「哺乳類天国」


哺乳類天国―恐竜絶滅以後、進化の主役たち

哺乳類天国―恐竜絶滅以後、進化の主役たち




イェール大学付属ピーボディ博物館にあるフレスコ壁画「哺乳類の時代」をモチーフに哺乳類の古生物学の歴史をたどっていく物語である.(この壁画の折りたたみカラー図版が折り込み付録で付いてくるのはナイス)恐竜についてのこの手の本は数多いが,哺乳類,特に新生代についてのものは少ない.そういう意味では一般向きのなかなか貴重な本である.

中身はまずフレスコ画の紹介を行った後,一気に18世紀に飛ぶ.ダーウィン以前の時代,そこでパリ石膏層から現れたバクとオポッサムに似た哺乳類の化石とキュビエの物語から本書は始まる.続いてオーエンが登場.この二人はラマルクの漸進的な変化を否定し,生物は不連続に変化するという概念で仕事をしていた.オーエンについてはマッドサイエンティスト的な逸話も披露される.

続いてライエルの斉一説と現代的な地質区分の確立にふれた後,ダーウィンの登場,ハックスレーの微妙な立場とダーウィニズムへの転向とオーエンとの確執,これらが当時発見された化石とともに語られる.ウマの化石とともにマーシュの登場,そして宿敵コープとの様々な確執が取り上げられる.これも通常は恐竜化石について語られることが多いのだが,本書ではあくまで哺乳類中心.哺乳類でも結構やり合っている.さらには進化についての考え方が,マーシュがオーソドックスなダーウィニズムに近いのに対してコープはかなり異端であることが解説される.そしてコープの系譜を引くオズボーンは定向進化の信者として現れる.

ここで一転アルゼンチンの化石発掘と南米大陸についての化石の解釈問題と,漸新世,中新世のサイに似た巨獣たちの物語が挟まる.この巨獣たちの歴史と剣歯トラやラクダの歴史から定向進化は成り立たないと,マーシュの系譜を引くシンプソンが華麗に登場.ウマの進化の再解釈とともに当時成立した総合説としてシンプソンの進化理解が説明される.


この辺からは歴史から現在の古生物学の状況に徐々に重心が移っていく.次の大きなパラダイムシフトは大陸移動説の確立.これによる化石記録の解釈の複雑さが描かれる.次はなんと分岐学の出現.様々な化石哺乳類の解釈とともに分類学と分岐学の論争に話が及ぶ.そしてお待ちかねの恐竜絶滅論争,ここにグールドとエルドリッチの断続平衡説を絡めて論争を説明している.
最後に哺乳類,真獣類の起源問題,被子植物との共進化の問題,霊長目の起源と分岐問題を取り上げて締めくくっている.


化石の発見と学説の進展が時代とともに語られて学説史として読んでも面白い構成だ.ただ最終的に現在どのように理解されているのかについての解説はあまりなく,読者によっては読んでいるうちに混乱するかもしれない.この辺は別の副読本,たとえばドーキンスの「祖先の物語」とあわせて読むほうがより楽しめるだろう.
シンプソン以前の学者についてはその人間模様もおもしろおかしく取り上げられているが,現在の学者についてはさすがに遠慮しているようだ.また進化の理解についてはやや甘いところもあり,恐竜絶滅論争と断続平衡説をあわせて論じたところはそれぞれの説について微妙に誤解しているし,現代の論争の説明の仕方もこなれているとは言い難い.
逆に古い学説史,特にダーウィン・ハックスレー・マーシュ・シンプソンと続く系譜のところはこれまであまり強調されていないような視点も多く興味深い.さらに漸新世,中新世の動物相の現代の動物相と大きく異なる様相も感覚的に理解できるようで楽しい.著者の準備にかけたコストが感じられるなかなか深い本であった.



お薦めの副読本


祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上

祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上

本書に関わるのは上巻