「Kluge」第3章 信念 その1

Kluge: The Haphazard Construction of the Human Mind

Kluge: The Haphazard Construction of the Human Mind


さてヒトの記憶システムが現代環境に最適化されていないことを論じたあと,マーカスの2番目の題材は「信念」だ.確かにヒトは簡単に根拠のないことを信じる.マーカスが最初に挙げている例は「星占い」だ.日本でも女性誌には星占いコーナーが定番だし,昨年のベストセラーは血液型性格判定に関する本だったりする.確かにこのような迷信を信じることがEEAで適応的だったとはなかなか思えない.普通はいろいろな適応的なモジュールによる副産物として議論されることが多いような気がする.マーカスはどう裁いているだろうか.


マーカスの最初のコメントは「明示的な信念というのは言語と同じく最近の発明なのだろう.」ということだ.これはなかなか意表をついている.言語だとまさに進化心理学でいうEEAにおいて進化したものであり,適応かどうかが議論になっているところだ,本書では後に言語も取り上げられるようだが,「信念を持つこと」も適応かどうかが問われるということかもしれない.


さてマーカスはまず現代社会において「信念」がうまく働いていないことを取り上げて説明している.
私たちは感情に汚染され,記憶の特異性に弱い.信念の力は強く,迷信,操作,誤謬にしたがってしまう.


続いてリバースエンジニアリング的な解説になる.真実について信念を持つためには,根拠と証拠が必要なはずだ.しかし実際にはそうなっていない.私たちは何故自分があるブランドを好きなのか普通は説明できない.どうして歯磨きはコルゲートが良いと思うのが説明できないのだ.マーカスは信念は別の目的のために進化したコンポーネントで処理していると説明する.だからある信念がどこから来たのかトレースできないのだ.そして間違った情報にどれだけ影響されているか自分で気づくことがない.


ここで読者はその「別の目的」とは何かが気になるところだが,マーカスは「信念」がどのように間違った情報に影響を受けるかの詳細の説明を始める.

  1. ハロー効果:あることが良いと別のことも良いと思う.(顔が良いと成績も良い)有名人を広告に使う理由(3-5歳児,同じニンジンジュースを与えてもマクドナルドのパッケージだと高い評価を出す)心にある言葉だけで選択が変わる.
  2. 焦点幻想(focusing illusion):ある情報に注意を向けさせることにより容易に操作できる.先にある質問をすると次の質問の際にそれにとらわれる.すべての信念は文脈メモリのフォルダを通る.もしうまくシステマティックにメモリサーチができるならもう少しうまくやれる.しかしバイアスのないサンプルを作れない.単に最近のこと,思い出しやすいことからしかサンプルを作れない.夫婦げんかも互いに別のサンプルを選んで現実を議論するからだ.
  3. アンカーリング:その前に出た単純な数字に推論が引きずられる.数の予想をまずあるところから始めてしまう.
  4. ヒトは自分の表情,動作・姿勢により判断が影響される.
  5. 知っているものはよいものだと考えるバイアスがある.自分の名前があるものには好感を持つ.
  6. いまそこにあるものはうまく動いているだろうというバイアスがある.(選挙が現職有利になる理由)


そしてそれは祖先環境では適応的であっただろうと示唆する.

よく知っているものを好むのは祖先環境では適応的であっただろう.脅威を感じているときにはこのバイアスが強くなる.危機にはマイノリティ排斥の動きが強くなる.独裁下にあっても自国政府を支持する傾向があるのはこの現れだ.

こはちょっと驚きだ.第1章でコスミデスやトゥービィの議論を批判したいといっているが,全部反対するのではないということらしい.


リバースエンジニアリングはさらに続く.マーカスはこのように影響を受ける仕組みを考察している.
私達の思考には2つのパターンがあり,(1)速く,オートマチックで無意識でなされるものと(2)遅くじっくり考えるものだ.これはかなり異なる神経基盤に上に立っている.
そして注意としては熟考システムが合理的とは限らないし,反射システムが非合理とは限らないということだとコメントがある.

熟考システムも結局セコハンのシステム上にあり合理的ではないし,疲れたりストレスがかかるとそれさえも使わずに反射システムに頼るようになる.より危険なのは客観性の幻想だという.


このようなシステムの結果,コンファーメーションバイアス(今信じているものによりフィットする事実を受け入れる.星占いなど)いったん理論を作るとそこから離れられなくなるバイアス(このバイアスは文脈メモリの帰結.科学者も同じ罠に捕らわれることがあるのは周知の通り)ポリアンナ現象(常に現象のいい面を見る.将軍も科学者もこれにやられる.)動機による理由付け(信じたいことを受け入れるバイアス:例 タバコと肺ガンについての信念)などの様々なバイアスにさらされ,信念の汚染が生じるという解説だ.


何故このような2段システムだとこのようなバイアスがあるのかという根本のところはあまり議論されていなくてちょっと物足りない.


私なりに考えてみると,まず反射システムというのは,無意識下で何らかの計算がなされるモジュールのシステムで,それがEEAでは適応的な結論を出すようなものだったということだろうか.そうすれば,すでにあるものをよいと考えるのはわかる.理論を作ると固執したり,都合のよい事実のみ受け入れるというのがEEAでどのように有利だったのかというのはなかなか難しい問題だ.社会的に有利になるためには自信を持つ方が良く,自分が有能だと信じたりすることは有利だった可能性がある.単なる推測だが,仮にこのような議論をするならそれはコスミデスたちと同じ路線だと言えるだろう.
熟考システムについてもあまり議論されていない.これは意識的に一般知能で考えるということを指しているのだろう.そしてそれが根拠のある信念形成を行わないということの説明はされていない.これも意識的思考がどのような適応だったのかという難しい問題に絡むところだ.


マーカスは,とりあえずこのあたりには触れずに,このような信念の汚染,特にコンファーメーションバイアスや,動機による理由付けが生じると結局なんでも信じてしまうことになると説明し,宗教もこれに関連した現象だといっている.


このあたりは全体としてはボイヤーたちの副産物としての宗教の説明と同じことになるのだろう.