War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その59

 
14世紀が始まるころ,フランスはある種の黄金時代だったが,そこから崩壊する.ターチンはそれは外部要因によるものではなく,内部的な非線形ダイナミクスだと主張する.ここからその過程が詳しく描かれることになる.
 

第8章 運命の車輪の逆側:栄光の13世紀から絶望の14世紀へ その3

 

  • 英国の作家ジョージ・プットナムは,1589年にこの内部要因に基づく非線形ダイナミクスアプローチの要点をこう述べている:「平和は豊饒を作り,豊饒はプライドを作る.プライドは争いを生み,争いは戦争を生む.戦争は荒廃をもたらし,荒廃は貧困をもたらす.貧困は忍耐を生み,忍耐は平和を作る」 ここで重要なのは,何が何を生むのかについての詳細ではなく,単純で線形の因果関係の不在だ.戦争は平和から生まれ,平和は戦争から生まれる.原因と結果があるのではなく,双方向の因果があるのだ.そしてそれはサイクルとなり,無限に続く.因果は直線ではなく循環なのだ.
  • なぜ農業社会が2〜3百年ごとに崩壊の危機を迎えるのかを理解するのにこの洞察はどう役立つだろうか.この洞察だけですべて理解するのは難しいが,どうすれば理解できるのかの方向を示してくれる.時間とともに変化する物事を計測し,変数を定量化し,それらを結びつける方程式を見つける.そして歴史の現実のデータでその方程式を検証するのだ.
  • このような世界史の科学を創設する試みは始まっており,すでにいくつかの成果が得られている.残念なことにこれらの結果は小説のような物語にはなっていない.限られた専門家しか「農業社会の人口増加と社会政治的不安定さの動的フィードバック」というようなタイトルの論文に興奮することはできないだろう(私自身はこの手の喜びを感じていることを認めるにやぶさかではないが).というわけでここでは数学的統計的な構築をはぎ取って中心的知見にのみフォーカスすることにしよう.本章では特にフランスの中世サイクルの経済社会変動をたどり,「ある物事が次に物事にどう影響を与えたか」を観察しながら,崩壊過程を見ていく.

 
この「Dynamical Feedbacks between Population Growth and Sociopolitical Instability in Agrarian States」というのは2005年のStructure and Dynamics: ejournal of anthropological and related sciencesに掲載されたターチン自身の論文であるようだ.
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ここから詳しい描写が始まる.
 

  • 12〜13世紀のフランス史の最も衝撃的なトレンドは人口増大だ.1100年当時,現在のフランスの版図にはおおむね600万人が住んでいた.1300年には人口は3倍になり,20〜22百万人になっていた.他の西ヨーロッパ諸国でも同様の人口増加があった.(英国における人口増加についての説明がある)
  • 人口増加は中世社会の生産手段に巨大な負荷をかけた.耕作可能な土地はすべて農地とされた.その過程で30百万エーカー(フランス領土の1/4;約12万平方キロ)の森林が破壊された.農地はより徹底的に利用されるべく二圃制から三圃制に変更された.これらにより農業生産はおおよそ2倍になっただろう.しかし必要なのは3倍増だった.当然ながら1人当たりの消費は減少した.
  • 1798年にトーマス・マルサスは「人口論」において,人口増加が必要食料総価格の増加より大きければ,実質賃金と1人当たり消費量は(特に貧困層において)下がると議論している.14世紀の初めにフランスは古典的なマルサスの罠にはまったのだ.
  • マルサス的圧力が高まったことの明確なインディケーターは13世紀のインフレだ.主食である小麦の価格は1200年から1300年の間に2倍以上になった.同様な価格上昇は英国やイタリアでも起こった(その他の食料価格のインフレ状況の説明がある).賃金も上昇したが食料価格上昇のペースには達しなかった.「イングランドとウェールズの農業史」では13世紀を通じて実質賃金が2/3になったと推定している.

 

 

  • これらの経済トレンドは無情な経済法則の結果だ.需要と供給の法則は,ある消費財の需要が上がり供給が追いつかない場合には価格は上がると予測する.人口増加は食料の需要が増加することを意味する.しかし食料増産(つまり供給増)は遅れる.だから価格が上がるのだ.そして人口増加は労働の供給が上がることも意味する.だから賃金は(実質的に)下がるのだ.また農地の供給増も限られるので価格は上がる.13世紀の初めノルマンディの農地は1エーカー当たり2リーブルだったが100年後には20リーブルになっていた.(英国でも同じ状況であったことが説明されている)

 
ターチンの最初の説明は典型的なマルサス過程になる.ここでは様々なデータが添えられていて迫力がある.とはいえ,食料価格が上がり実質賃金が下がったのにもかかわらず,人口増が何十年も続いたのはなぜかという疑問には全く触れていない.非線形ダイナミクスで因果ネットワークがあるというならこのあたりはきちんと解説してほしかったところだ