ヤバい経済学


ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する

ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する


経済学というより社会心理統計応用学のような内容.切り込む視点が面白く,一級の読み物に仕上がっている.基本はヒトはどのようなインセンティブにはどのように反応するのか,そしてそれを実証するにはどのようなデータがあればいいのかということを,面白い具体例中心に説明している.著者はシカゴ大学の異色の俊英経済学者で,ジャーナリストとの共著.しかしなかなか独創的な人らしく,この本は本音のおもしろさが詰まっている.(ただこの題名では統計学とか心理学に興味がある人はなかなか手に取る機会がないのではないだろうか,そこは少し残念な気がする)

もっとも意表をつくのはアメリカの90年代の犯罪の減少の原因は,景気回復ではなくてそれに先立つ中絶の解禁だというもの.また麻薬の売人の犯罪組織の仕組みとかアメリカ人が子供に付ける名前の分析とかも具体的でとても興味深かった.学校の先生が自分の子供たちに統一テストでいい点を取らせるためのインチキ(子供がいい点を取ると教師の評価も上がる)を見破る話とか,相撲の7勝7敗力士の勝率を調べて八百長を断定するところは統計の利用方法としてなかなかに素敵である.

なかには社会心理学進化心理学関連のトピックもあり,楽しめた.まず出会いサイトにある自分のプロフィールと,どうすれば相手から照会がかかるのかの相関を調べるもの.ここでのポイントは自分のプロフィールは自分で書くわけだから,単にどういう内容かということだけが問題なのではなく,こういうことを書くとどういう人間と相手に思われるかが問題ということ(さらに裏の裏まであるかもしれない)だからまず写真はどんなブ男でも絶対載せた方がいいし,自分は偏見がないと思わせた方がいいということになる.

またオフィスビルに1ドルのベーグルを届ける商売(代金は客が自己申告で箱の中に入れる仕組み)の膨大なデータの分析もとても面白い.1ドルのベーグルは80%から95%程度の代金回収率になる.しかし集金箱はほとんど盗まれない.つまりホワイトカラーは割と正直だが1ドルをくすねる連中は一定比率でいるのだ.小さいオフィスの方が回収率はよい.天気が悪いと回収率は下がる.9/11事件のようなことがあると回収率は上がる.会社の中では役員フロアの回収率がもっとも悪いというのには笑った.しかしこれは役員になると尊大になってそうなるのか,それともそういう悪い奴らが昇進しやすいのかは明らかではない.

行動経済関連では独裁者ゲームの解釈についての批判もちょいと書かれていて面白い.つまり独裁者ゲームで100ドルを分配させるとかなりの人が50ドルに近い分配をするということについて社会心理学者や行動経済学者がいろいろな解釈をしているが,しかしこのゲームのルールを少し変えて100ドルを単に分配するのではなく,分配額をマイナス100ドルからプラス100ドルに換えてやると,今度はほとんどの人が0ドルを選択する.つまりこのような実験はゲームのルールをまずどう解釈するかのフレーム効果が大きく影響するので注意すべしという.ここは納得.

子供の学力に相関しているのは親のどのようなことかというトピックはこちらにも基礎知識があるので楽しめた.レヴィットの結論は,大まかに言って親がどういう人かは子供の学力と大いに相関があるが,親が何をしたかはあまり関係がないというもの.これは行動遺伝学の知見やジュディス・リッチ・ハリスの説を裏付けている.

関連して子供の名前と親についても詳しい分析がされている.アメリカにはすぐわかる黒人っぽい名前があるそうで(女の子ならImaniとかEbonyとかShaniceとか,男の子ならDeShawnとかMarquisとかTerrell)なぜアフリカ系の人の一部はこのような名前をあえて付けるのか,そしてそのような名前はその子にどういう影響を与えるのか,アメリカ人の名前の流行の移り変わりにはどのような理由があるのかなどが分析されている.流行は結局まず上流階級が,他にあまりない名前を付け始め,その下の層が真似して同じような名前を付け始め,20年ぐらいで貧困層までおりてくる.すると上流層はまた別の名前を付け始めると言うことのようだ.これは日本ではどうなっているのだろうと興味深い.ちなみにこれからアメリカで流行るはずの名前は女の子ならAvivaとかFionaとかQuinnとか,男の子ならFinneganとかMaximillianとかMcGregorとかという名前らしい.

とにかく読んでいて大変楽しい.人のインセンティブ,統計の応用などに関心のある人には特にお勧めしたい.