War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その57

 
第7章までで第1部:帝国創成編(Imperiogenesis)が終わり,ここから第2部:帝国病編(Imperiopathosis)になる
 

第2部 帝国病:帝国の崩壊

 
第2部では繁栄を極めた帝国や強国がどのように崩壊に向かうのかが詳しく説かれる.第1部ではアサビーヤのブラックホールのような団結心の崩壊だけが描かれたが,第2部では,経済的要因,デモグラフィック要因,社会階層要因なども考察されていく.
最初の第8章で取り上げられるのは14世紀のフランスだ.
 

第8章 運命の車輪の逆側:栄光の13世紀から絶望の14世紀へ その1

 
第8章の冒頭は13世紀初頭にパリを訪れた年代記編者バゾーシュの引用から始まっている:「私はパリにいる.そこは王都であり,自然の豊潤さにあふれ,その地に住むものだけでなく,遠くに住む人々をも魅了している.月が星々よりもはるかに明るく輝くように,この都もいちだんと明るく光り輝いている.王座を抱き,一段高く輝いているのだ」
この黄金の13世紀からのフランス王国の衰亡が最初のテーマになる.
 

  • 13世紀は中世フランスの黄金時代だった.フランス王の領土は1200年から1300年の百年間で3倍に増えた.それはフィリップ2世の統治下に始まった.彼はアキテーヌ以外のプランタジネット家のフランス領土を奪い取った.その後継であるルイ9世はアルビジョワ十字軍の結果,南フランスを手にした.1300年までにフランスは西ヨーロッパで軍事的,政治的,文化的に優越していた.
  • 東を見るとかつて強大だったドイツ帝国は衰退しており,数多くの都市と小領主の集合体になっていた.南側ではカスティリアが興隆してきていたがなおムーア人相手のレコンキスタに手いっぱいだった.カスティリアが真の強国として現れるのは200年も先のことだ.フランスのライバルとなりうるのは英国だけだった.しかし英国の人口はフランスの1/4に過ぎなかったし,プランタジネット家の収入はカペー家の収入に大きく劣っていた.フランスの人口は20百万人以上であり,西ヨーロッパ人口の1/3がフランス王に忠誠を誓っていた.

 
前章で見たパリ伯からのフランス王朝はカペー朝と呼ばれる.フランスでは一時プランタジネット朝のアンジュー帝国が大きな勢力を持ったが,第7代のフィリップ2世尊厳王の時代からカペー朝の優越時代に入る.これは「カペー朝の奇跡」とも呼ばれる程見事な王権強化時代だった.
  

  • パリは人口23万を擁し,ラテンキリスト教圏において最大かつ最も華麗な都市だった.中世盛期のフランスの文化的優越を強調しすぎることはできない.(フランス様式とも呼ばれた)ゴシック様式の建築物は,イルドフランス地方で発展し,英国,ドイツ,スペイン,北イタリアに広がった.13世紀のパリ大学はヨーロッパの哲学の中心であり,ヨーロッパ中の知識人を惹きつけた.その中にはアルベルトゥス・マグヌス,トマス・アキナス,ヨハネス・ドゥンス・スコトゥスが含まれる.

 
ゴシック様式はフランスで発展した美術建築様式だ.有名な建築物としてはパリのノートルダム寺院,ケルンの大聖堂などがある.中世以降のローマの流れを汲む西洋の建築様式はロマネスク,ビザンチン,ルネサンス,バロック,新古典と続く.これらはみな古代ギリシア・ローマからの様式を基礎としてもつもの(例えば柱の様式はドーリア式,イオニア式,コリント式を用いるなど)だが,ゴシックだけは突然アルプスの北側で大発展を遂げた独自の様式だ.ゴシックというのは「ゴート風」という意味で(だからフランクの流れを汲むフランスで発展した様式をこう呼ぶのは本来おかしいことになる),これはイタリアから見て(古代からの様式を無視した)「野蛮な」様式という意味も込められている.
実際には天を衝くような尖塔を持つ上に伸び上がるデザインの建物にステンドグラスを多用する流麗な様式で,これを生み出した中世フランスの繁栄をよく示しているといえる

 

  • 学問や外交においてはなおラテン語が優越していたが,フランス語がヨーロッパで最も重要な日常言語だった.それは英国,フランダース,ナポリ王国,シシリア王国,ハンガリーの貴族層が用いた.
  • 歴史家のバーバラ・タックマンは「遠い鏡―災厄の14世紀ヨーロッパ」においてこう書いている:「14世紀が始まった頃,騎士道,学問,キリスト教への献身においてフランスの優越は当然のことだとされていた」.(当時の黄金時代を示す歴史資料がいくつか引用されている)

 
そしてここから繁栄からの崩壊が描かれることになる.
 

 
このタックマンは著名な歴史家かつ作家で,「八月の砲声」と「失敗したアメリカの中国政策」でピューリッツァー賞を二度もとっている.この「遠い鏡」もなかなか面白そうだ.なお邦訳書は1000ページを超え価格もかなり高めの設定になっている.