書評 「島の鳥類学」

島の鳥類学―南西諸島の鳥をめぐる自然史―

島の鳥類学―南西諸島の鳥をめぐる自然史―

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本書は奄美および琉球諸島(南西諸島)の鳥類に関する28人の鳥類学者によるアンソロジーである.扱う地域は限定的だが,日本の鳥類学の現在を示す野心作として構想されている.4部構成になっていて,南西諸島の鳥類相,分布と生態,特定鳥類の生態,保全にかかる基礎研究が扱われている.それぞれの執筆者が現在の研究の成果を紹介しており,厚みのある内容になっている.
 

第1部 現在と過去の南西諸島の鳥類相

 
冒頭に南西諸島の鳥類層の総説がおかれ,そこから幻の鳥ミヤコショウビン,リュウキュウコノハズク,アカヒゲ,アホウドリの解説が並んでいる.
冒頭の総説は力作で,まず南西諸島の地史(そしてその論争)解説されている.まず争いのない部分としては南西諸島は鮮新世(1500万年前)には大陸の辺縁であったこと,その後北琉球,中琉球,南琉球(渡瀬線と蜂須賀線で区切られる)が分離し始めたが,更新世(260万年~1万年前)に何回か中琉球と南琉球はつながっていたことが認められている.(この陸橋によって鳥類以外の生物では渡瀬線が重要だが,短いトカラ海裂間を飛翔できる鳥類では蜂須賀線の方が目立つということになっているようだ)しかしこの陸橋がいつ頃形成されたかについては意見の一致を見ていないということのようだ.ここから現在の代表的な鳥類の分布,渡瀬線や蜂須賀線の有効性(本書では旧北区と東洋区の境界は与那国と台湾の間だとすべきだという立場に立っている),分子系統地理と分類などが解説されている.
続く各鳥類の解説は楽しい.特に幻のミヤコショウビン(現在山階研究所に保管されている明治期に採集されたたった1体の標本によって種として記載されているもの)についての標本の収集経緯までさかのぼった考察は面白い.どうやらグアム島のアカハラショウビンの標本が誤って宮古島採集とされたという疑いが払拭できないようだ.この解決は残された標本のDNA鑑定によって可能だが,一度失敗したことから技術の進展を待っている段階だそうだ.
リュウキュウコノハズクの広告音の分析から分断の歴史に迫る考察,アホウドリの系統地理はそれぞれ力作だ.そしてアカヒゲの解説が楽しい.アカヒゲはコマドリの近縁種で*1,コマドリ同様に美しい声でさえずるが,コマドリのように深い森の木陰に隠れているわけではなく,生息密度が高く人家の周りでも営巣するのだそうだ(これはバードウォッチャー的には大変興味深い).ここではこのアカヒゲの形態や生活史が分布する島々で異なっていることについて遺伝子,形態,行動習性から多面的に解析し,その進化史を考察している.コマドリと分岐したのは100万年ほど前で琉球列島で冷涼な針葉樹林が消失したので照葉樹林で営巣し,留鳥になったらしいこと,その後数十万年前に沖縄の亜種(ホントウアカヒゲ)と奄美・トカラの北部亜種(アカヒゲ)に分岐,そして1万年ほど前に北部亜種の中でトカラと奄美・徳之島の集団が分岐し,さらに最近に奄美集団と徳之島集団に分岐したこと,この分岐には渡りの習性が関わっている(奄美・トカラ集団では一旦渡りが復活して亜種として分岐,トカラ集団は渡り習性を保ったが,奄美・徳之島集団では2度目の留鳥化が生じた)と考えると翼の形態を含めうまく説明できるのではないかということが論じられている.謎の探求物語としても大変面白い.
 

第2部 分布と生態の関係を読み解く

 
第2部では個別の鳥類の分布と生態のリサーチが並ぶ.最初はオオコノハズクとリュウキュウコノハズクという近縁種が同じ森林に分布している問題への考察.最近繁殖干渉について読んだばかりなので興味深いトピックだ.ここでは繁殖期,餌資源,捕食リスクがそれぞれ異なっていることを調査し,いろいろ考察がなされている.次はヤマガラとシジュウカラが共存している島とシジュウカラのみの島でシジュウカラのさえずりパターンが異なっている(しかし共存島とヤマガラのみの島でのヤマガラのさえずりには変化がない)ことについての考察.いずれも種間競争が非対称なことによる問題でなかなか実際のデータは興味深い.
続いて大東島に分散してきたことによるモズの生態の変化,シロハラクイナの生態の実態についての解説が並んでいる.
 

第3部 島に特徴的な生態と行動

 
冒頭はダイトウメジロの生態リサーチ.オスの子育てが経験と共にどのように改善していくのかを特に捕食リスクの低減の面から実際のデータで示したもので,迫力がある.
続いてリュウキュウアカショウビンのタカサゴシロアリの巣を利用した独特の営巣方法のリサーチ,バイオロギングを用いたカツオドリの行動パターンのリサーチ,鳥の巣の生態系(共生昆虫類)の調査リサーチ,西表島のメジロを中心とする混群の実態についてのリサーチが並ぶ,ここも実際のデータが興味深い.
 

第4部 島嶼性鳥類の保全の科学的アプローチ

 
第4部では保全のための基礎リサーチの内容が紹介されている.対象はノグチゲラ,沖ノ神島の営巣海鳥類,オオトラツグミ,ルリカケス,アマミヤマシギ,ヤンバルクイナとなっている.ヤンバルクイナについては2章設けられて生態リサーチと飼育下繁殖リサーチが取り上げられている.いずれも真摯な内容だ.
 
 
全体として多くの研究者の努力がつぎ込まれた,貴重な知見が詰まった書物になっている.リュウキュウコノハズクやアカヒゲの章は謎解き物語としても秀逸だし,それぞれの生態リサーチも力作揃い.保全に絡む調査の実態にも詳しい.構想通り日本の鳥類学の現状をよく示す一冊だと評価したい.


関連書籍

オオトラツグミについてはこの本が詳しい.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20170409/1491692066

「幻の鳥」オオトラツグミはキョローンと鳴く (フィールドの生物学)

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*1:学名がシーボルトの誤りによって入れ替わっているのは有名だが,ここでは触れられていない