
Sex Allocation (Monographs in Population Biology)
- 作者: Stuart West
- 出版社/メーカー: Princeton University Press
- 発売日: 2009/10/18
- メディア: Kindle版
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ここからTW効果がほかの要因と相互作用する場合の議論になる.
7.5 複数淘汰圧:寄生バチにおけるLMCとホストサイズ
ウエストは以下のように始める.
- 性比リサーチは,一般的に異なる淘汰圧が性比を独立に影響しているものとして進められる.しかしこれまで見てきたように一度の複数の要因が相互作用しながら働くことがあり,その場合の予測は非常に難しい.これまで哺乳類においてTW効果が地位やリソースの継承と相互作用するところを見てきた.
- ここでは複数要因が働き,なおかつある程度クリアーな予測ができるケースを取り上げる.それは寄生バチのホストサイズにかかるTWとLMCだ.
ここでポイントになるのは,一部の孤独性寄生バチにおいてはホストがLMCが生じるような形で分布していることがあるということだ.
- 例えばホストはパッチ状になっていて交尾はメスの分散前にそのパッチでなされるとすると両方の力が働く.ウィーレンは古典的ハミルトンLMCモデルとシャノフのTWモデルを組み合わせて分析した.(Werren 1984)
- ウィーレンのモデルでは,性比はパッチ当たりのメス数Nとパッチ内の質の悪いホストの割合pの双方に依存するという結果が得られた.(メスは質の良いホストなら娘を生む方が有利という前提)
- さらにこのモデルでは全体性比についてハミルトン性比かそれ以上になる.面白いことにpの値を横軸に,性比を縦軸にしてプロットするとそのグラフは左側ではハミルトン性比で平坦,右側ではハミルトン性比を下限にしたドーム型になる.(p=0, 1ではホストの質が一様になるのでハミルトン性比に収束する.その途中でpの値によってより息子に傾いた性比が現れる)
- このモデルは交尾の一部が分散後に生じる場合に拡張され,「部分的LMC」と呼ばれている.分散後の交尾の割合が増えると性比はより大きくなってハミルトン性比からの乖離が大きくなり,性比グラフの形はドーム型から離れる.これは分散後交尾できる場合には質の悪いホストにおいて息子を作るメリットがより大きくなるからだ.この結果,個別のパッチ内においてホストの質が一様である場合には,性比はホストの質と逆相関することになり,これはLMCが無いときの予想(一様性比)と好対照をなしている.
最後の部分は難解だ.ウエストは結論だけ示していてモデルの詳細を書いてくれていない.興味ある場合にはオリジナルの論文を読めということだろう.
さてこのモデルの実証はどうなっているだろうか.
- Heterospilus prosopidis(コマユバチの一種)を用いたリサーチがなされている.(Ikawa et al. 1993)個別パッチ内のホストの質が一様な場合には性比は産卵数とホストの質に影響を受けていた.性比は産卵メス数とはすべてのモデルの予測通り正に相関していたが,ホストの質とは逆相関していた.これは分散後交尾が生じる場合のモデルとのみ整合的だ.
- この個別パッチ内のホストの質が一様な場合の,性比とホストの質の逆相関は他の種でも見つかっている.但しこれに代替説明もあることには留意が必要だ.
- この分野には注目が集まっている.しかしながら定性的な検証は容易でも定量的な検証は非常に難しい.多くの種におけるフィールドリサーチの集積が重要だと思われる.それはこの分野における未解決問題「なぜ孤独性のハチの性比は常にオスに偏っていないのか」「なぜメスにはただ1つのホストしか与えられていないのに,ホストサイズと性比が相関するのか」の解明にも役立つだろう.
ここもウエストの記述はわかりにくい.このコマユバチは分散後交尾するということでいいのだろうか.いずれにしても今後のリサーチの進展が待たれる分野ということのようだ.
7.6 同時雌雄同体生物
ウエストはこの章の最後に同時雌雄同体生物と性投資比の問題について簡単に解説している.
- 同時雌雄同体生物において,オスメス間で投資されたリソースと適応度の関係が異なっているときに本書のここまでの議論と関連した問題が生じる.この場合性投資比には偏りが生じるだろう.
- 例えばリソース投資と適応度の関係がメスでは線形でオスでは頭打ちになるなら全体の投資はメスに偏るだろう*1.これは特に植物において様々な性表現形質の進化と合わせて議論されている.
- 本書で議論されているLMCやLRCなどの淘汰圧は,リソース投資と適応度の関係をオスメス間で異ならせる要因であり,さらにこれらの淘汰圧は雌雄同体システムが進化する要因そのものでもある.どちらかの性のリソース投資の適応度ゲインがどこかで飽和するような場合に同時雌雄同体は進化しやすいのだ.さらにこれらは配偶システムの進化にも関連する.(この配偶システムのトピックについては本書のスコープを越えているのでここでは扱わない)
- 同時雌雄同体の性投資比は,TW効果と同じ力によっても影響を受ける.何らかの環境要因によってオスメス間でリソースと適応度の関係が変化するなら性投資比も環境依存的になる.例えば体サイズの大きさによって片方の性に何らかの配偶有利性が生まれるなら,有利な環境下の個体はよりその性に投資するだろう.
- そしてこの2つが組み合わさると複雑性が生まれるということも本書の他の議論と同じだ.
個体が息子と娘への投資比率を決定するのと,自分のオス機能とメス機能の投資配分比を決定するのでは,基本的に同じ力が働いているということだろう.
7.7 結論と将来の方向
本章では集団レベルの性比を扱った.ウエストは2点強調している.
- 個体群の性比を予想するのは一般的に非常に難しい.性投資比の予想はさらに難しい.
- しかしいくつかのエレガントな理論と実証のマッチする例が知られている.
最後にウエストはエレガントな例の1つとして,イチジクコバチの一種Otitesella pseudoserrataの性比リサーチを紹介している.(Pienaar and Greeff 2006)このイチジクコバチでは,メスは果実1つ当たり1卵しか生まず,オスも分散できて他の果実で交尾可能だが,生まれた果実内ではアドバンテージを持つ.するとLMCは生じないが,果実内の産卵総数に応じてオスの適応度は上がる.これにより果実内の産卵数が環境条件になって(オスがよい条件下で有利な性として)TW効果が働く.この条件では個体群性比はメスに傾くことが,さらに産卵数の少ない果実でよりメスに偏ることが予想される.そしてこの予想はフィールドのデータに比較的よくフィットしているそうだ.
なかなかTW効果も個体群性比や多要因との相互作用を考えると一筋縄ではいかないことがよくわかる.詳細は深いというのが感想だ.