Sex Allocation (Monographs in Population Biology)
- 作者: Stuart West
- 出版社/メーカー: Princeton University Press
- 発売日: 2009/10/18
- メディア: Kindle版
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ここまで血縁個体が協力するLREを見てきた.次に血縁個体間で競争が生じるLRCが解説される.
3.4 局所資源競争 LRC
LRCはLREと逆に血縁個体間で競争が生じるケースだ.この場合には競争が起こる性別の子を減らす方向に淘汰圧が係ることが予想される.ここからは実証リサーチを紹介しながらの解説になる.
3.4.1 霊長類のLRC
霊長類でLRCによって性比が調整されていると最初に主張したのはクラークになる.クラークはアフリカのガラゴにおいて性比がオスに傾いているのは,オス分散でメスが群れにとどまることによるLRCのためだと主張した(Clark 1978).そして長く複雑な論争が生じる.ここからはウエストによる論争の紹介とその解題という味付けになっている.
3.4.1.1 霊長類における個体群性比
ウエストは議論の整理のために全体性比と,局所条件による性比調節を分けて論じる.まずは全体性比だ.
前述のクラークの議論ではオス分散であればメスが群れにとどまりLRCが生じることになる.この議論についてのもっとも良いサポートデータは比較研究によるものだ.
- ジョンソン(Johnson 1988)は動物園で得られたデータを用いて16種の霊長類の比較を行い,以下の要因があるほど性比がオスに傾くと報告した.(1)群れサイズが大きい(2)メスがあまり分散しない(3)メスのホームレンジがオーバーラップしている.
- シルクとブラウン(Silk and Brown 2008)は102種の217サンプルのデータを調べ,メスの分散の少なさと性比のオスへの傾きが相関していることを示した.さらに野外のデータだけで42種の72サンプルを比較し,同じ傾向があることを示した.
ウエストはこれらのリサーチには二つの問題があるとコメントしている.
- これらのメスは自分のおかれた条件に応じて性比を調節しているのかもしれない.そして飼育下にあるということが不自然な影響を与えている可能性がある.
- 彼等の議論はすべての個体が同じ性比を実現させているという前提に基づいている.しかし局所条件に応じて調節しているならば,全体性比を予測すること自体が難しい.
3.4.1.2 霊長類における局所条件に合わせた性比調節
シルク(Silk 1983)はクラークの議論を局所条件依存の性比調節に拡張した.彼女の議論は以下になる.
- メスは娘間の競争を減らそうとするだろう.これは血縁度の低い娘を減らそうとする行動につながるはずだ.優位メスは劣位メスの繁殖を制限したり,攻撃したりするだろう.
- だからメスは自分の娘防御能力つまり順位に合わせて性比を調節するだろう.優位メスは性比をメスに傾け,劣位メスはオスに傾けるだろう.
ウエストはこの予測はその他の要因によって左右されるだろうとコメントしている.
- 娘は母の順位を受け継ぐなら,この効果によっても優位メスは娘を産む方が有利になる.
- 血縁メス個体が群れの中の優位を得るために協力するなら,LREにより優位メスは娘を産む方が有利になる.
- またもし優位メスがより多くのリソースを子供に回せるなら,TW(トリヴァース=ウィラード)効果により(繁殖成功の分散の大きな)息子を作った方が有利になる.
- さらにこれらのLRC,LRE,TW効果が,(単純に相加的ではなく)何らかの相互作用を起こす可能性もある.
そしてウエストはこのような他要因の複雑な効果があるならデータはどのように見えるだろうかと問いかける.それは一般的な傾向を持たないばらばらのデータになるだろう.そしてそれがまさに得られており,激しい論争となっているのだ.
ウエストはメス分散の種においてはすべての効果が優位メスが性比をオスに傾けることを予想するので意味があるだろうと指摘する.それは今までにクモザルとチンパンジーでリサーチされている.ウエストによるとクモザルでは予測は支持されているがチンパンジーでは支持されていないそうだ.
では種間比較を行うとどうなるだろうか.これはヴァンシャイクとハーディのリサーチがある,(Van Schaik and Hrdy 1991)
彼等は8種,11個体群のデータを用いて,個体数増加率に応じて優位メスの性比がスイッチすることを見つけた.彼等は増加率が高いと競争が激しくLRCが効くが,低いとTWが効くためだろうと主張している.
ウエストは増加率が高いときに効いているのはLRCだとは限らない(娘順位相続効果でもLREでも説明可能)だとコメントしている.さらにウエストは様々な効果により前述のジョンソンの報告が解釈可能であることも解説している.
このあたりはなかなか難しくて微妙なところだ.そもそもシルクの仮説自体全般的状況がLRCで,そこにメスの順位制が加わると優位メスのみLRCが緩和できて性比をメスに傾けるという話になっていて,それと順位の相続とか血縁個体間の協力(LRE)というのはそれほど明確に異なる現象でもなく連続しているような気もしないではない.これとTWは全く方向が異なるので異なる力だといっていいのだろう.
最後にウエストは,単一個体群の性比の予測は難しく,種間や個体群間の比較法がより予測しやすいことから今後もこのような比較リサーチが重要であるだろうとコメントし,その際には,上記要因以外にも,グループサイズ,年齢,その他の母親のコンディション,餌の分布状況,分散状況の性比,個体間の平均血縁度なども見ていくことが望ましいとしている.また単一個体群のリサーチを行う場合には,母と子の順位,性別ごとの結果的適応度の計測が重要であり,操作実験が特に望まれるとコメントしてこの霊長類のセクションを終えている.