Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その8

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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ピンカーは言語が複雑な特性を持つ精妙なデザイン産物だと主張した.そうすると,ではなぜ言語には多様性があるのかということが問題になる.

3.3 言語デザインと言語の多様性

  • 文法はよいデザインの証拠だという主張に対するより重要な問題はヒトの言語の多様性だ.
  • 文法デバイスと表現機能は1:1対応しているわけではない.例えばいくつかの言語では語順で誰が何をしたかを示すのに対し,その他の言語では,格やアグリーメントでそれを表し,語順によりトピックとコメントの違いを示したり,あるいはシステマティックな機能を持たなかったりする.であれば語順が文法的な関係を示すための適応だとは主張できないだろう.言語多様性は文法デバイスがかなり一般的なツールであることを示しているようにも見える.であればそれは一般的な構造を持ち,スパンドレルでありうるのだろうか.
  • 私たちはここで言語の多様性が言語のユニバーサルなデザインを否定する論拠にはならないことをまず明確にしたい.そして本章の最後でなぜ多様性があるのかについても説明を行いたい.
  • まず.単一ではなくいくつもの小さな限られた機能に(そしてそれぞれの環境でそれぞれの深度で)役立つように構造が進化することは生物学においては普通だ.
  • 実際のところ,文法デバイスが異なる言語で異なる機能に用いられているとしても,可能な組み合わせは極めて限定的だ.名詞への接辞で時制を表す言語はないし,助動詞で物体の形を表す言語もない.このような構造と機能に関するユニバーサルな制限は数多く知られている.さらに言語のユニバーサルは言語史においても可視的だ.言語の変化は特定のパターンに限られるのだ.
  • しかし言語機能の進化のバリエーションが制限されているということは,最も悲観的な議論において重要になるに過ぎない.わずかでも文法を分析してみれば,表面的な多様性は,基礎にあるメンタルな文法のマイナーな違いの反映に過ぎないことがわかる.
  • 例をあげよう,英語は厳格な語順を持つ言語だが,オーストラリアのワルピリ語では,すべての語はどんな順序で話されてもよく,格のマーカーが文法的な関係性と名詞の修飾を示す.ネイティブアメリカンのチェロキー語では節の中では名詞句を使わず,文法的な関係性を動詞につける接辞のアグリーメントで表す.また英語は対格言語であり自動詞の主語と他動詞の主語で縮約が成り立つが,能格言語では自動詞の主語と他動詞の目的語で縮約が成り立つ.さらに英語では主語は必須であり文はそれを中心に組み立てられるが,中国語では会話の主題を中心に組み立てられる.
  • しかしながらこれらの違いは,ほぼ間違いなく同じメンタルなデバイスの異なる現れ方に過ぎなく,デバイス自体の種類が異なっているわけではない.英語でも前置詞句の語順は自由であり,「’s」などの格を表すマーカーを持ち,動詞三人称単数の「s」というアグリーメントもある.「John broke the glass.」と「The glass broke.」には英語の持つ能格性が垣間見える.「As for fish, I like salmon.」という言い方で主題を立てて文を組み立てることもできる.
  • さらにより抽象的に言語を分析すると,基礎にある自然言語の統一性はより明らかになる.
  • チョムスキーは,ある言語で発見されたことは,十分に抽象化すれば(無理矢理当てはめることなく)その他のすべての言語でも発見できると述べている.彼のGB理論(統率束縛理論)の多くのバージョンによると,すべての名詞句は格マーカーを持つ:一見それを持たないように見えてもそこには近くにある動詞や前置詞や時制要素による抽象的なマークがなされている.
  • メジャーな語句の基礎順序は,それぞれの言語にある格のアサインメントが実行される方向を示すパラメータによって決められる.このためラテン語のような言語では名詞句は語形的に格マークされ(順序は自由になる),英語ではマークされずに動詞のような格アサイナーに隣接する必要がある.
  • このようにある言語の格マーキングと別の言語の語順ルールは単一の文法モジュールとして統一される.そしてこのモジュールはうまく特定された(この理論の定義による)機能を持つ.このモジュールは名詞句にエージェント,目的,場所などの役割を与えるのだ.
  • そして語順自体は統一された現象ではなくなる.言語が実践的な目的のための語順を使うときには,それは基礎にある文法のサブシステム(例えばスタイルのルールであり,それは名詞句の順序や格マーカーとは別の特徴を持つ)を利用しているのだ.

なかなか難しいが,要するにチョムスキー理論では多様性の背景にユニバーサルな抽象的文法ルールがあるのであり,それが適応産物だと考えれば言語の多様性自体が言語の適応仮説の反証にはならないということがいいたいのだろう.

  • そもそもなぜ言語は単一ではないのだろう?ここでは推測を述べておこう.
  • 語彙の中での音と意味の組み合わせにおいては二つのことを考えなければならない.
  • 1つ目は話者には文化的に新奇なもののラベルについての学習メカニズムが必要であることを想定しなければならないということだ.このような学習メカニズムがあればそれはすべての語彙について用いることができる.
  • 2つ目は膨大な生得的なコードを用意するのは難しいだろうということだ.何万もの音と意味のペアがすべての話者でシンクロされる必要があるし,(噛みつくために牙を見せることが怒りの表情として解釈されやすいというような)標準化プロセスを始めるための非恣意的なペアがあるとは思えない.さらにそのコードを収めるために必要なサイズは(有性生殖による組み替えやその他の遺伝的プロセスを考えると)ゲノムの中でそれを進化させて維持することを難しくさせる.
  • 一旦音と意味のペアを学習するメカニズムが生じれば,膨大なペアを学習するための情報はコミュニティの会話の中で容易に得られるだろう.つまりゲノムは学習メカニズムを用いて環境にある語彙を獲得するのだ.
  • 文法の別の側面においては,見方の転換により洞察が得られる.数多くの言語があるところから考えるのではなく,言語間の違いを学習するメカニズムの進化を考察するのだ.文法のいくつかの側面は,文法以前からある認知メカニズムにより環境からの入力によって学習されやすいだろう.それらのパラメータが生得的に固定されている必要はない.そして実際にコミュニティによって異なってくるのだ.


言語の多様性についての考察では究極因にはコメントせずに至近的なメカニズムを主に扱っている.今なら当然究極因にもコメントしただろう.このあたりもピンカーの若さを感じさせるところだ.
続いてピンカーは言語デザインに見られる恣意性の問題に進む.