　「ファインマンさんの流儀」 - shorebird　進化心理学中心の書評など

作者: ローレンス・M.クラウス,Lawrence M. Krauss,吉田三知世
出版社/メーカー: 早川書房
発売日: 2012/01/01
メディア: 単行本
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本書は物理学者ファインマンの伝記だ．原題は「Quantum Man: Richard Feynman's Life in Science 」．
ファインマンについては有名な自伝のほか，エッセイ集，講演・インタビュー集，講義録，書簡集などがいくつも出版されているし，サイクスによるアネクドート集やレイトンによる冒険譚もある．片方で物理学についての見事な初心者向け解説*1や，物理学をすべて一から組み直した「ファインマン物理学」全5巻という金字塔もある．私も「ご冗談でしょう，ファインマンさん」を読んで大ファンになり，本格的な物理学講義を除く*2あまたの邦訳書を読破し，そのうちいくつかは原書でも読み直したりした．本書のそのような中で新たに出版されたファインマンものということになる．しかし本書はファインマンファンがさらに読む価値があるものだ．
著者であるローレンス・クラウスは自身著名な物理学者であり，本書執筆に際してファインマンの論文をすべて読み直し，ファインマンの人生の軌跡にその時々のファインマンの考察していた物理問題きちんと入れ込んでいるのだ．これは自伝では（一般読者向けということで）省かれているところで，この解説が入ることにより真の伝記が完成したという意義を認めることができるだろう．クラウスはさらにファインマンの業績が物理学全体どういう意味があったかについても解説してくれていて，ある意味20世紀の物理学史の一断片にもなっている．

クラウスの解説によるとファインマンの業績のキーは経路積分にあることがわかる．ある粒子が運動していく軌跡を古典力学的な方程式として考えるのではなく，様々な経路についての確率振幅を足しあわすという手法だ．彼は若い頃にこの手法を自分のものにし，これにより量子力学においていわゆる「繰り込み」計算を可能にし，ファインマンダイアグラムを導き出した．フリーマン・ダイソンによる分析で，それはシュウィンガーの方程式や朝永の解析手法と等価であることが示され，三者はノーベル物理学賞を共同受賞する．当初ファインマン自身もこれは計算を簡単にするトリックのようなものだと考えていたが，その後の物理学は，様々な事象に繰り返しその手法の有効性が現れることを見ることになる．クラウスは，経路積分は単なるトリックではなく，それこそが量子力学の本質に近いことを示しているのではないかと示唆している．
クラウスはファインマンの業績としてQEDの確立, ベータ崩壊の謎の解明，ファインマン物理学への熱意，ナノテクノロジーと量子コンピューターへの先駆的洞察，クオーク，量子色力学との関わり，超弦理論への見解などのトピックを解説しつつ，自伝で有名なエピソードとその当時ファインマンが取り組んでいた物理学の問題とをキレイに結びつけ，さらにファインマンがどのようなことに興味を持ち，どのような行動にプライオリティをおいていたかを見事に提示してくれている．

単なる伝記作家でもただの物理学者でもこれを書き上げるのは難しかっただろう．クラウスがこの仕事を引き受けてくれたのは幸運だったと思わざるを得ない．そして本書は量子力学にも少し興味があり，かつファインマンのファンとして自伝を読んできた私のような読者のまさにツボを突く本だ．読んでいる間中大変エキサイティングな気分を継続することができた．

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