「The Better Angels of Our Nature」

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined


本書は認知科学認知言語学進化心理学者であるスティーヴン・ピンカーによる最新刊で,ヒトの歴史における暴力減少傾向という現象を扱っている.


この「ヒトの社会において,暴力は歴史を通じてほぼ一貫して低下する傾向にあった」という主張は多くの読者にとっては驚きと懐疑をもって迎えられるだろう.特に文明が起こり,国家間戦争が生じるようになる前の狩猟採集社会が非常に暴力的であったことはあまり知られていないし,中世の農村社会は平和だったと思っている人も多いだろう.さらに二つの世界大戦とホロコースト,さらに全体主義国家による大規模な粛正を経験した20世紀,現在の途上国における内戦による荒廃や自殺テロの悲劇についての報道ぶりを考えに入れるとそれはとても信じられない主張に思えるだろう.
ピンカーは,様々な直接証拠,統計的な議論を積み重ねて実際にこのような減少があったことを説得的に示している.
具体的にはまずその一貫した暴力減少を6つの流れにまとめて事実を提示する.その上でその背景にあるヒトの心理傾向を5人の悪魔と4人の天使として記述し,さらに6つの流れを作ったメカニズムを5つ示している.膨大な資料を丁寧に読み込み,統計的に検討し,さらにその仕組み,背景,要因を綿密に考察していてきわめて説得的な本に仕上がっている.


最初の暴力減少傾向は「平和化プロセス」だ.これは農業文明と国家の成立によりリバイアサンが生まれ,それまでの土地,リソース,女を巡っての部族間の襲撃,それに対する復讐の連鎖が収束したことを扱っている.あまり知られていないことだが,狩猟採集民の人生は暴力にまみれている.これにより殺人率は大きく下がったのだ.


2番目は「文明化プロセス」が扱われる.これは1300年から1900年にかけてヨーロッパで殺人率が1/10から1/100に低下したことを扱っている.この考察はノルベルト・エリアスの議論が元になっているようだ.
ここでピンカーは中世ヨーロッパの社会が実に野蛮で粗野だったことをまず説明している.中世国家の中では効率的な警察はなく,領主たちは自衛のために名誉をかけて争っていた.ここで中小国家が併合集中して中央集権国家が成立すると,国王にとって彼らの争いは国力をそぐものでしかない.国王はそれらを取り締まり,彼らを自分の臣下になり礼儀を身につけ自制を覚えるようにしむける.ピンカーはこうまとめている.「ヨーロッパは数百年かけて,衝動を抑え,長期的な結果を考え,他人の感覚に気を配るようになった.つまり名誉の文化『やられたらやり返す,侮辱は許さない』から威厳の文化『感情をコントロールする,バカは相手にしない』に移行したのだ」*1
なおピンカーはここでアメリカのブルーステートとレッドステートの暴力傾向の差,60年代の犯罪率の上昇と80年代以降の低下についても「文明化プロセス」で説明している.ここは主要想定読者であるアメリカ人には特に興味深いところなのだろう.ピンカーも丁寧に論じていて*2読んでいて面白い.


3番目は「人道主義革命」になる.これは1600年から1800年にかけて迷信による殺人,奴隷制,残虐な刑罰,(王に臣民の生殺与奪の権利があるという意味での)専制政治が減少していった現象で,理性の時代,啓蒙主義に源を持つ.

確かに残虐な刑罰も,奴隷制も,迷信による殺人も,専制政治も文化的にほぼユニバーサルで当たり前だったのだ*3.しかしこれらは2〜300年ぐらいの間に西ヨーロッパではほとんどなくなった.

ピンカーは,第一に出版事業が盛んになり多くの人々が多くの世界にふれるようになり共感の輪が広がったこと,そして文明化プロセスである程度合理的な実務体系になっていた社会に民主制が成立することでこのような理性と啓蒙主義の優越が生じたのだろうと解説している.

なおここで,英米的経験主義的な理性,啓蒙主義に対して,フランス革命の行き過ぎを総括し,さらにドイツ観念論ロマン主義は栄光,血の神聖などにとりつかれやすく,より暴力的になりやすく危険だったとも示唆されている.いかにも英米の知識人らしい書きぶりだ.


4番目は「長い平和」と題されている.これは第二次世界大戦後,大きな戦争がほとんど生じず,生じた戦争も規模がどんどん小さくなっていることを指している.

その前に当然ながら「20世紀は最悪の世紀だったか」という問題が取り上げられている.ヒトの歴史を通じて暴力が減少してきたというなら二つの世界大戦も含め戦争の状況も説明できなければならない.

ピンカーはここではまず統計的に議論している.戦争による死者を取り上げ,それを当時の世界人口との割合でプロットしていくと第二次世界大戦は確かに一つの特異点ではあるが,特異点としては特別に大きいわけではないことがわかるのだ.(第一次世界大戦はベスト10から漏れてしまう)そして全体の傾向としてはベースラインが減少で,時々生じる大きな被害をもたらす戦争を冪状分布する事象として見れば合理的に解釈できることを示している.なおここでなぜ戦争の規模が冪状分布するかという議論を行っていて面白い.ピンカーはゲーム理論の持久戦モデルの前提条件にコンコルド誤謬する主体がシグナルを出しているとすると,その解は(そうでないときの指数分布とは異なり)冪状分布になるのだと解説している*4.またここではルアードやハワードの物語的な戦争の歴史分析も紹介されていてピンカーのまとめの見事さが光っている.

ではなぜ第3次世界大戦は生じず,ソ連崩壊もドイツ再統一も大戦争に結びつかなかったのか.ピンカーは核抑止の議論を退け,民主制国家の広がり,交易の広がり,国際機関のメンバーシップ参加の広がりを要因としてあげている.そしてその背景として国際社会のモラルの向上をあげ,それは情報社会の進展とともに世界中でコスモポリタン的な物事の見方が広がり,二つの悲惨な世界大戦の歴史に学ぼうとする態度が生まれていることと無縁ではないだろうとしている.

核抑止も米ソ直接対決を防いだという点で役割があっただろうとも思えるところだが,ピンカーのいうこともわかる.確かについ70年前には日米は太平洋で死闘を繰り広げ,フランスのマジノ線構築に対しドイツはアルデンヌの森を抜けて電撃戦を仕掛けたのだ.しかし今ではこれら両国が再び戦うとは考えられもしない.そしてこれは米国とフランスの持つ核抑止力だけでは説明できないだろう.国際社会のモラルは70年前とはずいぶん異なっているのだ.


5番目は「新しい平和」.ここでは1990年代以降,内戦,ジェノサイド,テロが減少しているという現象を取り扱う.内戦,ジェノサイドはともかく,テロについてもここ20年で減少しているのかと驚く読者も多いだろう.ピンカーはここでも統計的に議論している.これらの死者は確かに減少しているのだ.

そしてそれぞれの力学を解説する.内戦は基本的には脱文明化の所産だ.そして20世紀後半のそれは植民地の独立後の混乱,冷戦下の代理戦争によりもたらされた.しかしそれらは90年以降,冷戦の終結専制イデオロギーの信認低下,さらに国際機関の平和維持活動とともに収束しつつあるのだ.要するに第3世界はアホな暴君からましな政府による治世に移り変わりつつあるということだ.

ジェノサイドについては,ピンカーは「それはナチの発明ではなく,昔からあったものであり,昔はそれが悪いことだとは認識されていなかっただけだ」とまずコメントしている.そしてそれはいくつかのヒトの本性*5ユートピアイデオロギーナルシシスト的リーダーが利用することで生じる.そしてホロコーストの映像に震撼した世界はジェノサイドを悪と認識し,実際にそれは全体主義政府の減少とともに減っているのだ.

テロも古くからある.統計のある20世紀後半について見ると確かに9.11は死者数について特異点になっているが,全体的な傾向としては70年代の赤軍アイルランド過激派の頃がピークでそこからは低下傾向になっている*6.ピンカーはテロについては,社会に不安をあおることが目的であり,結局大きな成果を上げることはなく,過激になって市民の支持を失い消えていき,片方で新しいテログループが生まれるというダイナミズムであることを指摘し,現在のイスラム原理主義者のテロも同じ軌跡をたどっているようだとまとめている.

要するにピンカーによると「内戦,ジェノサイド,テロなどの問題が昨今悪化している」という主張は数字音痴のマスメディアの近視眼的な報道に由来するだけのものだということになる.ここではさらによく言われる「イスラムとの衝突」「核テロ」などの問題も取り上げていて量的な議論ができないマスメディアへの鋭い批判となっている.


6番目は「権利革命」.これは3番目の人道主義革命の新たな波のようなもので,1950年代以降,人種差別,女性差別,同性愛者差別,子供の虐待,動物の虐待が減少していることを指している.これらはアメリカの40歳以上の読者にとっては実際に身の回りで生じてきたことであり感慨も深いところだろう.日本人読者にとってもDVや児童虐待についてはこの波とは無縁ではなく,興味深いところだ*7.ピンカーは,それぞれの流れを詳しく解説*8した後で,そもそもこれらの差別が生じてきたヒトの心理傾向やその進化生物学的な背景を取り上げ*9,これらの権利革命はヒトの生得的な傾向に反して広がってきたものであることを強調している.ではこれらはどこからきたのか.ピンカーはそれは人道主義革命とよく似ていて,電話,テレビ,ジェット機,インターネットなどによりアイデアの交換が広がったことが,迷信の否定,他人の視点を持つ,様々な権利というアイデア自体の拡散につながったのだろうとしている.


このような大きな歴史の流れは,ヒトの本性との関連ではどう考えればいいのだろうか.ピンカーはヒトが単純に悪とか善であるわけではなく*10,悪に働いたり,善に働いたりする様々な心理メカニズム(この中には生得的なもの,生得的だが条件により可塑的なもの,獲得形質すべてが含まれる)があるのだと解説する.ピンカーがあげる5人の悪魔と4人の天使のラインナップは以下のようになる*11


<悪魔>

  1. 補食
  2. ドミナンス
  3. 報復
  4. サディズム
  5. イデオロギー


<天使>

  1. 共感
  2. 自制
  3. モラル感情
  4. 理性


そしてそれぞれについて詳しく議論している.ピンカーはここで悪魔については「自己欺瞞」が加わると事態が非常に悪化することを指摘している.本書はトリヴァースの「The Folly of Fools」と同時期に刊行されているので互いに独立に書かれたと思われるが,期しくも同じような認識に至っている.


「報復」については適応的であるが,これは条件依存的に可塑性があることから好転させる可能性をあげ,また「サディズム」については一種の中毒で獲得形質だと指摘する.「イデオロギー」については実に巨大な害悪をもたらしうるものであり,これへの対抗策としてはオープンな社会がよいだろうと書かれている.進化生物学では最初の3つはおなじみだが,サディズムイデオロギーに踏み込んでいるのが,歴史と統計を深く読み込んだピンカーの得た実感なのだろう.


天使については「共感」は昨今強調されすぎているとし,その限界も指摘しているのが面白い*12
とはいえ「共感」は人道主義革命につながり,「自制」は報復と同じように環境依存的な部分があり,文明化のキーだ.「モラル」の説明についてはそれを関係性フレームとして捉えるなら,そのダイナミクス(共同体,権威のフレーム→フェアネス,マーケットのフレーム)の中で時代とともにモラルが動いてきたことが説明できると解説されている.「理性」については暴力を抑制した方が互いにメリットがあることを理解できる力になること,そしてそれは抽象的なロジックがキーであり,おそらく学校教育が重要であったことを説明している.この「モラル」と「理性」はピンカーの暴力減少傾向の説明において重要なところなので結構力が入っている.



次に歴史的な6つの暴力減少傾向を作ってきたメカニズムが5つに整理され解説される.


まず武器や富やリソースではこの歴史的傾向を説明できないと主張している.結局暴力はヒトの心が発動させるものであり,単純な物質的前提条件だけでは説明できないのだ.(もっともここでは宗教も「過去多くの暴力とつながったが,善にも悪にも働きうる」として要因から除外している.しかしイデオロギーと宗教は基本的に同じ作用を果たすもののように思われ,一貫性を欠くように感じられる.おそらく無用な議論を避けるための政治的叙述戦術ということなのだろう)


そして暴力低下傾向の力学については囚人ジレンマの利得表をどう変えてきたのかという視点でまとめている.

  1. まず「リバイアサン」が来る.これは平和化プロセスと文明化プロセスを説明するものだ.補食やドミナンスや報復を直接的に抑制する装置になるということだろう.文明化プロセスにおいては自制も加わる.
  2. 次は「交易を通じた平和化」だ.これは文明化プロセスでまず見られ,長い平和,新しい平和も説明するものだ.これも暴力を抑えた方が得という状況を理解して自制するという形で暴力を抑制するのだ.
  3. 3番目にピンカーは「女性化」をあげている.女性がより政治過程に進出することにより,開戦の決断や利得表の判断について「名誉」「栄光」を低く評価するようになる.またそのような価値観はモラルも動かす.これにより世界はより非暴力化する.
  4. 4番目は「共感によるインナーサークルの広がり」だ.これは人道主義革命と権利革命を進めた.また長い平和と新しい平和にも効いている.これは出版やテレビやインターネットの発展などの情報の交換によって生じる.
  5. 最後は「理性の向上」だ.これも人道主義革命,権利革命,長い平和,新しい平和に寄与している.そしてこれも情報の交換が大きな要因であるが,ピンカーはさらに「リアリティ」があるのだと指摘し,また「理性」は共感にあるような限界がなく,制度デザインや外交政策にも反映でき,大きく価値観,そしてモラルを動かすことができるのだと力説している.


そして最後にリフレクションとしてこの考察の結果感じたことが2点強調されている.


それは同時代社会思想に見られる「現代そして啓蒙主義,知性主義,現代技術への嫌悪」への批判と,モラルリアリズムの主張だ.


ピンカーは,過去へのノスタルジア派は過去の生活環境が悲惨だったことを指摘されると過去のモラルの高潔さに逃げ込むが,実は過去のモラルこそ劣悪だったのだと強調している.そしてそこから人類が向上した要因背景の大きな部分は理性,啓蒙主義なのだと.そしてその考察はモラルリアリズムにつながる.ピンカーはさらに「道徳や価値はどこまでも相対主義を取るべきでも,超自然(神)由来と考えるべきでもないのではないか」と主張する.これは私のような日本人読者には当たり前のようにも聞こえるが,アメリカの論壇ではリベラルにも保守派にもボコボコにされるリスクがあるものだ.だからこれは暴力の歴史を読み直したピンカーの偽らざる本音ともいうべきものだろう.ピンカーはこう本書を締めくくっている.

本書を書くにあたり,私は時に不敬であっても分析的な文体を用いることにした.なぜならこのトピックはあまりに憐れみの感情を深く揺り動かすので,そうしなければ理解の妨げになりかねないと思ったからだ.しかし私は数字の裏にあるリアリティがわかっていなかった.歴史をたどることは,繰り返しその残虐性と荒廃に唖然とさせられ,怒りと嫌悪と計り知れないほどの悲しみに圧倒されることだった.グラフの背後には,刺された痛みと自分の命がゆっくり流れ出るのを感じ,本来あるはずの数十年の人生が奪われることを知る若者,拷問を受け意識のすべてが耐え難い苦悶に覆われそして唯その意識がなくなることだけを願う人,夫と兄弟と息子が殺されて穴に投げ込まれ,これから自分が恐ろしく残忍な暴力にさらされることを知る女性がいるのだ.それは一人であってもとても恐ろしいことだ.しかしその数は百人でも千人でも百万人でもない,もはや直感的には把握できない数億人というオーダーなのだ.そして裸のサルが同種個体にどれほどの苦しみを与えたかを理解すればするほどその恐怖は深まる.


それでも地球が物理法則に従って回っている間*13,その種は悲劇の数を減らし,平和に暮らし穏やかに死ぬ人の比率をあげる方法を見つけてきた.人生や世界にはなお多くの問題が残っているが,暴力減少は私たちが成し遂げた大きな成果の一つだ.そしてそれを可能にした文明,啓蒙主義を祝福するものなのだ.


本書はヒトの認知や進化心理に通じた著者が,同時に膨大な歴史を読み,統計を吟味して書き上げた力作だ.もちろん将来は誰にもわからないが,世界は文明と理性と啓蒙主義によってよりよい世界に変わってきたのだ.本書はその事実を量的証拠を含む様々な方法で提示し,さらにその背後のメカニズムについて多方面からの知識を生かして説得的に叙述することに成功している.是非多くの歴史家や社会科学者に読んでほしい本だといえるだろう.

なお本書の叙述は基本的にヨーロッパ中心になっていて物足りない部分もある,しかし日本人読者はこの流れが日本や中国ではどのように異なり,あるいは同じであったかを考えながら読むことができる.戦国時代の下克上,江戸時代の儒教的な治世下における天下泰平,明治維新の西洋文明の部分的受容,秦漢に始まる中国の統一と分裂,共産主義中国の変容などを意識しながら読むことでより深く理解できるだろう.私としては東シナ海日本海の小さな岩の帰趨もこの大きな暴力減少の流れの中で解決してほしいものだと願わずにいられないところだ.








 

*1:ヨーロッパ以外の地域では西洋文明の受容や,それ以外の文明化プロセスがあれば同じように殺人率が減少する.日本については江戸時代の天下泰平がほぼこれにあたることになるのだろう

*2:地域差は文明化の経緯の違い,60年代の犯罪の上昇は,ベビーブーマーがテレビと深夜ラジオというマスメディアにふれ,エスタブリッシュメントに反発して脱文明化が生じた,90年代の低下は60,70年代のイデオロギー色の濃いカルチャーが魅力を失い(若者文化はよりコスモポリタンで共感的になり)再文明化が生じたのだという説明になっている

*3:ここでは残虐刑,死刑,生け贄,魔女狩り,異端審問,債務奴隷などが詳しく議論されていて読んでいて圧巻だ

*4:これは戦争の勃発は(武器や富やリソースなどの条件で生じるのではなく)ヒトとヒトの心が起こしているという見方につながるものだ.

*5:認知にかかるカテゴライズ傾向と本質主義感染症適応としての汚染への嫌悪感,それに由来するモラル感情.多数派への同調傾向などがあげられている

*6:イスラムの自殺攻撃件数自体は2000年代に入って増加しているがこれも2007年頃から減少に転じている.

*7:なお動物の権利運動については,日本にもその影響は及んでいるが,日本と欧米の先進国とではかなりの温度差があるようだ.実際にこの部分を読んでみても偽善的な部分が目に付いてしまうところがある.

*8:子供の虐待に関してだけは「行き過ぎ」の問題も取り上げていて面白い.

*9:外集団嫌悪,オスメスのコンフリクト,生活史戦略など,なお「なぜ同性愛者を嫌悪するのか」はなかなか難しい問題(ほかの男性の立場から見ればライバルが減るのだから歓迎されてもおかしくないが,そうならない)で,ピンカーも謎だとしている

*10:陥りやすい素朴性善説の誤りについてはかなり紙数をさいて解説がある.また「純粋悪」の神話の弊害も説かれていて面白い.

*11:なお「暴力減少傾向は進化によるものであり得るか」も考察されている.このあたりもそういう言説が結構あるところだなのだろう.一部の進化心理学嫌いのリベラルが誤解も甚だしく進化の説明を歓迎するそうだ(進化心理学のEEA前提を覆すから進化心理学全体を否定できるというわけらしい).ピンカーは,理論的に不可能ではないが,証拠は乏しく,しかも最近の流れは進化では説明できないとまとめている.

*12:ここではミラーニューロンを巡るマスメディアの誤解も皮肉っぽく指摘している.よほどばかげた言説がまかり通っているのだろう

*13:このフレーズは有名な「種の起源」の最後の段落からのもので,もちろんダーウィンへのオマージュだ.