日本進化学会2018 参加日誌 その6


大会第三日 8月24日 その2


朝一から始まったシンポジウムが終了して,11時からは今大会最後のプレナリー講演.

プレナリー講演

動物の嗅覚における遺伝子:行動連関 東原和成
  • 私は農芸化学の出身.農学の中で化学的な解明に関する分野ということになる.生体環境→アッセイ系→物質の同定(ものとり)→受容作用・機構の解明という形で生物個体から分子までを扱う.生化学の一分野でもある.そして農学であるので,得られた知見を社会へ還元することが目的になる.
  • わかりやすい例はファーブルの仕事だ.彼はカイコガのオスがメスに引き寄せられる現象から,アッセイを行い何らかの物質が関与していることを推測した.50年後にその物質(ボンビコール)は性フェロモンとして同定され,さらに50年後に受容体と作用機構が解明された.
  • 同じカイコガの摂食行動を引き起こす化学物質の解明にも歴史がある.1950年代から60年代にかけてアッセイをかけて誘因,摂食開始,摂食継続などにかかる様々な物質が報告された.この誘引物質の1つはたった1つの受容体にだけ反応する.
  • 哺乳類ではどうか.ウサギでは仔ウサギが乳房をぱくっと加えるフェロモンがアッセイとガスクロマトグラフィーを使って同定されている.マウスで母はマウスの養育行動誘引物質がありそうで,これを現在アッセイしているところだ.
  • マウスのオスに接したメスの受け入れ行動の物質を見つけようとしているが,これは行動が複雑でアッセイが難しい.で,やり方を変えてゲノムからやってみている.受容体の遺伝子の発現場所を確認し,逆薬理学的に遺伝子からものとりを行う.これはマウスの繁殖抑制に使えるだろう.
  • この受容行動についてはもっとメカニズムを知りたいと思っている.それには受容体遺伝子を見つけて神経回路への影響を見ていくことになる.
  • 臭い感知がどのように行われているかというのは昔から議論されてきた.膜への吸着,分子振動などが提案されたこともあったが,現在では受容体の分子構造によるとわかってきている.
  • 受容体の種類は嗅覚で1000,フェロモンで300.味覚で30ぐらいが知られている.臭いと受容体は多対他の関係になる.どのような受容体の組合せが反応するかによって臭いの感知が生じるのだ.
  • 嗅覚受容体の遺伝子の数を見ると.ヒトでは400(偽遺伝子含めると800),チンパンジーは400(800),オランウータンは300(800),マウスは1000,イヌは800,ゾウが最も多くて2000(4000)ある.そしてゾウはごくわずかな臭いの違いを感知することが知られている.
  • 少ないのはクジラやアシカやマナティーなどの海棲哺乳類になる.これは淘汰圧から説明できる.霊長類やコウモリも少なくこれも淘汰圧から説明できるだろう.霊長類の中では昼行性であるほど少なくなる.また曲鼻猿類より直鼻猿類の方が少ない.
  • これに対して味覚は単純で,受容体は甘味で1つ,塩味に1つ,酸味に1つ,旨味に1つ,そして苦味に25ほどあるだけだ.ちなみにネコには甘味受容体がなく甘味を感じない.
  • ヒト集団内における嗅覚の多型はいくつか知られている.有名な例はスミレの香りであるβイオノン.日本人で感じる人と感じない人で半々だ.これはアップルジュースへの好みなどに相関していることが知られている.
  • 臭いは行動とどうつながるのか.これは神経回路が問題になる.
  • そしてこの解明は光遺伝学によって大きく進んだ.光にセンシティブな遺伝子発現をさせ,神経レベルで操作することができるようになったからだ.その他,蛍光色素を利用することにより神経回路を視認する手法,トランスルミナンスなどの手法も使われている.経路的にはESP→鋤鼻器官→副鼻球→扁桃体→視床下部という回路があることがわかっている.
  • 霊長類はフェロモンを使っているか,異性を引き寄せているかという問題も古くから議論されている.1968年にアカゲザルでコプリンがそれではという報告があり,それ以降研究が盛んになった.なおこのコプリン自体については現在では否定されている.
  • ここでワオキツネザルには分泌腺がいろいろなところにあり,洋なしのような臭いを付ける.尻尾に付けて,それを振ってメスにアピールしていることも観察されている.
  • じゃあ,ものとりしたい.ガスクロマトグラフィーで分析すると,繁殖期かそうでないかで差がある物質が4つ見つかった.このうち3つについてはメスに嗅がせると興味を持って嗅ぐ.初めての霊長類のフェロモン報告になりそうだ.
  • ではヒトではどうか.体臭は情報を持つのか.疾病と臭いは関連するようだ.赤ちゃんは臭いに愛着を持つことがある.排卵期の女性の臭いは男性に好感をもたれるのかも知れない.まだよくわかっていないが解析していきたいと思っている.


普段聞くことのない農芸化学の話で面白かった.ここで午前の部が終了.私は所用あり一旦駒場を離れて夕刻の総会から再参加.



総会

今回法人化にあたっての細々とした説明があった.執行部の方々におかれましてはは大変お疲れ様でした.
なお今後の大会スケジュールについては.2019年札幌(8/7〜10),2020年沖縄,2021年東京(都立大),2022年湘南(遺伝研/総研大)が予定されている.
その後学会賞の授賞式があって,受賞講演へ

学会賞受賞講演

脊椎動物の付属肢を対象とした進化発生学的研究 田村宏治
  • 生き物の形に興味があった.鳥の翼とヒトの手は基本的に同じだが,形は随分異なる.こういう形態が一体どうしてできてくるのかを30年以上研究している.
  • それは発生の観察が基本になる.初期胚に対して移植などの操作を加えて四肢形態の変更を繰り返し見る.
  • ヒトの胚は観察しにくいので,ニワトリの胚の観察が中心.
  • 動物の形態は多様なので,ニワトリと別の動物を比較していく.比較発生学ということになる.
  • (脊椎動物の形態の模式図を示して)今日は(1)どこから脚が生えるのか(2)どういう脚が生えるのか(3)自分たちにとっての新しい研究という話をしたい.
  • (1)どこから脚が生えるのか.(写真を示しながら)1996年に脚の生える場所に何らかのシグナルがあることに気づいた.すべてはここから始まった.
  • ニワトリの背中にFGFを作用させると,脚の原型を背中に誘導できる.つまりニワトリの背中にはヒレを作る潜在性があるのだ.
  • マウス,カメ,ゼブラフィッシュでも実験を行い,いずれもFGFでAR(ヒレ状の構造)を誘導できることを確かめた.ヒラメの胚はその潜在性がすべての部分で顕在化しており,背中から腹まですべてヒレが生じるということになる.
  • ニワトリの胚の前肢と後肢の間にFGFを作用させると,最終的にはそこに第3の脚が生じる.魚でやるととても広い胸びれができる.背中だけでなく体側線上にも潜在能力があるのだ.脊椎動物は背側と体側線上のどこからでも脚を作れる.
  • ではこのラインのどこに脚を作るのか.ここで体節に注目する.脚が生えてくるはずの体節を別の場所に移植するとそこから生えるようになる.何らかのシグナルがあるに違いない.これを研究し,シグナルがGDF11タンパク質であることを特定した.
  • (2)どういう脚が生えるのか.脊椎動物には様々な脚がある.この多様性についてはよく指が注目されるが,多様性があるのは指だけではない.ガラゴやツメガエルは手首から指までのところが長骨化して関節が1つ増えたような形になっている.
  • これを調べるには「区画」を考えることが重要になる.区画とは細胞が混じり合わず,共通した細胞内には接着性があり,共通した遺伝子が発現している部分をいう.必ずしも最終的構造とは対応しない.
  • 形態に対応した区画を探索し,足首部分を観察した.(模式図を示しながら)かなり初期から区画が見える.ここでは発現セットがあり,構造との相関がある.
  • (3)新しい研究.今から18年前の進化学会ニュースに寄稿したことがある.当時34歳だったが,そのころから意識していたのは実験を忘れないと言うことだ.(比較発生学は)まず観察で,実験は1つの手法ということになる.そして実験してきたが,でも釈然としない部分がある.観察と実験を繰り返しても,どうやって生物の中に形態の多様性が機作見込まれているのかが見えてこないのだ.
  • で,やっぱりゲノムかということになった.鳥にしかない特徴が生じるには,発生過程の変更があるはずで,そこには分子制御があり.鳥特異なゲノム配列があるはずだ.とはいえ,そこにはなかなかたどり着けない.
  • 6年前から大きな転回を試みている.バイオインフォマティクス,エンブリオロジー,進化を統合的に考えたいということだ.全部つなぎたい.鳥類の全ゲノム48種分を他の動物群のそれに比べる.そして鳥類に特異的な保存配列を探そうとしている.
  • 今のところ得ている共通配列は,エクソンが0.3パーセント,イントロンが27.5%,残りは遺伝子間配列だ.そこで得られた遺伝子の中から発現解析を行って,発生のところに効いている遺伝子候補を4つに絞り込んだ.
  • そのなかの1つはSim1と呼ばれるものだ.この遺伝子は鳥だけでなくほかの脊椎動物にもある.共通して脳,腎臓,筋肉で発現している.しかし哺乳類や爬虫類では四肢で発現していないのに,鳥では前脚(翼)で発現している.前肢の肘から後ろの線上に発現し,風切り羽根の形成に関連しているようだ.証拠固めはこれからだが,ニワトリの後脚に風切り羽根が生える系統では後脚で発現することを確かめており,有望だと思っている.
  • 鳥と恐竜では風切り羽と尾羽が共通して進化していることがわかっている.Sim1は恐竜の時代から風切り羽と尾羽を作るためのエンハンサーだったのかも知れない.
  • ここまでに5年かかったが,技術はさらに進んでいる.ゲノム全体,ネットワークで考えることがこれからの課題だ.
  • またもう1つの方向として個体比較発生も考えている.集団間の多様性だけでなく集団内の多様性も調べてみたい.


これもあまり普段あまり聞くことのない分野の講演で楽しかった.以上で大会第3日は終了だ.