読書中 「Genes in Conflict」 第12章 その3

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



要約の3つ目は性.
利己的遺伝要素はほとんどホスト種が有性生殖することに依存している,つまりある意味で性的な伝染病であると冒頭で説明している.うーむ過激!これもひとつの有性のコストなのか? 確かに減数分裂を利用するものはそうだが,そうでないものもあるのではというのが最初の感想.しかしトランスポーザブルエレメントもB染色体もゲノムが組み替えでシャッフルされているからこそ頻度を増やしうるのであって,無性生殖ではゲノム全体が選択の単位になるためこのようなものはホストにコストがかかる限りドライブできないと説明されて納得.ホストに有益であればそれもはや「利己的」遺伝要素ではない.実際に無性生殖するワムシの中に有益だったトランスポーザブルエレメントの痕跡らしきものがあるそうだ.

また似たようなロジックで,トランスポーザブルエレメントが場所を移動するのは,同じ場所で増え続けてホストに有害になればそれはまとめて淘汰されやすくなるためゲノム中に分散する方が有利になるというのだ.これも納得.

さらにオルガネルは無性的に増えるが,これは核遺伝子により破壊的な利己的遺伝要素を防ぐためにこのようにコントロールされているのではないかとしている.


続いてインブリーディングの影響について
tハプロタイプやHEGは異型接合子でしかドライブできない.このためアウトクロス状態でより速くドライブするだろう.これは当然だ.著者はイースト菌は新しい利己的遺伝子が広がるのを抑えるためにインブリードを選んでいるように見えると説明している.この辺はそれぞれのトレードオフの結果のような気もする.
ただいずれにせよインブリーディングは利己的遺伝要素をより抑えるという一般的な利点があるということになろう.有性・無性の精密なモデルを作るときには問題になりそうだ.
被子植物のB染色体の分布は予想通りインブリード種の方が少ないらしい.また著者はベイカーズイーストのようなインブリード種にはDNAトランスポゾンやLINEは有害すぎて存在できないのだろうと考えている.


次は性比について
インブリーディングは通常性比をメスに傾けるものを有利にする.するとドライブするX染色体を有利にする常染色体が有利になるだろうと予想している.予想通りいくつかのPGLインブリード種でみられる.そしてこのシステムはまさに性比をメスに傾けるために進化したのかもしれないし,この場合オスにある遺伝子がメスにある近縁遺伝子を有利にするために自己犠牲することすら理論的には可能だと過激な説明が続いている.このあたりは大変興味深い.


ここで本書ではあまりふれられなかったバクテリアについて.真核生物のメンデル比のような仕組みがないため明確な構図が描けないが,バクテリアのプラスミドは自分自身の伝達に有利な遺伝子とホストに有益な遺伝子を併せ持つ.そして前者が原核生物間で飛び移れるならトランスポゾンと同じく利己的遺伝要素を呼べるだろうという.しかし無性的に増殖する際にはホストにとり同時に有益でないものは広がれないだろうといっている.


最後にまだ研究されておらず,今後の研究課題となる問題として,減数分裂自体の進化と,利己的遺伝要素と性淘汰との関わりをあげている.組み替えを巡ってはミクロの部分でいろいろなコンフリクトダイナミックスがある.またホストにコストがかかるなら性淘汰における選り好みの対象になるはずだがまだよくわかっていないという.今後が楽しみだ.




第12章 サマリー その3


3. 利己的な遺伝子と性

利己的遺伝要素の大きな共通点はホスト種が有性生殖種であることに依存していることだ.ある意味ではこれらは性的に伝染する病原体なのだ.


(1) 有性と無性

いくつかの利己的遺伝要素にとってホスト種が有性であることが重要であることはあまりにも明らかだ.トランスポーザブルエレメントやB染色体も,もしこれらがホスト種に有害であれば,無性種ではゲノム全体がそのまま選択の単位となるので生き残れないだろう.


(2) インブリーディングとアウトブリーディング

全くの自家受粉はいろいろな点で無性とよく似ている.このため利己的遺伝要素にとっても同じような環境であることが予想できる.ドライブの重要性を減じるので,インブリーディングはドライブとホストの有害性のトレードオフの状況において,遺伝要素に対しより不活発な方に淘汰圧をかける.


配偶システムは利己的遺伝要素と性比を巡っても相互作用を行う.

動物においては性はX染色体,Y染色体,常染色体,父由来インプリント,母由来インプリントに対してそれぞれ異なる影響を与える.このコンフリクトはいろいろな影響を持つはずだがまだよく調べられていない.


(3) 原核生物と真核生物

本書では原核生物バクテリアにみられる可動的な遺伝要素はホストに有益効果がないものは集団に広がれないのだろう.真核生物では性を利用してドライブ効果のみでこのようなものが広がることができるわけだ.

ただしこの区分は絶対的なものではない.真核生物でも有益効果を持つトランスポゾンやB染色体などがが広がることがある.またバクテリアにもまったく利己的なレトロホーミンググループIIイントロンやHEGが存在する.


(4) 減数分裂の進化

公平なメンデル比を持つ真核生物の性システムは,利己的遺伝子を閉じこめてホストに有益なものをプロモートしようとしたもののように見える.しかし減数分裂の進化についてはまだよくわかっていない.


(5) 性淘汰

性淘汰が利己的遺伝子要素与える影響ははっきりと見えない.配偶者選択に影響を与えているのではないかというヒントがある.