読書中 「Genes in Conflict」 第4章 その6

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



引き続き少しづつ読み進める.
今日は社会行動にかかるインプリンティングの続き.脳内の組織で皮質は母由来,辺縁系が父由来というのはバドコックに沿った説明のようだ.皮質が家族中心主義を唱えている一方視床下部が腹が減ったと言うというあたりはトリヴァースのユーモアで,なかなか面白い.自己欺瞞のところはトリヴァース十八番のところ.情報分断で欺瞞を説明するというのはなかなか斬新な説明.具体例がどんどん見つかると非常に面白いかもしれない.

昔読んだバドコックの本はこちら

Evolutionary Psychology: A Clinical Introduction

Evolutionary Psychology: A Clinical Introduction




第4章 Genomic Imprinting ゲノミックインプリンティング  その6


(3) 血縁認識


最近の研究で,ヒトとマウスで血縁認識にかかるインプリントが発見された.
ヒトでは女性は父由来遺伝子の作るHLA(ヒトの組織適合性(MHC)抗原)と同じにおいのする男性を好む.そして母由来遺伝子の作るHLAに関してはそのような効果は見られない.自分に伝わっていない父の遺伝子についてはこのような効果はないので,これは単に父親のにおいが好きと言うことではないことがわかる.
マウスでは2つのインブリーディング系列のマウスを正逆交配(正逆交雑, reciprocal cross, 遺伝学の実験で,ある特定の遺伝 形質を示すオスと示さないメス、示さないオスと示すメスとを交雑させて結果を比較する実験)して作ったマウスの受精卵を第三のメスの子宮に移動させて生まれたマウスは,遺伝的な母親と同じ系列のメスマウスの尿を避ける.このマウスの子は明らかに自分の中の母由来遺伝子の作るにおいを参照しているのだ.子はオスもメスも同じように反応することから,これはインブリーディングを避けているのではなく,分散と関係があるらしい.
また同じく2つのインブリーディング系列のマウスを正逆交配して作ったマウスを,それぞれの系列の別のメスに育てさせると母系列のメスに育てさせた方がミルク生産量が多かった.これは母マウスが育てている子の母由来遺伝子発現を認識して自分の遺伝子と比較できることを示唆している.


(4) キメラマウスの組織の機能的解釈


野生型組織と父由来組織と母由来組織のキメラであるマウスでいろいろな知見が得られる.
父由来組織の割合が大きいほど胎児はよく成長する.そして特定の由来細胞はどの組織で増えやすいかについて,明確な傾向がある.

父由来組織がなりやすい;発生胚外組織,視床下部,軟骨細胞,エナメル質,脂肪組織
母由来組織がなりやすい;胚,皮質(脳),象牙質,臭覚粘膜

これがどのような意味を持つのかについてはよくわかっていない.
母由来インプリントが新皮質に起こり,血縁認識や社会行動に意味を持ちより利他的に,父由来インプリントが直接味覚を司る視床下部に起こりより利己的に振る舞う傾向と関連するなら意味がある.新皮質が「家族が大切」といい,視床下部が「腹減った」と言っているのかもしれない.エナメル質は材質のミネラルが希少で高価であり,脂肪はエナジーリッチでやはり高価である.これは利己性の現れかもしれない.エナメルにより投資して歯の発達を遅らせると,より母から哺乳を受けられるのかもしれない.

脳により母由来細胞があるキメラマウスのオスは,より他のオス個体に対して攻撃的である.著者の解釈はこれはおそらく同じ母由来個体同士で見られるもので,母由来細胞は同じ母を持つオス同士のより広い分散を好むために生じているというもの.


(5) 欺瞞と自己欺瞞


自然淘汰は広い文脈で同種他個体への欺瞞戦略を進化させる.たとえば性の不実表示,偽の警戒音,親子コンフリクトにかかる諸戦略などである.そして欺瞞を見破られないように働く淘汰圧は,欺瞞者の自己欺瞞を進化させる.おそらく心を断片化させて欺瞞の情報が他者に伝わるのを回避するようになるのだろう.
ゲノミックインプリンティングはこの自己欺瞞に新しい可能性を広げる.ゲノムの半分を分断させて情報を遮断することにより,自己欺瞞と同じ効果を上げうるのだ.
たとえば新皮質がリソースを母の血縁個体に分けようとするとき視床下部からの信号を使うなら,視床下部はその情報にバイアスをかけるようにできる.胎児と母親のホルモンを用いた情報戦でも同じ問題が起こりうる.
父由来遺伝子の発現はより利己的だし,我々はより自分の利己性を他者に隠そうとするものなので,父由来遺伝子の視点からの無意識の方が多い可能性がある.
実際に二つの代替的なパーソナリティがあるのかどうかについては全くわかっていない.

脳の左右で意識と自己欺瞞について非対称であるという証拠が増えつつある.たとえば右の扁桃は無意識の知覚において活性化し,左の扁桃は意識的な知覚で活性化する.左半球の損傷による右半球の麻痺は本人に否定されることはないが,逆の麻痺はまれに本人に否定され,自己欺瞞(合理性のある説明)を作り出す.これは右半球にチェックされないときの脳の左半球の自己欺瞞への傾向を示すものだと考えられる.これにインプリントが絡んでいないとしたら逆に驚くべきことだろう.