War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その58

 
14世紀が始まるころ,フランスはカペー朝の王権が伸長し,ある種の黄金時代だったことが前回語られた.ここから崩壊過程が描かれることになる.
 

第8章 運命の車輪の逆側:栄光の13世紀から絶望の14世紀へ その2

  

  • しかしそのような明るい始まりにもかかわらず,フランスは14世紀に悲惨な転落をする.その後の150年間で,フランスは飢饉,疫病,内戦,政治的分裂,治安の悪化を経験し,悲観主義と絶望の底に沈むのだ.そのどん底状態においてフランスは王も首都も失い,領土の大半を外国に占領された.

 
この王と首都を失うというのは,英国とのいわゆる百年戦争の中で生じた出来事だ.フランスは開戦直後のクレシーの戦い(1346),さらにポワティエの戦い(1356)で大敗し,フランス王ジャン2世は捕虜となる.また15世紀にはヘンリー5世にパリを占領され,ジャンヌ・ダルクが現れるまでパリは英国統治下にあった(1420〜1429).
 

  • 1360年にイタリアのペトラルカがパリを訪れた時にはこう嘆いている:「見たものを理解することができない.かつて最も華麗だった王国は今や廃虚に過ぎない.砦や要塞に守られていないところには一軒の家もない.あのように偉大だったパリはどこに行ったのだ」

 
ペトラルカはイタリアの桂冠詩人で一連の叙情詩集で知られる.この紀行文の出典は明らかにされていないが,書簡集がいろいろ残っているようなので,そこからなのかもしれない.1360年のフランスはポワティエの戦いの大敗の後処理で混乱していた時期に当たる.
 

 

  • 中世の人々は権力や富や栄光が永続しないことをよく理解していた.このことを示すゴシックのカテドラルや手稿によくある視覚イメージは「幸運の車輪」だ.典型的には幸運の女神が大きな車輪の脇に立っている.車輪のてっぺんには男が座っていて,王冠をかぶり笏を持っている.栄光と権力が移り変わることを彼は知らない.女神が車輪を回すと王は落ちて王冠が脱げ落ちる.一番下に来る頃には男はぼろをまとっている.しかし女神がさらに車輪を回すと男は再び頂点に昇るのだ.

 
15世紀に描かれた幸運の車輪のイメージ

幸運の車輪

Rota Fortunae - Wikipedia

 

  • フランスや他のヨーロッパ諸国の歴史を俯瞰すると,幸運の車輪がより明確に見えてくる.繁栄と強国の期間と経済的衰退と社会的崩落の期間が交互に現れるのだ.中世盛期のあとには悲惨な14世紀が来る.しかしその後ヨーロッパは繁栄と文化的豊潤のルネサンスを経験する.そしてその後17世紀の危機が来る.しかし危機の時代もいずれ終わる.最後の完結したサイクルは啓蒙時代に始まり,革命の時代(1789〜1849)に終わった.
  • 歴史には特異的なリズムがある.社会は百年程度の繁栄の時代と危機を繰り返すのだ.そしてこのようなセキュラーサイクル(百年単位の周期)はヨーロッパだけのものではない.セキュラーサイクルは少なくともある程度経済や社会や政治の変化がわかっているすべての農業帝国で見いだせる.

 
これがターチンの「セキュラーサイクル(百年周期)」の具体例ということになる.
 

  • 幸運の車輪というのはどんな興隆と衰退のサイクルにも当てはまる寓意だ.このメタファーの1つの問題点はそれが過剰にメカニカルな歴史の見方,特に外部からの力が興隆と衰退をもたらすという見方を提供することだ.私たちはこのような単純な因果的な説明を考えがちだ.
  • だから14世紀のヨーロッパが衰退したことについての最も人気のある説明は気候変動ということになる.その説明によると,中世期の気候は温暖だったが,14世紀に入ると気温が下がり農業生産が落ち込み,複雑な社会を支えきれなくなり衰退したということになる.
  • しかしながらこの説明が正しいはずはない.ここ数年で気候学者たちはここ2000年の気候変動を細かく調べ上げた.そして低温期と衰退期に何の相関もなかったことが明らかになった.低温化と衰退が同期することもあるが,しないことの方が多いのだ.だから気候変動がセキュラーサイクルの真の原因であるはずはない.もちろんそれが何らかの問題(不作や疫病など)をもたらすことはあっただろう.
  • 代替説明は,(女神とか気候などの)外部要因ではなく,国家や社会の内部要因から興隆と衰退を考えるものになる.このような考え方は,ニュートンやライプニッツの時代の物理学に始まる.そして古典物理学の素晴らしい進展に貢献した.ここ2〜30年でこの考え方は「非線形ダイナミクスの科学」として生物学や社会学に広まっている.

 
そしてこのセキュラーサイクルの主たる駆動要因は気候などの外部要因ではなく,内部のダイナミクスだというのがターチンのクリオダイナミクスの主張の1つということになる.
 
ターチンのクリオダイナミクスのページ
peterturchin.com

 
なおターチンの最新刊の「End Times: Elites, Counter-Elites, and the Path of Political Disintegration」はまさにこの崩壊過程を詳しく論じるもののようだ.