協力する種 その3

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

  • 作者: サミュエル・ボウルズ,ハーバート・ギンタス,竹澤正哲,高橋伸幸,大槻久,稲葉美里,波多野礼佳
  • 出版社/メーカー: NTT出版
  • 発売日: 2017/01/31
  • メディア: 単行本
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訳者たちによる解説 その3

本書をめぐる論争 総論 (解説:竹澤正哲)

本書をめぐる論争の解説は総論を竹澤,各論を大槻,高橋が行っている.ここは本書を読んでいく上で,著者たちの主張のどこが独善として批判されているかを頭に入れておくために非常に重要な解説になる.
竹澤は本書には良いところと問題があるところがあることを整理する.

  • 本書は,プライス方程式のフレームを使って,(単に協力行動のみを扱うのではなく)協力の進化における文化や制度など様々なメカニズムの役割を統一的に理解していく視点を持ち,実証研究の総説も兼ね,理論モデルを紹介し,その前提を明示して限界や位置づけを議論しており,そのすべてを一冊に入れ込んでいる.これは他に類を見ない本書の特徴で本書の優れた点である.
  • しかし本書には,いくつかの見過ごすことのできない問題点がある.本解説ではそのうち3つの点に絞って取り扱う.それは,(本来定性的であるものも含む)理論モデルに考古学や人類学家の知見から得られた量的パラメータを入れ込んで議論を進める点,マルチレベル淘汰の重要性の主張,「強い互恵性」の概念の妥当性になる.
本書をめぐる論争 各論パート1  (解説:大槻久)

ここから数理専門家の大槻の解説になる.

各論1 定性的モデルと定量的モデルの違い
  • 本書では数理モデルの各パラメータに現実の推定値を代入して議論を展開している部分がある.
  • しかし多くの数理モデルは現実を抽象化して本質部分のみを残し,そうでない部分は捨象してメッセージ性の強い結果を得るために作られることが多い*1.例えばハミルトン則 rb>c は非常に美しいが,野外で r, b, c をある程度の精度を持って測定することは非常に難しい*2.(もちろん定量的な数理モデルも無いわけではない.例えばシステム生物学では,遺伝子転写制御,酵素反応などの現象が化学の反応速度式や物理学の諸法則を用いて定量的にモデル化されている.そういう場合には定量的な予測も可能である)
  • 人間行動のモデル化は,その原理原則を記述する(化学反応速度式のような)基礎方程式が知られておらず,定量的な評価が最も難しい分野だと考えられる.本書の試みはよくいえば果敢で大胆ということになるが,悪くいえば精度が粗く予測力の低い試みと評価せざるをえない.
  • 本書については「現実の推定値が代入されているのだから正しいに違いない」と考えて読むのではなく,「定性的に用いられることの多いモデルにあえて数値を代入している大胆な試みだ」という理解の元に読むべきだ.


私が本書を読んだときに,この推定値代入議論については,モデルの定性性というよりは,推定値自体がそれほど信頼できるのか,誤差の幅が大きいのではないかということの方が気になった.常日頃から数理モデルを扱っている大槻としては,むしろこのようなモデルのパラメータに値を代入すること自体が気になる,そして(解説各論の冒頭に持ってくるほど)とても気になるということなのだろう.なるほどというところだ.

*1:ただしプライス方程式は近似理論ではなく厳密理論なので,仮定さえ成り立っていれば,厳密に進化方向を予測できる

*2:このためハミルトン則の検証は,そこから予測される性比などのパラメータを使ってなされている