようだ.
大変分厚い本だが,平易に書かれており,ちょっと読んでみたが内容も面白い.
日本法の議論はこの本を参考書として買い求めた.