「『幻の鳥』オオトラツグミはキョローンと鳴く」


本書は東海大学出版部の「フィールドの生物学」の一冊.現在奄美野生生物保護センターでオオトラツグミ保全にかかるリサーチを行っている著者による研究物語だ.シリーズのお約束に従って自伝的なリサーチ歴が語られた後にオオトラツグミについてのリサーチの様子が紹介される.

著者は京都で生まれ育ち,高校の頃に生態学者という職業があることを知り,「動物を追って世界各地に赴き,その生態を研究するなんてなんて楽しそうだろう」と考えるようになり,いろいろ調べ,自分の学力とも相談し,動物社会研究室がある大阪市立大学に入学する.しばらく山登りとバードウォッチングに明け暮れたあと,当該研究室に進学すると,そこで著名な鳥類学者で行動生態学者の山岸哲教授に巡り会う.(当時マダガスカルでオオハシモズの適応放散をリサーチしていた)山岸の「マダガスカルマダガスカルサンコウチョウの研究をやってみないか」という殺し文句に一も二もなく「やります」と即答し,研究者人生が始まる.

サンコウチョウのリサーチ

とはいえすぐにマダガスカルに行けるわけではなく,著者はまず日本のサンコウチョウのリサーチで卒論を書くことになる.当時既にサンコウチョウは日本では激減していたが,比較的よくサンコウチョウが観察される静岡県掛川のフィールドを紹介してもらい,リサーチが始まる.最初はサンコウチョウを見つけることも難しかったが,徐々に慣れ,観察するうちに,いかにも性淘汰産物であるオスの長い尾で有名なこの鳥のオスには,「背中が黒紫で長い尾のオス」の他に「背中が赤茶色で短い尾のオス」もいて,両タイプとも繁殖もしていることを見つける*1.これはおそらくルリビタキキビタキなどに見られる遅延羽色成熟DPM(delayed plumage maturation)だと考えられる.行動生態的にはこの2タイプがどのような関係にあるのかに興味が持たれる.著者は,ここで性淘汰について簡単に解説したあと,おそらく長尾オスの方がよいナワバリや良いメスを獲得でき,さらに近接ナワバリで短尾オスの繁殖を許して,そこでEPCも試みているのだろうと推測している*2.(これに加えて.短尾オスは無理に高いコストを払って長尾になるよりも,短尾のままEPCのリスクを甘受して繁殖する方が有利になるとするなら一種の条件付き戦略ということになるだろう.)しかし当時それを確かめるために必要なデータは得られずに,繁殖生態を記載するだけとなる.

著者はめでたく卒業し,院に進んだが,ここで山岸のマダガスカル研究の科研費が不採択になるという事件が起こる.著者はいろいろな模索と顛末の末にタイでカワリサンコウチョウのリサーチを行うことになる.そもそも山岸がマダガスカルサンコウチョウが興味深いと思っていた理由は,マダガスカルサンコウチョウのオスには(いずれも長尾で)赤と白という色彩二型があるからだ.そしてこの東南アジアのカワリサンコウチョウにも長尾オスに赤と白の色彩二型があるのだ.著者は個体識別しながら2シーズン観察し,オスには白色型,赤色型,赤色短尾型の3タイプあること,わずか2羽であるが,赤色型から白色型に変化したオスがいたこと,繁殖成功は白色=赤色>赤色短尾であることを確かめる.しかし観察は2シーズンで終了し,この赤色型と白色型が色彩二型なのか,遅延羽色成熟なのか(短尾型はおそらく若オス)の結論は出ないままに終わる.

そしてようやく山岸の科研費が採択され,著者はマダガスカルに旅立つ.現地の様子やマラリア罹患騒ぎなどが描写されたあと,マダガスカルサンコウチョウのリサーチが紹介される.この種のオスには4タイプあり,白色長尾(WL),赤色長尾(RL),赤色中尾(RM),赤色短尾(RS)になる.まずこの4タイプの遷移状況だが,著者は個体識別しながら3シーズン観察し,以下の結果を得る.つまり初期の段階では赤色のまま尾が伸びてくるのだが,成熟段階では色彩二型になっているということだ.

またこれらのオスの繁殖成功を見るとWL=RL=RM>RSという傾向が見られた.特にWLとRLの間では一腹産卵数,巣の形状,給餌頻度などの繁殖に関する様々な事柄ことごとく差が無かった.なぜこうなっているのかについては,著者はこれ以上のデータがなく未解決だとしているが,繁殖成功に差が無いことから頻度依存型の淘汰が疑われる状況だろう.なおサンコウチョウ属13種の系統解析によると,このグループの起源は東南アジアで,色彩二型が祖先形質であり,多くのサンコウチョウ種はそれを二次的に失っていることが推測されるとしている.このサンコウチョウの性淘汰形質の多型性はなかなか興味深いところだ.

オオトラツグミのリサーチ

著者は,3つの大学の研究室を渡り歩き,結局9年間マダガスカルに通う.そして2006年,日本学術振興会特別研究員としての年季が明け,次の行き先を探しているときに「奄美野生生物保護センターでオオトラツグミ保全研究者を探している」というメールを受け取る.渡りに船とその職を受けて,奄美大島に赴くことになる.
ここから奄美大島,その地誌,生物地理,固有種と絶滅危惧種の宝庫であること,保全活動(特にマングース対策:マングースは1979年にハブ対策として30頭ほど放されたものが,2000年前後には6000頭前後まで増えてアマミノクロウサギなどの固有種に大きな打撃を与えた.これに対して報奨金制度,プロの捕獲集団の育成などの対策を講じ,現在100頭程度まで減少させている.このまま捕獲圧をかけ続ければ2023年に90%以上の確率で根絶できると推定されているそうだ.)の説明があり,そして本書の主人公であるオオトラツグミが解説される.
オオトラツグミは,トラツグミの亜種という考え方と,トラツグミとは別種だという考え方があるが,いずれにしても奄美の固有(亜)種になる.「文化財保護法」により国の特別天然記念物に指定され,2014年版の環境省レッドデータブックでは絶滅危惧II種という扱いになっており,さらに「種の保存法」では保護増殖事業の対象となっている.本州のトラツグミは「ぬえ」の声の正体とされ,夜中に「ヒョー,ヒョー」と鳴くのだが,オオトラツグミは明け方にのみ「ツィー,キョローン,キュルンツィー,キョロロン」と美しく囀る.容易なことでは姿を見ることはかなわないというあたりもあわせ,バードウォッチャーとしてはいかにも心躍る鳥であるわけだ.
ここからは著者のリサーチの紹介になる.サンコウチョウのリサーチはどちらかといえば行動生態的な興味からなされているが,オオトラツグミのリサーチは基本的に保全の視点からの基礎リサーチ(基礎的な生態もほとんどわかっていない*3状態からのスタート)としてなされている.営巣環境*4,子育ての様子,食性*5,繁殖期とその決定要因*6,繁殖失敗の理由*7,生息数推定*8などが解説されている.読んでいるとオオトラツグミの生態が徐々に浮かび上がってくる様子を追体験できる.本書の白眉というところだろう.なおオオトラツグミは90年代には危機的状況にあるとされ,一時は100つがいを割っているのではとまで言われたが,その後森林伐採の減少,マングースの捕獲作戦の浸透により回復に転じている.最新の生息数推定では5000羽程度とされている.このあたりは読んでいてほっとさせられる.本書の題名の「幻の鳥」にカッコがついているのは,この回復により絶滅危惧は一旦遠のいたという意味を込めているのだ.
最終章ではオオトラツグミの将来が語られる.引き続き個体数調査を継続し,今後は遺伝的多様性についても調べていくことが望ましいこと,分類学的な位置づけを整理し(そのためには大陸のトラツグミを含めたリサーチが重要になる),西表のコトラツグミ1984年以降目撃例がなく,絶滅しているかどうかもわかっていない)について調べることなど課題がまだ残されていること.マングース捕獲作戦はうまく進んでいるが,現在ノネコの増加が新たな大きな脅威になっていることなどが説明されている.著者はここでコストにも目配りしながら,保全の意義について語り,奄美の自然の価値をもう一度強調して本書を終えている.

本書は,シリーズお約束の自伝的研究物語のスタイルに則り,主にサンコウチョウの行動生態的リサーチ,オオトラツグミの基礎生態リサーチの様子が語られている本になる.いずれもバードウォッチャーなら憧れの鳥と言っていいだろう.サンコウチョウの色彩二型の謎は興味深く,オオトラツグミの生態についてはわかっていなかったことが解き明かされる状況が生き生きと描かれている.鳥のリサーチに興味のある人にとっては楽しい一冊だ.



関連書籍


奄美の自然とそのリサーチの面白さを世に伝えたいと著者が企画構想して多くの寄稿を集めて出版に漕ぎつけた本.本書の中でその経緯と面白さについての自負が書かれている.

奄美群島の自然史学: 亜熱帯島嶼の生物多様性

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山岸のマダガスカルリサーチについての一般向けの本.よくぞ出版できたというべき日本から遠い異国の鳥類についての素晴らしい啓蒙書だ.

アカオオハシモズの社会

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*1:現在では黒紫長尾,黒紫短尾,赤茶短尾の3タイプあるとされているようだ

*2:長尾オスが繁殖終了後に近隣の短尾オスの繁殖巣のヒナに給餌した観察例があるそうだ.

*3:雌雄に形態的な性的二型がないため,そもそも囀るのがオスのみなのかどうかもわかっていないのだそうだ.

*4:当初は巣探しから難航する.さすが「幻の鳥」だ.

*5:ヒナへの給餌の9割がミミズらしい.本州のトラツグミも同じなのだろうか.林床で枯れ葉をかさかささせている様子から考えると納得できるところだ.ここでは複数のミミズの咥え方.親は植物性のものも食べていることなどが解説されている.

*6:ミミズの存在密度が大きいらしい

*7:巣立ち成功率は50%超というところらしい.天敵としてはハシブトガラスが確認されている.著者はハブ,アカマタルリカケスも疑っている.

*8:なかなか姿を見せない鳥なので,視覚的に確認することが非常に難しい.調査日にボランティアを含む多数の調査員による「明け方にさえずりの音をカウントする」という一斉調査によりデータを取る.